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episode1・黒崎梨々香

 夜。傷裏は市原から受け取ったUSBメモリをPCの差し込み、データを読み込む。現代のPCにデスクトップはなくキーボードだけが存在し、ホログラムモニターが投影される仕組みとなっている。


「……これは」


 データの中身は、とある事件の記録。

 6月21日。新型バーバリアン、深雪(みゆき)のテスト中、機体が空中分解。パイロットは軽傷。

 6月22日。深雪は駆動系に異常な負荷がかかることが判明、当機体の開発計画は凍結。

 6月25日。深雪のテストパイロットの精神面に異常が発覚。バーバリアンへの搭乗は困難とされる。

 深雪という名に聞き覚えがあった。黒崎グループのおはこ、吹雪を初出とする吹雪シリーズ4番機。吹雪シリーズの長所であるバランス重視を捨て、機動性に特化させた機体。しかし装甲を薄くするなどの軽量化は行われず、推進系の性能が徹底強化されていたらしい。


「所長がこれを見せたってことは、このテストパイロットっていうのは……」


 バーバリアンは人型という構造上操作系が複雑で、使いこなすには相当量の技能を必要とし、技能を持つ者の数は限られている。

 よって、特異な事件、まさに深雪の件のような事件で貴重なパイロットを失うことは避けなければならない。

 そのためにBP機関が存在する。

 BP機関はパイロットの存命を第一とする製品の開発以外にも、何らかの原因でバーバリアンに搭乗不可となったパイロットの精神ケアも行っている。

 傷裏は推測する。黒崎は深雪の事件のテストパイロットで、事故により抱えたトラウマの払拭のために来たと。

 しかし同時に疑問もある。

 市原は黒崎をテストパイロットと紹介した。そのことに偽りはないだろう。だがそれでは傷裏の推測、さらには市原の行動にも矛盾が生じる。

 傷裏の推測だと黒崎は精神ケアを受けにきた、要は患者だが、テストパイロットをできるというなら、この推測は間違い、勘違いということになり、それだけで終わるだろう。

 しかしそれだと市原がこのデータを渡した意味が不明となる。ただのテストパイロットならこのデータとは無関係。

 考えをまとめようとしたが、余計複雑化しただけだった。



 翌日、傷裏はUSBのことを市原に問いただした。


「……あのレポートは、あちらさんのお偉いさんが梨々香の派遣申請をする際に送ってきたんだ。つまり深雪のテストパイロットは梨々香ってことだ」

「あちらさんって……黒崎グループの上層部の人たちですか?」

「そ。わかってると思うが、彼女は黒崎グループ現社長である黒崎獅童の娘だ。その大事な娘をそちらに預け、パイロットとして復帰させてほしい、っていうのが向こうの要望らしいんだが……おかしいんだよなぁ」

「……精神ケアを受けに来ているのに同時にテストパイロットとしても申請されていることですか?」

「あぁ。向こうの言い分では空中分解の恐れがないシミュレーションシステムなら乗っても問題はないらしいんだが……」


 そういった限定条件下での症状を持つ患者がいないわけでもない。しかし……。


「わざわざテストパイロットにする必要はないですよね。向こうに利益があるわけでもあるまいし」

「あぁ。もちろん梨々香には給料が支払われるが、利益どうこうの量ではないのはお前がよく知っているだろ」


 テストパイロットの給料は部署、及び企業によって様々だが、BP機関の給料は安いわけではなく、高いとも言えない、中間的な金額だ。


「となると、何か重要な目的のために来たってことだろ」

「目的……ですか」

「それがなんなのか、まだわからんがな。ということで、これよろしく」


 市原から携帯端末を渡される。画面はなく、PC同様に起動するとホログラムモニターが投影される。

 それはテストパイロットの仕事に関するデータ。仕事内容は毎回当日まで明かされない。情報漏洩を防ぐためだ。


「今日は新型フレームのテストを頼む」


 バーバリアンはヘッドユニット、装甲、フレームで構成される。

 ヘッドユニットは文字通り頭部。機体の電子機器の中心で、ここを破壊されればコックピットに映像は映らない。言わば脳や目だ。

 装甲も文字通り。人間の皮膚、衣服に相当する。これがなければバーバリアンの強度は紙切れ同然の軟弱なものとなる。

 そしてフレーム。これはいわば筋肉だ。例えるとマネキンに近い。コックピットもここに搭載されている。


「久々のフレームテストですね。前回のフレームテストって確か……」

「2ヶ月前だ。前回は磨耗(まもう)が激しかったとお前に酷評食らったしな。今回はG軽減性能はそのまま、かつ磨耗も極力抑えた仕様だ。いっちょ頼むよ」

「わかりました。えっと……テストは1時間後、想定状況は……え?」


 シミュレーションシステムで構築される戦況、敵、自機を示す欄を見て、思わず怪訝な表情になる。


「……テストパイロット、傷裏龍と黒崎梨々香による、1対1の模擬戦?」




 本来、バーバリアン同士による1対1の戦闘というものはごく稀にしかない。複数のバーバリアンや通常兵器が入り乱れる戦況が当然であり、その上でこの模擬戦である。市原曰く、黒崎を派遣した黒崎グループ直々の要望とのことだった。


(愛娘の同僚の実力がどれほどか見極めさせてもらう、ってとこかな)


 黒崎は片手にライフルを持つ吹雪、傷裏は陸奥という迷彩カラーの機体を使う。吹雪の外観をスマートと例えるなら、陸奥は複数枚の厚い装甲を重ねた巌のよう。

 陸奥は黒崎グループに次ぐ日本バーバリアン製造企業の浅原工業の主力機体。

 その企業的特徴は、どれも高火力重武装に主を置いている点に尽きる。

 陸奥の基本武装は、両腕にガトリングガン、右肩にスナイパーキャノン、左肩にミサイルコンテナを有している。

 仮想フィールドは水上。身を隠す物は何一つなく、互いの機体は500メートル離れて待機している。

 なぜ違う機体で行うのかといえば、フレームを覆う装甲の違いでどれ程フレームへの負担が変化するのかを検証するため。


「黒崎さん、今日はよろしくね」


 シミュレーション機内。傷裏は機内の音声通信で黒崎に会話を試みる。同じ職場の言わば同僚同士、なんとか仲良くなっておきたいと傷裏は思っていた。もちろん普通の友人としてだ。


「えぇ。お手柔らかにね、先輩」


 茶化すように黒崎は笑う。


「……よし、それじゃあ行こうか!」


 傷裏は区切りをつけるように手をパチンと合掌するように合わせ、頭をコツンと叩く。

 すると柔和な笑みは消え、顔が引き締まり、目に今までの温かな光は消える。気を引き締めるというよりは、別人になったようだった。


『戦闘開始5秒前。4、3、2、1……戦闘開始!』


 市原の声で、両機は水上を滑走する。

 先に標的を射程に入れたのは高い射程兵装を有する陸奥だ。

 陸奥から大量のミサイルを放たれる。吹雪はミサイル群の隙間を縫うように回避する。


「甘い!」


 一定の距離を保ちつつ、陸奥のガトリングの砲身が回転、重厚な弾幕を張る。

 吹雪はガトリングをかわしつつ接近、陸奥とすれ違い、背後に回った。

 吹雪は右手に持つライフルが構えられる。

 背部の装甲が破損、次いで実弾の衝撃。

 急いで旋回するも、そこに吹雪はいない。その代わりに右肩の装甲が撃ち抜かれた。右に旋回すると今度は左肩が撃ち抜かれる。

 吹雪は空中を飛び回り、ヒットアンドウェイを繰り返す。陸奥はカメラで姿を視認することすら叶わない。

 飛翔。

 陸奥はガトリングを捨て、直上に飛ぶ。陸奥の推力は必要最低限しかないが、それでもある程度の高度まで飛ぶことはできる。

 視界外から弾丸が襲う。それを受けながらも、陸奥はブースターを限界まで噴射させ上昇する。

 狙いの高度まで到達すると機体を真下に反転した。上空から見ることでようやっとアイカメラが吹雪の姿を捉え、ロックオンする。

 直後に数箇所のブースターが負荷に耐え切れず自壊したが、それでも体勢は崩さない。

 2つ折りのスナイパーキャノンが展開される。

 吹雪を射線上に捉えたと同時に、スナイパーキャノンから弾丸が射出される。タイムロスはほぼ0。吹雪の性能でこれをかわすことは不可能。

 それが常識。

 起きる出来事は非常識。


「っ⁉︎」


 なんと吹雪は身を後ろに逸らすように推進機器を点火させ、バク転の要領で攻撃を受け流した。異常な操縦技術を必要とする技能だ。

 そのまま後方宙返りを決めて体勢を立て直し、即座に射撃、正確に陸奥の装甲の隙間、フレームを撃ち抜いた。


『機体制御システムに異常発生。機体制御システムに異常発生』


 警告アナウンスとブザーが鳴り響く。

 吹雪が距離を詰める。陸奥がブースターを自壊させてでも昇った距離を吹雪はあっという間に詰める。

 2丁のライフルの銃口が陸奥を冷徹に見据える。

 そして……。




『テスト終了。お2人とも、お疲れちゃん。今日はもう帰って大丈夫だ。後日感想アンケート送るから記入しといてくれ』


 テストは終わった。

 コックピットを降りたいつもの柔和な傷裏はもう片方のシミュレーション機、黒崎の乗るマシンに近づく。


(怒ってるかな。まぁ、『あんな』勝ち方……)


 傷裏は勝った。勝ってしまった。

 黒崎はおそらくプライドの高い人物だろう。名家の娘、卓越した操縦技術。孤高のプライドを形成するには十分な材料だ。

 そして、プライドの高い者は同時に予想だにしない敗北に弱いことは通説である。

 傷裏は心配だった。自分が勝ってしまったことで黒崎のプライドを傷つけたのではないかと。

 シミュレーション機の扉が開き、黒崎が出てくる。その表情に変化はない。


「今日はお疲れ。有意義なテストができたわ」


 一言そう告げ、黒崎は去っていった。




「えぇ。情報通り、彼の操縦技術……それとセオリー無視の戦術の発想力は化け物よ。まさかあんな戦法をとってくるなんて……」


 同日の夜。

 黒崎は薄暗い自室でテレビ電話を開いていた。前例通りテレビ電話のモニターもホログラムである。

 通信の相手は豊富な白ひげを蓄えた壮年の男性。髪も白くシワも多いが、その目は若人にも引けを取らない威厳と風格を持っていた。


『結局、任務は大丈夫なのか?』

「任務はしっかりとこなしてくる。そうしないと……私は報われないもの」

『……とにかく頼むぞ。お前の働きが黒崎グループの運命を左右するのだからな』

「わかってる……お父さん」


 通信は切られた。

追記:episode1で描かれた傷裏VS黒崎戦ですが、これの決着はのちにちゃんと解説が入ります

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