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004.友

 目の前の鏡の中で、俺の腹が左右に開かれていく。痛みは無い。

 人体を解体する場面に居合わせたことなんて無いし、刃物で切りつけている様子も見えない上に痛みも無い。そしてそれが鏡の中で行われているということも合わさって、現実感を薄めていく。それが俺に冷静さを与えていた。


「…痛みが無いのは何か魔法を使ってるから?それとも俺の体が元々そういうものなの?」


「ん?ああ、流石に魔導人形に痛覚を組み込むほど悪趣味な人間じゃないぞ俺は…って、ちゃんと言っておいたほうがよかったな、すまん。」


「いや、それならそれで良いんだ。ちょっとびっくりしたけど…」


 頭の中にごちゃごちゃとわけのわからない知識が散乱していて自分自身でも整理しきれていないので、アレクセイが俺にどんな情報を与えればいいのか計りかねているのは理解できる。ちゃんとこっちの顔を見て謝罪もしてくれているし、咎める気は無い。


「悪い、次から気をつける。っとそろそろ完全に開くはずだ、ちゃんと自分の腹の中がどうなってるか把握し…て………」


 そう良いながら目線を腹に戻したアレクセイの瞳が、驚愕に見開かれる。今度はなんだよ。

 腕を切り離して動かすことが出来て無呼吸でも問題ない上に痛覚皆無とか、既に人外判定まっしぐらだが、どうやら腹の中も大層非常識なことになっているようだ。製作者がこれだけ驚くとか良い予感なんてこれっぽっちもしないが、自分の体がどうなっているのか把握しないわけにもいかないので、俺も鏡の中の腹へ目線を向け、


「う、わ…」


 鏡というクッションを挟んで現実感が薄まっていなければ、恐慌を起して叫んでいたかもしれない。そのくらい異様な光景だった。

 開かれた体の中央に位置する見事な長方形の肉塊、それに覆い被さって光沢を放ちながらぷるぷると震えている黒い金属塊。その下部には磁器のようにつるりとした真白い管が規則的に折り畳まれており、表面に走る真っ赤な血管がその対比で目立つ。上部の魔銀製肋骨の奥では、鱗のようなものでびっしりと覆われた蛇腹状の大きなポンプが2つ、俺の呼吸と連動して収縮している。その肋骨に挟まれた胸部中央、まるで人間の心臓そのもののような見た目と形で脈打ち、真っ赤な光を中心から漏らす岩の塊。

 位置や形状を見て、何の臓器か推測は出来る。だがそれらを含む内蔵全てが、節操無く無機物と有機物が混じりあったような、こちらの精神を(やすり)にかけるような見た目をしているのは由々しき問題だ。


『………。』


 俺はアレクセイを見て、アレクセイは明後日の方向に目を逸らして、お互い無言で数秒。


「…これ、普通じゃないでしょ絶対。」


「…やっぱり分かる?」


「分からない訳が無いだろそんな反応しておいて!どうなってんだこれ!」


 アレクセイは『魔心炉以外は飾り物』と言っていた。こっちの『飾り物』はこんなにも悪趣味なのかとも一瞬思ったが、やはりそんな訳もなく、本来なら内臓それぞれの形を簡易的に模した木材で埋まっていたはずらしい。材質に関しては安価で加工しやすかったからだとか。

 そうなると一体全体なにがどうしてこんなことになっているのかだが………もしかして俺が原因か…?

 腹の中の惨状から見るに、誰かが目的を持ってこう『した』のではなく、何かの結果に伴ってこう『なって』しまったのではないか、そんな気がするのだ。俺という人間がこの作り物の体に無理矢理入ってしまったから、辻褄を合わせる為とか、違和感を持たせない為とか、よくわかんない原理でこう、ごちゃごちゃっと。

 そんな勘頼りの適当な理屈を捏ね回しても原因は分からず仕舞いだが、この分だと頭の中身もおかしなことになってるんじゃないだろうか。見たいような、見たくないような…でも、確認だけはしておかないと。


「アレクセイ、取り敢えず腹の中の惨状は分かったんで閉じちゃおう。あんまり見たいものでもないし。次は頭開こう頭。」


「も、もうちょっと観察させて欲しい…」


「見るだけなら後でいくらでも見ていいから、今は我慢して。それに令魔石とやらの方も非常識なことになってる可能性あるよ?『俺』が入ってるんだし。」


「!!」


 親の仇でも探すかのように俺の腹の中を睨んでいたアレクセイだが、俺の言葉を聞いた途端に顔を上げ、無駄の無い動きで腹を閉じていった。








 ◆








 結果から言うと、俺の頭の中には脳が詰まっていた。ただしそれは元々拳大の球体であったはずの令魔石が、その美しく、透明度の高い紫色の水晶のような性質そのままに肥大化し、人間のそれを模ったもの。透き通って輝く脳のリアルモデルがあまりに綺麗だったので、暫くアレクセイと2人で魅入ってしまっていた。そして頭の中を確認も終わり、閉じた後、沈黙が落ちる。


 この体は、やはり間違いなく、作り物だった。

 流石にあれだけのものを見せられたら、この体は人間のものではなく、作り物の魔導人形であるということを認めざるを得ない。そうなると『俺』という精神も何かに作り出された設定なのではないか。という恐れが出てくるが、様々な理由からその可能性は低い上…ぶっちゃけた話『そんなことはどうでもいい』。例え本物の元日本人でも、そうではなく何かに作られた設定であっても、今ここに存在している『俺』は『俺』以外の何者でもないのだ。それを受け入れて生きていくしかない。そう、重要なのは『これから俺がどうしたいのか』だ。


 ………まず基本的な人権は欲しいな。これが一番重要且つ難題ではないか。なにせ俺の体は、人間のようで人間でない少しだけ人間な魔導人形なのだ。多分この世界の人々にとっては、人間並みの知性を持っていたとしても、あくまで魔導人形は魔導人形でしかない。希望があるとすればアレクセイの『伯爵』という肩書きだろう。この人が後ろ盾となって手を回してくれれば、人間として生きる道が見えてくるかもしれない。

 次に最低限の生活水準の確保だ。魔力なら魔力、食事なら食事、この変質した無機物の体が何を燃料として活動しているのかは知らないが、生きるのに必要なエネルギー源の確保と、安心して休息がとれる衛生的な寝床、そして人間の文化性の表れと同時に、身を守る為の衣服。衣・食・住ってやつだ。その確保の為に何か仕事をして稼がなければいけないな。

 最後は訓練と勉強だな。やはり魔法は使えるようになりたい。果たしてこの体で使えるようになるのかは分からないが、動力が魔力なら可能性はあると思う。これから生きていく上で俺の頭に書き込まれている情報だけじゃ心許ない気がするし、この世界の地理や歴史、風俗等も勉強しておきたい。

 記憶の回復?元の世界への帰還方法?そんなもん最後の最後だ、優先度は低い。記憶喪失のせいで元の世界への思い入れが薄いから帰還方法なんて探す気が起きないし、そもそも記憶を回復させたいという思いもあまり無いのだ。戻ったとしても辛くなるだけな気がするから。だからまずは足元の地面を均して生活基盤を作り上げて落ち着かないと。不安定な立場のまま勢いで動いても、碌なことにはならないだろう。

 そんなことをつらつらと考えながら、時が過ぎて外からの逆光も収まり、夕闇が迫り始めた頃、俺の手足の拘束具を外しにかかるアレクセイ。


「…俺はある目的があってお前を作ったんだ。」


 なんか語り始めた。


「さっきも言ったように、俺にはアナスタシアという一人娘がいるんだが…その子が心を病んでしまっていてな。その治療と世話の役割を任せるために、お前を作り出したんだ…」


 …なんか長ったらしかったから要約しよう。

 アレクセイの娘であるアナスタシア・ヘイスティングスは、3年前、当時12歳の時のある殺人事件で、同い年で仲の良かった男の子カノン・ラッセルとその両親スチュワート・ラッセル、ヴィクトリア・ラッセル、そして自分の母親でアレクセイの妻であるマリア・ヘイスティングスを失った。その現場に居合わせたアナスタシアは精神的なショックを切っ掛けに魔法を暴走させて昏睡状態に陥り、体の成長も止まってしまったらしい。去年の冬に目覚めたが、心は病んでおり体の成長も止まったまま。だがある時『カノンに会いたい…』と呟き、覚醒後初めて感情らしきものを見せた。そこでアレクセイは頑張って、カノンをモデルにして魔導人形()を作り上げ、アナスタシア嬢の身の回りの世話と心のケアをやらせようとした、ということらしい。

 ちなみに俺の見た目が当時のカノンそのままではなく成長させてあるのは、アナスタシアの体の成長が止まってしまった理由が精神的なものなら、治る切っ掛けになるかもしれないからだそうな。






(………お、もい…重いぞ俺の背景(生まれた理由)…!)


「つ、つまりアレクセイは俺をアナスタシア嬢付きにしたいと?」


「まぁ、そうだな。そのつもりでお前を作ったのは間違いない…が、お前の意思もあるだろうしな。強制はしないさ。」


「俺みたいな得体のしれない存在(モノ)、娘さんの傍に置きたくないのが普通じゃあない?」


「そういう気持ちが無いとは言わないが、同時に、ただの魔導人形では得られない効果を発揮してくれるんじゃないかと期待もしている。」


 それは、そうかも。単純な命令に従ったり簡単な言葉を発するだけのロボットに比べたら、中身が俺みたいのでもまだなんぼかマシなんじゃないだろうか。

 ただ、なんだろう、俺がおかしいのか?そもそも前提が危うい気がするんだが…


「あのね、アレクセイ。程度によっては割と致命的な問題だから、もし気付いてないようなら言っておこうと思うんだけど。」


「致命的?なんだ、どういうことだ?」


「もし俺がアナスタシア嬢の世話係を引き受けたとして、彼女が俺を見て恐慌をきたす可能性もあるって分かってる?」


「ああ、そのことか、それは織り込み済みだよ。どう転んだとしても、自分の内側に篭もりっきりの今の状態よりはマシさ。」


「ん、ならいい。じゃあ次は俺の番かな。」


「と、言うと?」


「『異世界人』である俺が語る番、ってことさ。」


 訝しげな顔をするアレクセイの顔を見て笑いながら、喋り始める。


 俺が『異世界人』であること、元の世界がどういう所なのか、体の異常変質についての考察、これからどうするか、どうしたいか。異常(バグ)扱いされても構いやしない、と胸の内の全てを吐き出した。さっきまではこんな懺悔めいた告白をするつもりなんて毛頭なかった。リスクとリターンを天秤にかけ、釣り合いが取れていなかったから。

 だが、好ましかったのだ。娘の事を愛し、悲しみ苦しみ、努力した。その結晶である魔導人形が俺みたいな得体の知れないものに乗っ取られ、その得体の知れないものに真摯に対応し、意思の尊重までする。まぁ多少趣味と実益を兼ねた打算的なものも感じはしたが…

 そんなアレクセイのおっさんが、ただ、好ましかった。嘘をつきたくなかった。隠し事をしたくなかった。例え裏切られたとしても、自分の見る目が無かったと、諦められる位に。

 俺が語りたいことを全て吐き出した時には、既に日は落ち、部屋を宵闇が支配していた。その間アレクセイは俺の荒唐無稽な話をただ目を瞑って聞いていた。




「…感謝する、カナウ。内容の真偽はともかくとして、お前がこんなリスクの塊のような話を誰彼構わずする奴じゃないのは判る。俺を信頼してくれたのは十分理解出来た。出来る限りそれに応えよう。」


そしてこうやって、普通なら一笑に付すような話も受け入れようとしてくれる。


「こちらこそ、だよアレクセイ。これから世話になる。」


 どちらからともなく手を差し出し、固く握手をする。

 こうして俺は、友人アレクセイ・ヘイスティングスの娘、アナスタシア・ヘイスティングスの専属魔導人形として生きていくことになったのだった。

第1章終了です。第2章からやっとヒロイン登場!

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