episode0・プロローグ
『それでは、作戦の内容を説明する』
少年の目の前に3枚のホログラムモニターが展開される。
人が1人分入れるか否か程度の薄暗く狭い室内。光源はホログラムモニターのみ。
『標的はハワイ諸島に隣接するメガフロート群。この施設の戦力及び太陽光エネルギー変換マスドライバー、フォトンを破壊することが目的だ』
オペレーターの男は一呼吸おく。
『作戦開始。全ての戦力を撃破しろ』
「……了解」
一室の周囲のLEDライトが点灯、少年の姿を明るく照らす。
移送用高速ジェット機の留め具が弾け、機械の巨人が降下する。
バーバリアン。無数の精密機器で動く10メートルの兵器。
機体名、吹雪。肩や膝に緩やかな三日月状の装飾がある白を基調としたデザイン、両腕にライフル、肩には小型ミサイルを搭載している。
全身の推進機器を点火、吹雪は真下の海面に落下することなく空を駆ける。
メガフロートに配備された戦力が放つ弾丸やミサイルを超高速でかわし、こちらもミサイルを放ちながら着地する。
吹雪から放たれた数発のミサイルは破裂、内部からさらに無数の小型ミサイルが飛翔、戦力を爆散させていく。
地表を滑るようにブースターを吹かせ、両手のライフルを四方八方に発砲。
短距離加速で2足歩行兵器の背後に回り込み、ライフルを突きつける。
「………………」
一切の感情を込めず、鋼板を撃ち抜く。
メガフロートの戦力の殲滅を確認すると吹雪は次のメガフロートまで飛翔し、そこの戦力を潰す。それの繰り返し。
メガフロート群の中心に巨大な塔がある。これこそ本作戦の最大目標、フォトン。塔を形成する外装パネルの1枚1枚が太陽光パネルとなっており、そこから得たエネルギーを利用して超出力レーザーを照射する。
吹雪はフォトンに向かい一気に加速する。
直後、フォトンからミサイルとレーザーの雨が降り注ぐ。
大半はかわし、回避しきれないものはライフルで撃ち抜いて誘爆を起こす。
フォトンが射程に入ると、吹雪は残りのミサイルをありったけ叩き込む。
狙いはフォトンの外装の一点。
集中砲火を受けた外装は剥がれ落ち、内部の支柱を兼ねた精密機器の塊がむき出しとなった。
弾幕の雨を抜けた吹雪は、むき出しの支柱にライフルの銃身を、抉るように突き刺す。
そこから数回引き金を引くと、フォトンに背を向け飛び去る。
無数の爆発を起こしながら、フォトンは各所で爆煙を巻き上げながら倒壊していった。
『テスト終了』
オペレーターのその言葉と同時に、画面が無機質な鉄板らしき物へ変わる。
少年はコックピット……正確にはそれを模した戦闘シミュレーション機から降りる。
そこで唐突に、少年は様変わりする。戦闘中の寡黙で冷徹な印象は消え去り、人当たりに良さそうな好青年へと変化した。
そんな少年の元に中年の男が寄ってくる。ボサボサの髪に無精髭、着崩したツナギ。いかにも見た目に気を使う率0%な感じだ。
「どうだった? 新しく作ったステージ。いい出来だったろ?」
その声は先程聞いたオペレーターの声と同一人物。
「ハードル上げすぎじゃないんですか? 戦力が多すぎます。マスドライバー兵器なんて存在しないものを……『タイガ』じゃなかったらタワーの弾幕でやられてます」
「そいつぁ悪かったなぁ、ははっ。でもまぁ、『タイガ』ならやれるんだろ?」
「当たり前です。見くびらないでください、僕の相棒を」
「さすがだな。貴重なデータありがとさん。後で送るアンケートに感想書いといてくれ」
男は笑いながら去っていった。
1人残された少年は小さくため息をつき、自分の頭をコツンと叩く。
「お疲れ様、相棒」
誰もいない中でそう呟き、少年もその場を去るのだった。
バーバリアン。初めてそれが世に出たのは第3次世界大戦が始まる5年前。
希代の天才科学者であると同時に世界最大の犯罪者にして異常者にして元凶者、アロード・テルメロイが作り上げ、突如として全世界にその存在を公表した。
その公表が引き金だった。
アロード・テルメロイにより腕を買われた8人のイかれたパイロットたちがバーバリアンを駆り、世界の蹂躙を開始した。
バーバリアンの性能は異常、言わばオーバーテクノロジーというものだった。その時代、科学はめざましい発展を遂げており、無人兵器、レーザー兵器、果ては人型とは言えないが2足歩行兵器も開発されていた。
しかし、それらは意味をなさなかった。バーバリアンという、野蛮人を意味する鋼鉄の巨人は全てを焼き払った。いくつかの国家は統治能力を失い瓦解していった。
緑が焼かれ、文化は滅び、幼子の悲痛の叫びが鳴り響いた。
しかし、盛者必衰と言うように、何事にも終わりは存在する。
人類の力を結集し、バーバリアンパイロットの居住基地を発見、8ヶ所同時制圧作戦を敢行した。皮肉にも、この時ばかりは民族宗教国家間の問題は棚上げされ、世界は1つになっていた。
パイロットは全員確保されたが、数年の拷問の末、最後までパイロットたちが情報を語ることはなかった。
結果、首謀者であるアロードの所在が不明のまま、8人は処刑された。
このテロ行為は、後にテルメロイの乱と呼ばれた。
こうして世界の敵はその元凶を除いて排除され、世界は平和になったと思われた。
しかし、現実は簡単ではなかった。
1つにまとまったはずの世界は、バーバリアンの技術競争時代へと突入した。廃棄されたアロードの研究所に、バーバリアンの基本設計図が残っていたのだ。
最初に手にしたのは南北アメリカ大陸の国家群がテルメロイの乱を機に合併したアメリカ大陸連合、通称ACUと、欧州連合共同体、通称EUCだった。
バーバリアン戦力を手にした2国は互いを牽制し、冷戦状態が続いた。
その均衡はあっけなく崩れ去る。
ACUの技術者が中国、今は近隣国と合併した東アジア連合国に亡命し、バーバリアンの製造技術を売ったのだ。
それにより、東アジア連合国はバーバリアン戦力を整え、悪化の一途を辿る資源、経済問題を解決するためEUCに宣戦布告した。第3次世界大戦の始まりである。
戦火は瞬く間に世界全土を巻き込み、今に至る。
日本。
第3次世界大戦時の日本の状況はというと、中立国という形に落ち着いた。
日本の『戦力』である自衛隊はその名を国防軍に改め、戦力を持たないという憲法はもはや形骸化していた。
日本にはBP機関という施設が存在する。BP機関ではコックピットのGを緩和するシートや機体制御の一部を肩代わりする演算システムなど、パイロットの負担を軽減する機器を中心に製造していた。
ちなみにBPとはバーバリアンパイロットの略称である。
とにかく、その機関に少年はいた。名を傷裏龍。BP機関所属のテストパイロットだ。
本日もいつも通りシミュレーションシステムでデータを取り、自宅へ帰ろうとしていた時だった。
数分前に別れたばかりのツナギの男、市原斗真から電話がくる。
『龍、すまんが今すぐ応接室まで来てくれ。大事な話がある』
要件も言わず電話を切られたことを訝しんだが、とにかく向かうことにした。
応接室。傷裏はノックをして、部屋に入る。
「お、来たか」
部屋には市原ともう一人、傷裏の知らない人物がいた。
ウェーブのかかった黒髪を肩まで伸ばし、シワのない黒スーツに身を包んだ少女。年齢は傷裏と同じくらいだろうか。
「お呼びですか、所長?」
傷裏は市原……BP機関の所長に聞くと、市原は小さく笑う。
「新入りを紹介しとこうと思ってな」
スーツの少女が前に出る。
「黒崎グループから派遣されてきました、黒崎梨々香です」
(黒崎グループ……)
それは日本最大の需要量を誇るバーバリアン製造企業。バランスのとれた機体性能に定評があり、先ほど傷裏がシミュレーションで乗っていた吹雪は黒崎グループの主力製品だ。
「よろしく、黒崎さん」
「えぇ、よろしくね」
傷裏が手を差し出し、黒崎もそれに応えてその手を軽く握る
「では所長、私はこれで失礼します」
黒崎は2人に一礼してその場を去る。
足音が遠のくのを聞いてから、傷裏は問う。
「なぜ急に新しいテストパイロットを? それに彼女、黒崎グループって……」
「まぁ待てって」
市原は1本のUSBメモリを渡す。
「……これは?」
「あの子がここに来た理由、らしい。少なくとも向こうの言い分じゃあな」
「それってどういう……」
「まず見てみろ。話はそれからだ」
市原も去り、傷裏が1人、残された。