episode10・ヤマタの集い
ベルリオーズ粒子は現存するどのエネルギー生産システムよりも安全かつ効率的なエネルギー変換率を誇る。
安全性の点で言えば、火力発電のようにCO2を排出することもなく、原子力発電の放射性物質のような人体に悪影響を及ぼす廃棄物が出ることもない。
そんな万能エネルギーことベルリオーズ粒子であるが、1つだけ、危険が存在する。
逆流性粒子爆発。別称BPE。
B鉱石から発生するベルリオーズ粒子は、基本的には鉱石の中点を起点として逆螺旋状に拡散する。Cユニットはそれを特定方向へ調整する役目を果たしている。
だが特定の事態、例えばCユニットの粒子調整方向を正反対、つまり発生と同時に巻き戻しの要領で起点まで逆走させると粒子同士が化学反応を起こす。
するとどうなるか。本来不可視の粒子は青白く発光し、そして大爆発を起こす。
ちなみに、この化学反応を起こした粒子は同質の粒子、もしくは発生した爆炎と接触した場合、熱量をさらに増長させる。
さぁ、ここで時間軸を元に戻すと同時に問いを投げかけよう。
粒子調整方向を正反対に設定したCユニットを大量に設置するとどうなるか?
「死んだ?」
対BPEシェルターに隠れていた『ヤマタの集い』の構成員、戸田恵実が姿を現す。
現す、と表記したが戸田本人が生身で出たわけではない。正確には戸田の乗るバーバリアンが、だ。
ヒノモトシリーズ3番機、陸前。陸奥同様の厚い装甲を纏う。全身には高火力武装を備える。本来は肩部と脚部にミサイル、両腕にバズーカを持つ陸前だが、戸田の愛機、クイーンビーは違った。
両腕は武器どころかマニピュレーターすら廃止されて、代わりに4連装ロケットランチャーを装備。加えて肩部、脚部のミサイルコンテナが追加増設、装甲すらも開閉式ミサイルポッドに改造してある。
本来は迷彩柄のカラーリングは黄と黒のコントラストに変更されており、まさに蜂だ。
『さすがにあれに耐えられる機体はないだろ。対策万全のこのシェルターですら今の一発でオシャカ状態だ』
戸田からある程度距離の離れた位置に置かれたシェルターのハッチが開き、新たな機体が姿を見せる。
同じく『ヤマタの集い』の構成員である朝垣亮の駆る機体、ホッパーは吹雪を軽量化した機体。カラーはモスグリーンに染められ、装甲は削られ、肩部のミサイルは廃され、両腕には軽量のハンドガンがある。
そして絶対的な特徴は脚部。
それはバッタの後ろ足に類似していた。人型兵器に備えるにしては明らかに長く2つ折りのように畳まれた脚は、まさしくバッタだ。
このバッタ脚を持つフレームはロキカンパニーの開発したもの。ロキカンパニーはフレーム専門の企業で、バッタ脚のような異形のフレームを多く扱う。
『……黒道に多数の敵機を確認。上空のあれは囮だったと思われます』
淡々と現状を報告したのは、爆発地点から数キロ離れた位置で、同様にシェルターに潜んでいた木村楽人。
楽人の機体はホーク。製造元は出雲社で、この3機の中で唯一の無改造機。
出雲社は機体のフレームから武装までを一括で製造販売している企業。他企業の吹雪や陸奥のような量産機の製造は行なっていないが、高コスト高性能のワンオフ機体を製造している。
銀色のスリムなフォルムに大型のスナイパーレーザーライフル、背部に細長い索敵アンテナを有する巨大なバックパックを持つ。
「木村、カウントお願い」
『わかりました。敵機、目標地点まで残り、10……9……8……』
クイーンビーのレーダーに木村の言う機影はない。超遠距離戦を目的としたホークだからこそ持つ索敵能力の賜物だ。
『3……2……1……0』
無機質な声で告げられた0。
同時に、戸田は手に握られたグリップのボタンを押す。
地上に衝撃が走る。
それは、地下に設置されたCユニットによる逆流性粒子爆発によるもの。
地下一帯を紅蓮の炎が迸った。
『敵機、消滅』
「了解。さて皆、帰るよ。リーダーが待ってる」
『あぁそうだ……おい戸田、右!』
突如、朝垣が声を張り上げる。
戸田は考える前に、反射的に右を見る。
真紅の白雪が、ライフルをこちらに向けていた。
「っ⁉︎」
またも反射的に、機体を90度回転させつつサイドステップさせて距離を取る。
弾丸がクイーンビーのアイカメラを紙一重の距離で横切る。
クイーンビーの全身の装甲が展開、真紅の白雪に対しミサイルを叩き込む。
真紅の白雪は高速で距離を離すが着弾、爆発した。
「……やったわね。なんなのよ、あれ。レーダーに映ってないんだけど」
『…………戸田さん、残念ながら終わってないみたいです』
「は?」
木村の言葉が理解できなかったが、現実を見ることで理解する。
爆煙が晴れ、姿を現したのは残骸と化した真紅の白雪ではなく、5体満足で悠然と立つ真紅の白雪だった。その周囲には、青白く光る粒子が舞っていた。
「……ぁあ、ビビった。マジでビビったぞ、いやガチで」
『タイガ』は緊張をほぐすように大きく息を吐く。
先ほどの爆発。あれはおそらくBPEによるものだろう、ということは爆発の直前の光で判断できた。
脳が理解できれば、やるべきことは自然と決まってくる。
『タイガ』はBバリアをオートモード、つまり機体を覆う球体状で展開した。
Bバリアの正式名称は質熱量遮断粒子防壁という。
質熱量。
つまり砲弾といった物理兵器だけでなく、レーザーや爆炎といった非物理兵器にも、Bバリアは効果を発揮する。
結果、BPEは無力化された。もっとも、並走していた他3機や傷裏の白雪を運送していた雷電は守りきれなかったが。
あとは対レーダーステルスを利用した不意打ちで敵機を行動不能にできればよかったのだが、不運にも気づかれてしまい失敗した。
ここで1つ、疑問が生じることだろう。
なぜこの白雪に、Bバリアや対レーダーステルスが搭載されているのか。
この真紅の白雪……個体名フェニックスをチューンしたのは室井だ。
室井との対談から3日が経過した日、脈絡なくフェニックスがBP機関に送られてきた。
送り主は室井。曰く、「先日の話し合いの際のお詫びとして受け取って頂きたい」とのことだった。
機関の整備員に調べてもらったが、特に異常な箇所はないとのこと。ただし、当然の話だがBバリア等の最新兵器の情報は閲覧制限がかかっていた。ていのいい意趣返しといったところだろう。
よって、フェニックスは傷裏の専用機となったわけだ。
『あんた、どうやって生きてるわけ?』
蜂模様の陸前の通信回線。音声のみで、声の主が女性という程度しかわからない。
『BPEで無傷、そしてレーダーにも映らない。知ってる? あんたみたいなのって、俗にチートって言うらしいのよ』
なにやら饒舌に語る敵パイロット。
無論、『タイガ』がそれに反応する義務も理由もない。
『あんたらが探してるうちらのリーダーはもうとっくに、あんたらの知らないとこに逃げてるわ。あたしらは予備装置。仮にあんたみたいなイレギュラーがいた場合、殺すよう命じられてる』
最悪口を開いて情報を聞き出そうと思っていたが、その前に女が全てを語ってくれた。
『というわけでよ、潰すわよ』
開戦。
蜂模様の肩部からミサイルが射出。
『タイガ』がもう一度Bバリアを張ろうとすると、脳内から忠告が飛ぶ。
『BPEを防ぐ時にBバリア用の粒子を無駄に流しすぎた! バリアは控えて目視回避に専念して!』
「えぇい、めんどくせぇ!」
相棒のアドバイスを受け、イラつきながらもBバリア発生ボタンから指を離してレバーを握りしめる。
地表を滑走し、ミサイルを撃ち抜き、ビルなどの遮蔽物を利用してそれらをかわす。
蜂模様に照準を合わせる。狙いはCユニットの排熱口。
動きを捕捉、トリガーを引く。
直前、バッタ脚の白雪が接近、両腕のハンドガンを発砲してきた。
ハンドガン程度でフェニックスの装甲が傷つくことはないが、傷裏は蜂模様から距離を引く。
今の射撃、目的は足止めだと視認した。
その真意は蜂模様のアシスト。
予想通り、蜂模様が両腕以外に装備された全てのミサイルを射出。
それらをかわしながら、傷裏は疑問を感じた。
(このミサイル攻撃すら……真意じゃねぇ?)
確かにミサイルの単発でも白雪に致命打を与えるだけの威力を持ち合わせている。
しかし、その弾道は直撃コースではなく、むしろ意図的に外していると見られる。
真意は、これもまた足止めと思われる。
(バッタ脚が足止め、蜂模様も足止め。つーことは……)
『タイガ』は理解する。この攻撃の真意が一体どこに隠されていたのか。
「3人目か!」
「照射準備、開始」
木村楽人は作業開始を宣言する。
ホークの背中に装着されバックパックが展開、右脇下をくぐりながら細長く白銀の砲身が姿を現す。
続いて頭部の左右の装甲が前面までスライドし、アイカメラを覆う。
それは精密射撃モード、要はスコープを覗いている状態だ。
砲を両腕で抱えるように構える。
「フッ……」
小さく息を吐き、引き金を引く。
砲口から放射されるは、轟音を撒き散らしながら疾走する禍々しく大口径のレーザー。
ではなく、無音で放たれた極細のレーザー。
静寂ながら怒涛のように。
獲物を求め駆け抜ける肉食動物のように、超高速で駆け抜けた。
本日は1時間後にもう1話投稿します




