巫女は異世界遠距離恋愛中
「ごめん。私は、やっぱり元の世界に帰るね」
大好きだった彼にそう言って別れを告げる。
小説や少女漫画ではよくある異世界トリップで、世界を守ってくれと魔法使いであるアルに呼ばれた私だったが、魔獣が生まれないように【闇夜の鳥居】を封印し、一段落したところでそう切り出した。
「サツキ……どうしても帰ってしまうのですか」
「ごめん」
私はもう一度アルに謝る。
「アルの事は好きだよ。だけど、やっぱりお母さん達を捨てられないの」
TKGが食べたいとか、豚まん食べたいとか、カレーが食べたいとか、食欲に偏った部分でも理由はないわけではないが、一番の理由は元の世界に残った親兄妹をあのままにするわけにいかないという所だ。
せめて転生バージョントリップだったらよかったのだけど、私の場合は普通に異世界トリップ。愛に走って元の世界を捨てますと言えない事情がある。それに、この国で生まれ育ったわけではない私にはこの世界の基盤がない。
いくら伝説の巫女扱いされているとはいえ、アルに捨てられたらそれで終わりで、他の人生が選べないというのは怖い。日本では離婚も結構な数があるわけで、その場合子供を連れて仕事をして食べていかなくてはいけないのだ。でもこの国で、もしもそうなった時、私には働く手立てがない。身売りする勇気もないし、若けりゃいいが良い感じにババアになっていた時はそれすらできないのだ。
無理。そういう無計画な事は出来ない。
そもそも、私はトリップ少女としては遅めの24歳。流石に脳みそお花畑にして愛に生きられない。もう少し若ければ考え方も違ったのだろうけど、残念な事にそれほど若くはない。
「そうですか」
「ええ。それにアルは若いし、もっと良い人が絶対見つかるから。私しかパーティーメンバーに女の子がいなくて、こういう関係になってしまったけど」
パーティーメンバーが、よくある逆ハーレム的に男だらけだったため、アルはその若さゆえにちょいと私に惚れるという間違いを犯してしまったのだ。
でなけりゃ、年下将来有望彼氏が私にできるはずもない。
「それだけは、サツキが間違っています。僕は本気でサツキが好きで、その気持ちは永遠に変わりません」
「ありがとう」
アルは犬系。本当に可愛い彼氏だった。勿論若い彼に私が手を出すにもいかず、思いっきりままごとのような恋愛だったけど。おかげで、腹に子供がいますなんて困った事態にもなってない。
「サツキは僕の事嫌いですか?」
「好きよ。だから、アルなら誰からも好かれるって分かってる」
本当は将来が不安というのはいいわけで、私はアルに捨てられるのが怖いのだと思う。彼は若くて、将来有望。若くて美人な子に奪われる未来しか思い浮かばない。
「好きならっ! せめて、遠距離恋愛しませんか?」
「は?」
「サツキが飽きるまででいい。僕と文通して下さい。後、たまに会いに来てください」
「えっ。異世界を超えてそんな事できるの?」
世界を超えた遠距離恋愛。
たぶん今までいた遠距離恋愛者の誰より遠いと思う。
「お願いします。サツキが僕の事を嫌いになったのなら、このまま帰っていただこうと思ったのですが、僕を少しでも好きなら、頷いて下さい。そうしたら、ちゃんと元の世界に戻します」
「いや、だから。できるのか……できるのね」
というか、できなきゃ言わないか。
「ええ。人体だと負担がかかるので、年に1度が限度ですが、手紙や物体ならそれが可能です。この魔方陣さえ持っていてくれれば僕が何とかします」
アルの真剣な様子に私は折れた。まあ、アルもそのうち飽きるだろうと。
「ありがとう」
私はこの異世界トリップを夢落ちにできないアイテムを受け取りつつ、元の世界に戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
流石ファンタジーといおうか、戻ってきた時間は、私が召喚されたときの時間と大して変わっていなかった。おかげで浦島太郎にもなってないし、親に捜索願いを出されていないし、会社も首になっていない。まさにナイスアルである。
そのまま日常生活にするりと戻ったわけだが、あれを夢で終わらせるわけにはいかないとばかりに、私の部屋には魔法陣がある。
まるでゲームの世界にありがちなその模様は、アルの世界と繋ぐ時に、ただの模様ではないのだぞと主張するように光輝いた。
「つまり、アルとは別れていないというわけなのよねぇ」
異世界の辞書を片手に手紙を書きながら、こりゃ婚期逃すなぁと他人事のように思う。
元々、そこまで結婚願望はなかったので、いいと言えばいいのだけど。それにアルも2、3年もしたら飽きると思う。
そんな事を思いつつ、分からない単語を辞書で引く。【口答辞典】と呼ばれるそれは、私の言葉に対して、その単語のページを開くものだ。そもそも異界とこちらとでは交流がないため、英和や和英のような辞典は存在しない。
その為アルがわざわざ作ってくれた。更にアルから送られてきた手紙に関しても、この辞書を使えば音声にする事ができ、ある意味この世界よりもあっちの方が発達してるんじゃと思わせる。でもそんな事ができるのはアルがチートであるからに外ならず、別にあの国のすべてがそこまで発達しているわけでもない。
「えっと、私は、今、頑張って仕事をしていますっと」
文法自体は、英語に似通ったもので、異世界に居る間にそれなりには覚えられた。その為、単語さえ分かれば何とか意志疎通が可能なのだ。
友達と映画に行った事を書きつつ、映画とはどういうものかの説明もいれる。何とか書き終えた手紙を封筒に入れて、魔法陣の上に置くと、魔法陣の文字が輝きだし、光が消えると同時に手紙も消える。
「古風なんだか、ハイテク何だかという感じよねぇ」
異世界とこの世界を繋ぐというのだからハイテクと言ってもいいのだろうけど、携帯やパソコンのメールが発達した世の中だと、手紙というのは古風という感じだ。
そんな事を思っていると魔法陣が再び輝きだす。
いつもながら、アルからの返信は早い。まあ、一つ一つの単語を調べて書いている私からすれば、早いのは当たり前なんだけど。
でもあまりに早い時にアルに聞いたら、魔法陣で異界を繋ぐとどうしても時間の流れに歪みが出るそうで、アルがその歪みをできるだけ小さく抑えて時間調節をした結果すぐに届くなどという現象も起きるらしい。
というか時間調節って何よという感じなので、相変わらずアルはチート魔法使いをひた走っているといしかいえない。
『こんにちは、サツキ』
手紙を辞書の上に載せると、唐突にアルの声が出て来る。
『サツキが元気そうで、僕は嬉しいです。映画というのはとても興味深いものですね――』
毎日こうやってアルの声を聞いているので、それほどアルとの距離は感じない。
本当ならば、世界を超えているわけなので、距離を感じないというのはおかしな状況なのだけど。でもこんな遠距離恋愛もアリかとちょっと思ってしまったりもする。
『ところでサツキ、体に不調などはありませんか?』
「えっ? ないよ」
これが録音されたようなものだという事も忘れて答えてしまい、慌てて口を閉じる。
『サツキは異世界を2度移動した事になるので、体に変調があってもおかしくはありません。もしも何かあった場合は、すぐに連絡して下さい。必ず僕が何とかしますから』
アフターケアもばっちりとは、本当にアルはいい子だ。
確か、今回の祠の封印の実績が認められて、王宮の魔法使いとして取り立てられる事になったと、前回の手紙に書いてあった。
アルの能力の高さは私が一番知っているので、きっとどんどん昇格していくのだろうなと思う。
現状報告と私を気遣ってくれるアルのやさしさに、私はほろりときつつ、【ありがとう】とだけ手紙を書いて魔法陣の上に置いた。
どうかアルが幸せになって欲しいと願いながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇
手紙のやり取りを初めて数年経った。
驚くことにいまだに、遠距離恋愛は続いている。私の年齢は、とうとう20代の後半を迎え、そろそろ30に王手をかけている。
親からも、誰か良い人いないのかと催促されるようになり、更に妹が結婚した。まさに絵に描いたようないきおくれの誕生である。いいもん、アル君がいるもんと心の中で呟きつつ、これは一種の恋愛シュミレーションゲームレベルの事しかしてないんじゃないかと気が付き、ちょっぴりセンチメンタルになる日々だ。
アルを親に紹介する事は、頭の病院を紹介されたくない私としてはちょっと無理という感じで。結局彼氏のいない女というレッテルを貼られて過ごしている。
「子供は居ないのかって、ゼッタイセクハラだと思うのよね」
ブチブチとそんな愚痴も手紙に書き込みながら、私は糞禿上司を思い浮かべる。あーあ。アルみたいな上司だったら幸せだったんだろうけど。
世の中ゲームの様にイケメン上司なんて早々居るわけもない。
とりあえず、文通を初めて数年経ち、私は辞書を使わなくても基本的には手紙が書けるようになった。アルとのやり取りでアルの世界の事も分かってきたが、これを共有できる仲間は周りにおらず、何だかゲームにのめり込んだ可哀想なOLっぽいなぁと思う。
「そう言えば、一つ気になった事が」
体に変調はないかと以前アルに言われた時は感じなかったのだけど、最近なんだか、自分があまり老化していない気がしてきたのだ。
いや、私がトリップしたのはもういい大人になってからなので、これ以上成長があるわけでもなく、たぶん単なる気のせいだとは思う。でも、久々に会った大学時代の友人に、変わってないねーと言われた瞬間ドキリとしたのだ。
自分も正しくそう思っていたから。
一応手紙にその件をしたためつつ、気の所為である事を祈る。日本人はどちらかというと童顔だし、美魔女なんて言葉があるぐらい、若作り大好きなのだ。
だから、こんなのは気のせいだと、アルにいてもらえればそれで吹っ切れるはずだ。
そんな不安を少しだけ書いて、手紙をいつも通り送ると、しばらくしてアルから手紙が帰ってきた。手紙には一度会いたいと書かれていた。
やはり、見て症状を確認しないとなんとも言えないのだろう。
29歳の異世界トリップかぁ。いつかアラフォーとか、下手したらばあちゃんの異世界トリップも体験してしまいそうだと思いつつ、いいよと手紙を書いて魔法陣を使って送る。
さて異世界に行くなら、今度こそ、インスタントラーメンを持っていくべきだろう。後は、お茶とかもあると便利だ。私は旅行鞄を引っ張り出し、台所にしまってあるものを片っ端から詰め込む。
以前この世界の料理は調味料さえあれば振る舞えると大口をたたいてしまったので、何か披露したいところ。でないと、料理が残念系の女であちらでの認識が更新ストップしてしまっているので、ちょっと悔しいのだ。異界の食材なんて使った事があるわけないだろというものだ。
「おっと。もうカウントダウン開始?!」
目の前に向こうの世界の数字が表れ、足元に魔法陣が広がる。最初に体験した時は、マジにビビったが、3度目となると、落ち着いてそれを観察できる。
とりあえず後30秒あるからと、慌てずに鞄の蓋を閉めて手に持った。米もいれたし、基本調味料入れたしと頭の中で確認する。
3、2、1、0
カウントが0になった瞬間、目の前の景色が消えていく。目を開けたままだと酔ってしまいそうなので、目を閉じて、確実に向こうの世界にたどり着くのを待つ。
「サツキッ!!」
名前を呼ばれて、私は再度目を開けた。
そこには、銀髪青目の美少年の姿があり、おお、眼福という感想が浮かぶ。
「アル、久しぶ――おっと」
以前合った時より、少しだけ成長したような気がするアルに抱きしめられて、私はよしよしと頭をなでる。と言っても、私よりも背丈は高いので、微妙な感じなのだけど。
「サツキ、会いたかったです」
「よしよし。アルは犬みたいで相変わらず可愛いねぇ」
本当に、生半可な女子力では太刀打ちできない、可愛さだ。ちなみに私は以前トリップした時にすでに敗北を認めている。
「サツキ? その荷物は?」
「ああ。体見てもらうだけに遠渡はるばる来るのも勿体ない気がして、手料理をしようかと。ほら。この世界の調味料は使いこなせなくても、いつも使ってるやつなら何とかできるからさ」
もしもアルに私の手料理で、トラウマを作ってしまっていたら申し訳ない限りだけど。
「嬉しいです。サツキ大好きです!」
再びぎゅっと抱きしめられて……これは、まだアルには彼女はいないのかとしみじみ思う。何て勿体ない。
「とにかく、まずは体を観察させて下さい」
そう言われて、私はアルの研究室らしい部屋から、別室へ移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「たぶん異界を渡る上で、体の時間に捻じれが生じたようです。何十年かたてば、再びゆっくりと居る場所の時間に体が馴染み、老化も再開すると思います」
「そっかー、ありがとう」
「いえ。緊急事態だったとはいえ、こんな副作用をもたらしてしまい、申し訳ないです」
アルだって、やむにやまれず私を召喚したわけだしなぁ。
私の為にこうやってアフターケアしてくれるだけでもとても嬉しい話で。
「まあ、いつかは元に戻るなら、ゆっくり人生歩むことにするよ。若作りならぬ老け作りを頑張れば、それなりに誤魔化せると思うし」
ただ、何十年というのはかなり長くて、不安がないわけではない。しかし、年下のアルをこれ以上困らせてもいけないと思い、できるだけ明るく振る舞うことにした。
「さてと。理由も分かったし、料理を食べたら、帰るね」
「サツキ、もう帰ってしまうのですか?」
「いやー。そりゃ、長くここに居たいけど、今の話を考えると、早めに元の世界に帰って体を慣らしていった方が良いって事でしょ?」
というか、再度渡ってしまったので、もう一度1からになるのかどうなのか。……中々世の中上手くいかないものである。
それと。そろそろアルにもちゃんと言っておかなければいけない。
「後さ、アル。……別れよう」
「えっ?」
「いや。5年ばかし自分の世界は時間が経ってしまっているのだけど。その間考えて、やっぱりアルに幸せになってもらいたいと思ったの」
「僕は幸せですよ?」
「うん。でも、まだ、彼女居ないんでしょ? 私はアルにはちゃんと家庭を築いて欲しい」
私なんかの所為で、アルが一生独り身というのは、世界の冒涜に近い。
折角のイケメン、チート遺伝子がそこで終わるという事だ。
「これからは友達として、手紙のやり取りをしよう」
最初から、私はちゃんとそう言ってあげなければいけなかったのだ。流れに任せて自然消滅なんてものをねらうから、こんな体が成長しないだなんて悪い事が起こったりもするのだと思う。
「サツキは、僕より好きな人ができたのですか?」
「……うん」
ごめんと心の中で謝罪しながら、私は頷いた。
誰もいないし、今のアルの話を聞いた限り、こりゃ私は一生独り身決定だなと思った。だって、不老の女じゃ、相手なんてまともに探せない。私の世界の常識から、私は外れてしまっているから。
でも少しだけ信憑性を出さなければアルも納得しないだろう。
「私、年上が実は好きなの」
なんて酷い女だと思うだろうけど、それでいい。
あえて、ババアを彼女になんかする必要はないのだ。
「分かりました。これからしばらくは友人として、サツキを支えさせて下さい」
本当にいい子だなぁ。
年上が好きとか意味わかんないと怒られても仕方がない理由だと思う。それなのに、友人としていてくれるなんて。
私はアルを好きになれて本当に良かったなと思う。これが最初で最後のれないかもしれないのだから。いつもいつも、感謝しかない。
だから私は、ここで断ち切る為、ありがとうというのは止めた。
「ごめんね」
これは私の我儘だから。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「伯母さんってさ、うちの母ちゃんより、絶対若いよな」
「おっ。なんて可愛い事を言うんだ。よしよし、何かお菓子をやろう」
「お姉ちゃんっ!!」
よしよしと、妹の末っ子を甘やかすと、妹から怒られた。はいはい。分かってますとも。
「真面目に聞いて。お兄ちゃんも私も、お姉ちゃんの事が心配なんだよ。いつまでも結婚せず、1人で居てさ」
「ごめんごめん。たださ。私も誕生日が来たら50歳だし。今更、お見合いもなぁって思うのよ」
結局私はアルと別れてからも誰とも付き合わずにここまで来た。うんうん。成り行きでだけど、まさに巫女の鏡だと思うわ。まあ、神様につくしてもいないんだけど。
「でも――」
「よし。お父さんもお母さんも死んじゃったし、そろそろ姉ちゃんの秘密を教えてあげよう。アンタには、お世話になる確率がかなり高いしね。ちょっと待ってって」
そう言って、私は洗面台に行くと、老けメイクを落とす。
両親は、数年前に2人とも病死した。どうやら私の家庭は長生き家系ではなかったらしい。一つだけ心残りなのは、花嫁姿を本当に最後まで見せてあげられなかったことぐらいだ。一応、その他親孝行はしたつもりはある。
「ただし、妹よ。私のこの顔を見たからと言って、N○SAに連絡とかしないでね」
「いや、そもそもできないけど……お姉ちゃん?」
私が久々にスッピンの顔を見せると、妹は目を丸くしていた。
そりゃそうだ。いくらなんでも、20代の顔をした50歳一歩手前の女は普通は居ないだろう。染み皺、特に何にもなし。
「伯母さん、整形したのか?」
「あはは。整形なら良かったんだけど、体質的に老けないのよ。私」
「体質的に老けないって?! えっ?」
「まあ、順を追って話すわ」
私は頭が湧いていると思われそうな、過去の話を妹に語った。
ぶっちゃけ当事者ではなければ、私も絶対信じないような話だ。むしろファンタジー作家に向いているんじゃないと思う。はっ?! そうかファンタジー作家になれば良かったのかも、私。
あの世界のネタならアル経由で結構仕入れている。
最近はアルも忙しいようで、文通は若干頻度が減っているが、それでも細々と続いていた。いまだに奥さん貰った連絡がないのが、私的には不安だけど、流石に元カノに妻を紹介するのはどうだろうと思っているのかもしれない。
「なるほど。お姉ちゃんが、人外じみていたのはそれが原因だったのね」
「って、普通に受け入れられた?!」
まさか普通に納得されるとは思っていなくて、私は、逆に驚いた。むしろ、お姉ちゃん頭大丈夫?精神科行こうかって言われると思っていた。
「だってお姉ちゃんの運動神経並はずれているし。いつまでも老けないと思ったら、そんな裏ワザがあったのね」
「裏ワザって」
「でも、お姉ちゃんが結婚しない理由が、そんな乙女の夢にあふれていたとは」
「えっ?今のどこを聞いて、そんな甘酸っぱい可愛らしい話に?!」
お姉ちゃん、びっくり。
「初恋をひきずってとしか、今の話聞こえてこなかったよ。初恋なんて、乙女の夢以外なんでもないでしょ」
「いやいやいやいや」
甘くないよ。
どう考えてもあのトリップは、最初で最後のモテキという感じで。それを引きずっているとか、しょっぱいよ。というか、姉ちゃんが結婚しないのは、不老だからだよ。
色々ツッコミどころがあふれる。
「でもそのアル君が好きなんでしょ?」
「伯母さん、凄い遠距離片思い中なんだ」
それを言うか。別れたと言ったのに。まあ、間違いないんだけど。
結婚しないのは、不老が原因だけど、好きなのはたぶん今も変わらない。
「オバサンをからってはいけません。……まあ、そう言う理由もあるかもね」
「じゃあ、俺が大きくなっても、叔母さんがまだ結婚してなかったら、俺が面倒見てやるよ」
「はいはい。でも……年下はもういいわ」
適当なプロポーズに笑いながら、私は心の底からつぶやく。年下はアルだけで十分だ。
「駄目ですよ。サツキと結婚するのは僕ですから」
「……へ?」
「というわけで、妹さんすみません。サツキはもらいます」
体が持ち上げられ、目の前に浮かぶのは、5回目のカウントダウン。
何が何だか分からない。
「えっ、ちょっと、待って。何?」
「もう十分待ちました。これ以上待つのはごめんです」
3、2、1、0
強制的にカウントダウンはゼロになり、私は再び異界へ旅立った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「アル……でいいんだよね」
再びやって来た異世界で、私を出迎えたのは、銀髪青目の青年だ。超イケメン。
アルの面影は残っているが、もう、完璧な大人の男だ。
「ええ。アルです」
ニコリと笑う姿は確かにアルの面影がある気がする。
「えっと、ごめん。何が何だか」
「そうですね。では、順を追って説明しますが、まず幸せな家庭をサツキに見せようと思うと、サツキが異世界にいる限り見せる事ができませんでしたので、こちらに来ていただきました」
いや、見せる事ができないから異界に連れてきたって……。そろそろ年をとりはじめるかなと思ったのに、また異世界トリップ。……これは世界最長寿になるのも夢ではないかもしれない。
怒りたい気持ちもあるが、アルにそんな無神経な事を言ったのは私なのだから諦めよう。そもそも、よく考えれば、アルは異世界から私を呼ぶぐらいの行動派なのだ。口調の柔らかさからおっとり派と間違えやすいが、彼は攻めの姿勢の子である。
「結婚したんだ」
まあ、するよな。アルをフリーにしておくなんて、世界の損失だ。
「いいえ。これからです」
「あ、もしかして、結婚式に呼んでくれたの?」
なるほど。
アルの結婚式かぁ。結婚式という事はこの国の正装をするんだよなぁ。ちょっとよだれが出そうなぐらい、見てみたい。イケメンは眼福だ。
「ええ。まあ。そんな所です」
「奥さんどんな人?」
「可愛い人ですよ。少々我儘で、振り回されますが、僕が一番愛している人です」
そうかぁ。
アルも結婚か。どうやら私の世界とこの世界の時間の流れは違うらしく、アルの年齢は27、8ぐらいだ。確かに男の結婚だったら、それぐらいだよね。うんうん。
私の事を引きずっていたらどうしようと思ったけれど、無事に好きな人を見つけてくれてよかった。これで私も自分の人生に集中できる。
「アルおめでとう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、もう。文通も止めた方が良いのかな?」
長年続けた文通を止めるのは寂しいが、他の女と仲良く手紙のやり取りをしているのは奥さんも面白くないだろう。
「そうですね……もう必要ないですから」
本当に、私は振られたんだな。いや、振ったのは私が先か。
肯定されて独り寂しくなって、本当に馬鹿だなぁと思う。でも、アルには幸せになって欲しい。
「うん。そうだね。奥さんの名前は?」
「サツキです」
「サツキ……私と同じ名前なんだね」
珍しいなぁ。
私の名前は異世界ではないと思ったのだけど。でも異国とかならありなのか? おっと、アルったら、まさかの国際結婚かぁ。異文化同士の結婚は大変だと思うけれど、でも幸せになって欲しい。
まっすぐアルを見てもう一度応援と祝福をしようとして、凄く顔が近い事に気が付く。青い瞳があまりに近くて、私の顔がそこにみえる。
「僕の奥さんは、僕の瞳に映っている人ですよ」
「へ?」
「ちゃんとサツキの希望通りに、年上になりました」
「……待って。ちょっと、待って。少し混乱してるから、考えさせて」
あれ?
この流れだと、アルと結婚するのは私という事になる。
いや? 何でそうなるんだ? おかしくないか?
私とアルは別れたはずで。
「待ちません。というか、僕は十分サツキの我儘を聞いたと思いませんか? そろそろ、ご褒美をもらってもいいぐらいに」
「えっ? 我儘? えっと、文通、結構負担だったとか?」
いや、私のところとアルの世界の時間の流れが違うから、大変だろうなとは薄々感じていた。私が1日1回送っても、アルにとっては何回も書いている事になるのだ。
「いいえ。アレは、僕の我儘で始めたものですから。両親が心配だから、家に帰してほしいと言われて、返してあげたでしょう? こちらの世界の言葉や文化を知らずに生活するのは不安だというから、手紙で教えてあげました」
「えっ、あ。そういう意味だったんだ」
確かに今では、アルの国の文を読むこともできるし、文化も大体わかっている。
「そして、僕の家庭が見たい、年上が良いというから、僕はサツキより年上になってからプロポーズをしているんです。可愛いサツキに手を出さないようにどれだけ我慢した事か」
「別れたんじゃ」
「ええ。僕がサツキを追い越すには少々時間がかかりますから。サツキをしばりつけてはいけないと思い、しぶしぶ。でも、一途に僕の事を思ってくれて嬉しいです」
……アルは犬属性の可愛い子だったはずなのに。
微妙に怖いんだけど、どう言う事だ?
私はアルから少し距離をとろうと後ずさると、強い力で抱きしめられる。想像よりも筋肉質なアルに抱きしめられて、動悸がヤバい。
「サツキ。清い体のまま結婚式を迎えたいか、ここで襲われたいか、どちらですか?」
耳元でささやかれてゾクリとする。
ヤバい。本気だ。
「き、清い方で!!」
私は安全な方へ逃げる為、二択のうち、まだ猶予がある方を選ぶ。すると、アルがこれでもかというぐらい、綺麗な笑顔を私に見せた。
「では、明日。頑張りましょう」
「明日?!」
「その準備が忙しくて、手紙が遅くなってしまって済みません」
「いや、謝る場所、そこじゃない。そこじゃないよっ!!」
「サツキ。犬はね、愛玩かもしれませんが、肉食なんですよ?」
ぐるぐるとトンデモない状況に目を回していると、そうアルが囁いた。
「そろそろ、待ては飽きました」
私は……とんでもない人を彼氏に選んでしまったのかもしれない。私が囚われる、カウントダウンがみえた気がした。