episode2・クラスメイト
第3次世界大戦真っ只中と言えど、戦争とは関係ない一般人は普通の生活を送る。サラリーマンはデスクワークや商談に勤しみ、医者は患者を診て、学生は学校で勉学に奮闘する。
このことから、戦争はまだ小さい方だと言える。過去にあった第2次世界大戦末期の徴兵令や赤紙制度と比較すればわかりやすいだろう。
傷裏もまた、学生だった。器用なことに傷裏は学業とテストパイロットとしての仕事の両立を難なくこなしていた。
「おい龍、そろそろ起きろ」
教室で傷裏が自分の席(今では木製の机などではなくPC一体型の鉄製机と椅子)で突っ伏していると、その頭を指でツンツンと叩かれた。ゆっくりと顔を上げて視界に映るのは、短い茶髪の少女。
「あ、青島さん。おはよう」
「おはようじゃねぇよ。1時間目から4時間目までぶっ通しで寝やがって。お前にテストパイロットの特例がなかったらとっくに退学だぞ、わかってるのか?」
「一応成績は取れてるし進級に問題はないよ」
「……チッ、寝太郎のくせに学年首位とかわけわかんねぇぞ、こいつ」
男勝りな乱暴な口調のため女子力はほぼ皆無と思われる青島寿夏だが、胸部にある豊満な脂肪が女子力をかろうじて上げている。
「そんなことより」
青島は携帯端末を傷裏の机に置く。端末は通例通り立体モニター式である。
画面に映し出されているのはバーバリアン設計アプリにより作られた機体の全体図。図の下には搭載されている武装や諸機器が記され、細かな性能も表示されている。
傷裏はこの機体を知らなかった。なぜならこの機体は青島が作ったオリジナルの機体だからである。
青島はバーバリアン設計士を目指しており、仕事上その分野に詳しい傷裏によくこうやって作品の感想を聞いている。
「……うん、いいと思うよ。バランスも取れて汎用性が高い。火力、装甲、機動性、全てが平均的だ」
「たださぁ、バランスを重視しすぎてこれといった目立つ点がないんだよな。バランス重視なら黒崎グループの吹雪で間に合ってるわけだしさ」
「……ならこれはどうかな? この両手の単発ライフルをそれぞれマシンガンとスナイパーライフルにして、演算ソフトをロック重視のこれに変えれば……ほら」
傷裏はそう言いながら青島の端末を操作、アプリに載っている兵装欄からチョイスする。
「あ、なるほどな。確かにこれなら遠距離用機体かつバランスも取れてるわけか。やっぱお前パイロットよりこっちの方が向いてるだろ」
「はは、まぁ僕としてはどっちでもいいんだけど、『タイガ』はこっちの方がいいみたいだしさ」
「それなら仕方ないな。お前は『タイガ』の尻に敷かれてるからな」
「かもね、はは」
「ドラちゃーん、シマちゃーん、おっはよー!」
傷裏と青島のちょうど真ん中に割り込むように少女が現れる。黒髪ストレートのメガネと、いかにも真面目キャラが似合いそうな外見だが、その外見とは裏腹に天真爛漫の天然キャラで愛すべきバカ。それがギャップメーカー柳沢織である。
「柳沢さん、おはよう」
「おっはードラちゃん。今日も絶賛スリープ日和みたいだったねぇ」
「そうだね、思わず寝ちゃいそうだよ」
「寝ちゃいそうというか寝ちゃってただろお前は。それに織、お前が甘やかすからこいつはこんな腑抜けのままなんだろうが。もう少し厳しく当たれよ厳しく」
「えぇ〜? でもシマちゃんだってドラちゃんの隣の席なのに寝てる時注意しないじゃん。シマちゃんの方がドラちゃんに甘いと思われ〜」
柳沢に図星をつかれた青島は無言を貫く。ただし怒気は発している。
「ところでドラちゃん、私も作ったんだけど見てくれない?」
柳沢もまた設計士を目指していた。もっとも、柳沢の機体コンセプトは機動力を度外視した超火力重視である。
ライフル弾を寄せ付けない厚い装甲、大量のミサイル、射線上の全てを焼き尽くすレーザーキャノン、圧倒的な弾幕を生み出すガトリング砲。柳沢が見せたのはそういった機体だった。
「おい織、この機体の機動力じゃ背後に回られたら終わりじゃねぇか。火力上げるのはいいけど……これじゃあなぁ」
「背後に回られる前に撃ち落とすのが私のモットーなんだよ。シマちゃんの機体なんて特徴なくて地味地味のジミーじゃーん」
「んだとコラァ!」
「ま、まぁまぁ2人共落ち着いて」
青島が柳沢の胸ぐらを掴み、傷裏が2人を制する。
そしてもう1人。
「なぁ傷裏、ちょっといいか?」
少女2人の言い合いなど我関せずといった雰囲気で傷裏の元にやってきたのは髪は金、首にはネックレス、制服を着崩した少年。一見不良であるが、この人物も傷裏の友人であり設計士を目指している唐沢冬夜である。
「やっぱりおかしいだろ。装甲のデザインは自由自在なのにカラーリングは決められたパターンからしか選べないなんてさ。カラーリングも自由にさせてくれってもんだよ」
「……唐沢君にカラーリングなんて任せたら全身金ピカになるよ。大事なのは見た目じゃなくてどれだけパイロットを殺さない安全なシステムか、だよ」
「へいへい。ところで……」
「ん?」
「あれ……なんだ?」
唐沢はもう片方の手で隠しながら一方を指差す。
傷裏の席から3つ左の席、黒崎梨々香はいた。
梨々香は本日傷裏たちのクラスに編入した。傷裏と黒崎の対戦があった翌日である。
黒崎はなぜか傷裏の方をじっと見つめていた。視線が怖い。
「あの黒崎って奴も傷裏と同じ部署のテストパイロットだろ? ってことはもしやお前……」
「ん?」
「社内恋愛ってやつか? いいなぁそういうの、一種の夢だよな、うん」
「え? いや、ちょっと待って! それ違うよ! 絶対に違うから、うん!」
「そうか? つまんねぇやつだな。もっと俺の望み通り進めよマジで」
「別に唐沢君のお好みで恋人セッティングがされるわけじゃないからね? そこわかってる?」
聞いたが唐沢は唸るだけ。
(絶対わかってない……てかわかる努力をしていない。まぁいいけど)
傷裏は苦笑いをしながら、唐沢への意見を完全に諦めた。
傷裏の所属するクラスは設計科はバーバリアン設計士を育成するためのクラスである。そのため、クラスのほとんどが設計士志望だ。
ほとんど、というのは特例がいるからであり、傷裏や黒崎がこれに当たる。
傷裏たちの目的は所属企業の利益となりうる片鱗を持つ生徒をピックアップすることである。
傷裏等の人物は所属企業や部署を公開され、授業と仕事の両立に支障がないように授業の一部免除といった特別措置がとられる。
特別措置の代償として、傷裏は学校側の要請で前述の設計アプリを作った。
設計科生徒にのみ配布されるこのアプリは、ペン型の別機器で機体デザインを描き、データとして登録されている各武装、機器一式をはめ込むことでオリジナルの機体を作成できる。
そんな設計科は翌日、企業見学会というものを試験的に初めて行う。
見学先はハンドガンやライフルといった腕部武装開発の赤橋火薬、ブースター開発のヤタガラス社、そして黒崎グループ。前者の2社は黒崎グループの子会社であり、当見学会の主催者は黒崎グループである。
「つってもさー、赤橋とかヤタガラスとかって何を見りゃいいんだよ」
食堂。傷裏、青島、柳沢、唐沢の4人はいつもこのメンバーで昼食を取る。
「何言ってるのさ唐沢君、未発表の新製品が見られるんだよ? こんなチャンスめったにないよ」
「そうは言うけどよ、傷裏。俺は武装設計じゃなくて装甲設計をやりたいわけよ。そんな武装やらブースターやら言われてもなぁ」
「ふっ、やはり馬鹿だな冬夜は。性能の高さを求めず見た目ばかり重要視するから冬夜は万年補修組なんだ」
「青島に言われてもなぁ……。お前みたいな地味な機体作ってるよりはマシだと思うが」
「……お前も言うか」
唐沢と青島の口論もまた日常茶飯事である。もっとも、大抵は唐沢がいじり倒して青島が顔を真っ赤にして小さく反抗する程度だが。
加えると、青島の顔がそういった時に限り紅潮する理由は別にあるのだが、今は別件ということで伏せておく。
「2人とも馬鹿ですか? 見た目より地味さより大事なのは火力でしょ。なんでそこがわかんないかね」
「おい待て柳沢。てめぇも人のこと馬鹿にできないだろ。あんな旋回能力ゼロの機体誰が使うんだよ」
「織……私は別に地味な機体を作ろうとしているわけではないぞ? それは喧嘩を売ってるんだな? そうなんだな? 殴っていいな⁉︎」
「はっはっは……2人ともそんな怒って……カルシウム不足?」
柳沢が2人の鉄拳制裁を食らったのは言うまでもない。
「そんなことよりドラちゃんさー」
「ん?」
「あれは一体なんじゃらほい?」
柳沢の視線の先には、1人でおにぎりを食し、謎の視線を送り続けている黒崎がいる。やはり怖い。絶対的に怖い。
「……なんだろ?」
「ずっとドラちゃんのこと見てない?」
「えっと……僕なのかな?」
「それ以外に何があるのさ?」
柳沢は食事を中断し、黒崎の元へと行く。
2人は少しの間言葉を交わすと、柳沢が黒崎の手を引きながら戻ってきた。
「ドラちゃんに質問があるんだとさ」
黒崎が傷裏の隣の席に置かれる。椅子にどさっと背中から。柳沢は人間の扱いが雑である。
黒崎は若干の苦痛の表情を表しながら席に座り、置かれた拍子に軽く乱れた服を整え、一息つく。
「あなたに……聞きたいことがある」
「ん?」
「本当にあの時操縦していたの?」
「……え?」
「昨日の対戦のこと。どうにもあなたとあの時のパイロットじゃ、違和感というか……ズレがあるように感じたの」
「ズレ?」
「そう、まるで別人みたいに。あくまで偏見と私見でものを言っているんだけど、実はあなたは操縦していなかった、っていうオチはないわよね?」
「…………」
マズイと思った。この少女は自分の核心に近づきつつあった。たった一度、鋼鉄の兵器を介して戦っただけなのにだ。
「……杞憂だよ」
傷裏は最善の言葉を選び、並べる。
「あの時戦っていたのは間違いなく僕だ。嘘偽りはない」
「そう。ならいいわ、ごめんなさいね」
真剣な表情で聞いたわりにすぐに自分の非を認める黒崎。
しかし傷裏は、黒崎が単純に納得してくれたとはどうにも思えなかった。
本日は10時にもう1話投稿させて頂きます