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002 異世界

 空を、人が、飛んでいた。

 数えられる程度の、複数の集団に分かれている。1つにつき4,5人程度だろうか。それぞれが筒のようなものに跨っていて、その形は様々。共通点としては、先端に緑色に光る石のようなモノが付いているのと、後部が逆漏斗状に広がっていて、緑色の煙のような、蒸気のようなものを吐き出していること。着色された煙とか、非常に人体に有害そうだが、見てる分にはキラキラと輝いていて非常に美しい。

 視点を少し下げると、俺が居る場所は高台か何かなのか、街並みが見下ろせる。こちらは比較的俺の常識に則っているが、それでも違和感を拭いきれない。石造りの建物や、少し遠くに見える畑、それらを取り囲むように聳え立つ高い城壁。背の高い建物は少なく2階建てが殆どだろう、あっても3階建てだ。屋根が斜面になってるということは、冬には雪が降ったりするんだろうか。あの突き出ている尖塔は聖堂かなにかか?この規模の街になら1つ2つあってもおかしくない。それらだけなら、いつか見た映画やゲームの世界観と、酷似している。

 そんな俺に優しい風景に紛れ込んでいる違和感というのが、全ての建物に這い回る太いパイプ類と、そこから噴き出している着色された煙。箒モドキからは緑色の煙しか出ていなかったが、街のそこかしこから空に上がっていく煙の色はそれだけではない。割合で言うと赤色が一番多い。多数の建物のパイプや、所々では窓から、赤色の煙が上がっている。他にも青っぽい水色や、黄色の煙も見える。カラフルすぎる。


(………。)


 人が空を、どこかの宅急便屋を営んでいる魔女のように飛んでいる光景を見た時点で色々投げ出したくなったが、そうもいかない…だが、この光景は俺の常識では手が負えない。ただでさえ魔力だとか魔導人形(マギ・ドール)だとか……………?

 待て…

 待て待て。

 なんかしょーもない可能性が頭をよぎったぞ。具体的には昨日読んだライトノベルの冒頭部分が。

 有り得ない…と思いつつもその可能性を考える。

 その手の話で一番確かめ易いのが言語関係だよな。今まで使っていたのとは全く違う言語なのに、理解できて、喋れる。そういうやつだ。他にも聞いたことが無い国名地名や、太陽とか月が複数あったりとか、まあ色々あるけども、今ここで確認出来て一番手っ取り早いのは言葉や文字だろう。

 ということで、外を見て呆けていた顔を引き締め直し、おっさんに向ける。

 意識を集中しよう。


「あの、ちょっと何か言ってみてもらえますか?」

(yt,ewfnundnaeij?)


「ん?呆けていたと思ったら今度はなんだ?何かって急に言われてもな…じゃあ俺の可愛い……」

(z?buhguraenewa?naifuyvsioe...qhrugafabeavbaefas.......)


 ビンゴゥ!

 意識して聞き取ると元の言語も聞こえる、って設定があったから試してみたら一発じゃないですか旦那!俺の口から出た言葉も全く知らないものだったし!

 …マジかよ。

 また気持ちが悪くなってきた。

 喋ろうとした内容と、実際喋った内容が全然違う。更に言うと、その異世界?言語のみを頭の中で反芻しても、意味が理解できてしまう。気持ちが悪い。


(いや、適応力という意味では、悪いことじゃないんだけど…)


 この翻訳能力が無ければ、どうしようもない事態に陥ってた可能性が高い。その点では物凄く助かる。助かるのだが…

 …まぁ今は脇に置いておいて、有効活用しよう。

 深く意識していなければ、今までどおり日本語を話す感覚で喋れるし。

 思考を先に進めないと。


(これはもう、ここが俺の居た世界とは違う『異世界』って考えたほうがいいよなぁ…)


 なんか思ってた、想像してたのと全然違う…

 こう、真っ白な部屋で神様とご対面。その後、面白能力もらって転生させられて、将来的には可愛い女の子とイチャイチャしながら魔物退治。そういうの。

 そんな都合良くとは言わないまでも、もうちょっと初心者に優しくして欲しかった。


(…いきなり未開の森に放り出されたり、ダンジョンの下層に放り込まれたりとかしてないだけ、マシか。)


 スタート直後に生存競争だもんな、常人なら精神病むわ…

 それに悪いことばかりでもない。窓の外の魔女モドキさん達を見ると、少しテンションが上がる。


(これが日常の光景なら、俺もアレに乗って空とか飛べちゃうかもしれない!)


「……で、その時の顔が滅茶苦茶可愛かったんだよ!あれはもう天使だね、マジ天使。この世の遍くものはアーシャの為にあると言っても…って聞いてるのかおい!」


 顔を上げて、どこか遠くを見ていた俺の肩を揺すってくるおっさん。


「え、あ、ええ、娘さんが天使でアーシャさんなんですよね?」


 考えながらも耳を通ってきていたおっさんの話。

 結構長い間一人で喋っていた気がするんだが、要約すると『俺の一人娘であるアーシャが天使で可愛すぎてヤバい。』

 そんなに可愛いなら俺も一目会ってみたいが、今はそれどころじゃない。というか天使って概念、この世界にもあるのか。いや、もしかしたら天使も実在する可能性があるな、この世界のこと全く知らないし。


「そうだ!よく分かってるじゃないか、だがアーシャなんて馴れ馴れしく呼ぶんじゃない!アナスタシアお嬢様と敬意と分別を持って呼ぶんだ。分かったか?」


 親馬鹿がうるせぇ、って顔怖いよ!鬼気迫ってるよ!


「は、はい、アナスタシアお嬢様ですね、分かりました。」


 うんうんと頷くおっさん。

 このままだと延々と娘さんのことを話しそうだし、こっちから話題を戻すか。


「で、俺が魔導人形だっていう話なんですが…」


「お?おぉ!そういえばそんな話の途中だったな。魔導人形って言葉を聞いてから、具合が悪そうだったが、もう大丈夫なのか?」


 どう話そう。

 何を話そう。

 いきなり異世界からどうのこうのって言っても、信じてもらえる可能性は低い。そういうのが一般的な可能性もあるけど、そうでなかったら頭がおかしいとしか思われないし、リスクが高すぎる。

 どうしようか。


(あっ、そういえば、さっき質問し損ねてたことがあったな。)


「具合はもう問題無いです。それで、まず1つ質問なんですが、あなたは何で俺のことを魔導人形だと思うんですか?」


「何でって…さっきも言ったが、俺がお前の所有者であり、製作者だからだ。俺が作ったんだぞ?お前を。これ以上の理由は無いだろう?」


 所有者ってのはさっき聞いたけど、製作者でもあったのか…確かに俺の体を自分で作り上げたというのなら、確信を持っててもおかしくないな…


「…そうだったんですか、しかし申し訳無いのですが、それだけでは自分が魔導人形だという確信が持てないんです。なので、お手数ですが鏡か何かを持ってきて頂けませんか?取り敢えず、自分の姿を客観的に見てみたいんです。」


『俺の体は本当に魔導人形で、人間である部分は俺という精神だけ。』


 ここが異世界だという可能性に気づいた時点で、この説は『有り得る』と思った。確かに、思ったんだけど。

 いやいやいや、それが本当ならどんなスタート地点だよ。異世界生活のスタート地点がおかしすぎるよ。認めたくない!

 今までは自分の体が人間のものだと疑っていなかった。見下ろした手足は人間そのもの。服薄手の貫頭衣みたいものを着させられているが、多少透けているので体幹部分も人間のものに見える。聞き慣れない『循環剤』とやらを打たれているのが若干怖いが…


(とにかく、俺の体の詳細を早急に確認したい…まずはこの体が元の俺のものなのか、そうでないのか…要は転移モノか、憑依モノ、どっちなのか。)


「ふむ、分かった。全身が確認できるくらいのものを()してやろう。」


 そう言って俺の目の前の空間に手をかざすおっさん。

 え、なにしてるの。


「アイスウォール!」


 おっさんの身体が、空気中から魔力(・・)を取り込んでいるのが理解(わか)る。かざした手にそれが集まっていき、手の平から冷気が吹き出る。薄手の貫頭衣のせいもあり、寒さで身体が強張り、目を瞑ってしまう。次に目を開いたとき、俺の目の前には氷で出来た姿見が存在していた。

 …魔法だよな、これ。もう殆ど異世界確定じゃないですかこれ。


「…すげぇ。」


 意識せず呟いていた。

 短く、平易な言葉だが、魔法という存在を知らず、初めてそれを見た人間の感想なんてこんなものではないだろうか。内心ではかなり興奮しており、これからの生活を想像して夢見そうな程のテンションなのだが。


「っと、これでいいか?氷魔法は得意な方なんだが、自分のこと見れるか?」


「あ、はい!」


 そうだった、自分の姿形を確認するために出してもらったんだった。

 そしてやっぱり氷の魔法だった、アイスウォールって言ってたから、本来は氷の壁を出す魔法なのかもしれない。

 俺としては、手鏡とかどっかにありません?くらいの気持ちでお願いしたんだけど…まぁいい、ここまで立派な、全身が見れるものを出してくれたのだから、しっかり確認しよう。











(…うん。俺じゃないな確実に。)


 肌の色は薄めの褐色、髪の色も系統の似た暗褐色で、耳が隠れる程度まで伸ばされて後ろに流れている。瞳は暗い赤色、眉も髪と同じ色をしている。年の頃は15,6位に見える、彫りは若干深めだが、そこまで厳めしくも無い、美少年と言っていいだろう。

 俺が微笑むと鏡の中の少年も微笑む。

 記憶が無いとはいえ、自分の姿形は覚えている。詳細に思い出せと言われると難しいが、誰だって自分の容姿なんて記憶だけで思い起こそうとしても、曖昧になるものではないだろうか。取り敢えず覚えてる特長として、黒目黒髪、髪の毛は短かった、顔の作りだってこんな日本人離れしてなかったし、イケメンでもなかった。


「…ありがとうございます、かなりスッキリしました。」


 俺の心が。

 ここが異世界だという認識が、揺ぎ無いものになった。これ以降は、心置きなくそういう前提で動いていける。


「そうか、もう消していいのか?」


 壁に背を預けて、興味深そうにこちらを見ていたおっさんが聞いてくる。


「はい、構いません。」


「わかった。ヒート!」


 おっさんは氷の鏡に近づき、先程のようにを手をかざして、今度は別の魔法を使う。呪文の内容からして熱に関する魔法か。

 おっさんが手をかざしている部分から、氷の鏡が急速に崩れ始める。かなりの熱が発生しているのか、溶けて水になった直後に水蒸気となって消えていっている。そのまま床に張り付いた根元の氷まで、膝を突き、しっかり蒸発させていた。便利なものだ。


「さて、他にご所望のものはあるかな?」


 立ち上がり、格好をつけながらおっさんが聞いてくる。

 イラッとするけど、なんか様になってて、嫌らしい感じがしない。顔も渋いイケメンだし。イラッとするけど。


「いえ、特に欲しいものはないです。ですが、やはりまだ自分が魔導人形だという確信が持てませんね。なにか分かりやすい証拠とかありませんか?」


「あるよ。」


 え、あるの。

 あるなら最初っから見せてよ…鏡とか出す前に言えたでしょうが。


「お前を分解しよう。」


「いやいやいや!いきなり何言ってるんですか!?」


 いきなり猟奇的なことを言い始めた。

 動揺して何か考える前に言葉が出ちゃったよ。


「お前が証拠を見せろと言ったんじゃないか。大丈夫、痛みは無いし、しっかり元にも戻せる。製作者だし。」


 確かに自分の身体が分解されるのを見たら、信じざるを得ないだろうけど…


(怖すぎるだろう!どう考えても!!)


 それにおっさんが若干ニヤついてるのが腹立つ。

 こっちがビビッてるのを理解して楽しんでやがる…


「ちょ、ちょっと待ってください、他になにか無いんですか、分かりやすい証拠!」


「これが一番分かりやすくて、簡単な証拠だ。言葉でいくら言っても信じなさそうだし、どのみち定期的にメンテナンスで経験するんだ。今のうちに馴れておいた方がいい。」


「いや、でも…」


「なにも細切れにするわけじゃない。取り敢えず軽いところからにするから!」


 そう言いつつ俺の後ろに回ってくるおっさん。

 軽いところってなんだよ。俺の体に軽く分解できる所なんてねーんだよ!ていうか取り敢えず箇所を言えよ箇所を!


「ちょっと手のベルトだけ外すけど、暴れたりするなよ?」


「そ、それは分かりましたけど、何をするんですか。どこを分解するんですか。」


「すぐに分かるって!」


 妙に楽しそうなおっさんが、俺の手首に巻きついているベルトを外していく。イタズラ仕掛けてる最中の子供か、あんたは。


(あぁなんかもういいや…)


 その様子に警戒心も薄れてしまった。

 証拠が見れるっていうなら見てやろう。手首が外れたり、指が抜けちゃったりするんだろうか。その程度なら、まぁ、多分だけど、大丈夫。そんなに精神脆くないはず。


「よし、ベルト外したから、腕を真っ直ぐ上げてくれ。」


 と、覚悟を決める間に準備が整ったようで、おっさんが俺の両の二の腕あたりを掴んで魔力を込めながら言ってくる。


「え、そんな上!?」


「いや、ここに起動弁があるんだよ。」


「なんの!?」


「じゃあいくぞー。」


「無視か!」


 がしゅっと腕から音がして、どう見ても生身のそれだった、俺の両手が、正面の扉に向かって、ぶっ飛んでいった。

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