エリーゼ・フォン・シフォン
三人はミーナに案内され、シールドナインの施設を歩く。十分も経たないうちに目的の場所についた。
「おい、ミーナふざけているのか?」
瑞穂が困惑して言った。三人が案内されたのは、ここの施設にたくさんある一つの場所。
青い紳士のマークの様な模様が入口にある。
「どうーみても男子便所ですね」
「こらライカ。お手洗いといいなさい」
キョロキョロと辺りを見回し、中に入っていくミーナ。それに続くセリカ、ライカ。
平気なのかよ。そう思い最後に続く瑞穂。
「さて、人は誰もいないわね」
個室の一番奥にズカズカと向かうミーナ。使用禁止と書かれた張り紙を無視し、扉を開け放つ。そこにはもちろん便器がある。
「ミズホー、この壁に手を触れてみて」
ミーナに言われた通り、便器の後ろの壁に手を触れる。
ぐにゃぐにゃと、瑞穂の手は壁にめり込んでいく。
「これは天川の『空間作る君』ですね」
「そうよ、だいぶ前に頼んで送ってもらったの。そういえば、あの子心配していたわよ、ライカ」
少しは顔を見せてあげなさい。そう言って、ライカをジト目でみるミーナ。嫌です当分は帰りませんと即座に返すライカ。
天川とは、あらゆる科学技術を抱えた大企業だ、武器から生活用品色々なモノを作っている。ライカは天川が作った特別な存在で、一応ロボットの括りに含められている。彼女も色々あってシールドナインに居る。
「そう。まぁいいけどねー」
そう言いながら、瑞穂の体を突き飛ばすミーナ。
「おい、」なにか言いかけていた瑞穂が壁の中に消えた。
「さぁ、ライカとセリカもどうぞ」
「あの、ミーナ。瑞穂はともかく大丈夫ですか?」
さすがに最後のメンバーは危険な気がする。ライカの感がそう告げていた。それに最後のメンバーがいきなり噛みついてくる奇妙なオッサンだったり、イカレタ変態だったらどうしようなどと考え戸惑っていた。
「私ももう少し、色々と聞きたいこともあります」
セリカも少し不安だった。
「まぁいいから、いいから。本人に会えばわかるわよ」
ミーナがそう言って、後ろから二人を押して四人は壁の中に消えた。
「つっ、ミーナのやつは全く」
瑞穂は頭から地面に倒れていたがブツクサ言いながら起き上がった。
壁の中は白い壁で覆われた部屋になっていた。十六畳ぐらいの空間。可愛いぬいぐるみが沢山あり、一帯に本棚、本が詰んである。ほかにもパソコンや電子機器が固まった場所もあった。部屋の一角には、子供から大人まで遊ぶ有名なアゴブロックが大量に置いてあった。なにか作り掛けの奇妙な人型の物体が置かれている。
「最近、施設のそこら中にアゴブロックでつくられた作品が置かれていると思ったが、まさかここでつくっているのか」
「なんだ、君は?」
声が聞こえた。瑞穂はそちらをみる。赤と白のコントラストのお姫様が使うようなベッドがあり、女がそこから這い出て仰向けに、顔を逆に瑞穂を見ていた。ベッドに寝転びながら雑誌を読んでいるようだ。
「女? しかも俺と同じくらいの年齢…」
女が起き上がり、けだるそうに自分の髪をかき上げ瑞穂を見つめる。黒に近い青紫の光と闇の狭間で揺れる深海の様な色の髪。瞳は海老茶色の暗い茶色っぽい赤。下着姿で瑞穂を凝視していた。
「なんだ? 掃除係の子か? 迷い込んでしまったのか? 戻るなら来た方向に進めば元の場所に帰れる」
「いや、俺は。それよりお前は一体?」
瑞穂がそう呟いた時、残りの三人も部屋に入ってきた。
「天川って、すごいですね。中はこんなになっているんだ」
セリカが楽しそうにキョロキョロと辺りを見回す。
「よっ、エリーゼ。この子たちが、あなたの仲間たちよ」
ミーナが手を上げて言った。
「ああ、ミーナか」
エリーゼと呼ばれた少女は、ベッドから降りてきて瑞穂たちをチラチラ見回す。
「これはなんの冗談だ? てっきりむさ苦しい男達だと思っていたけど」
そう言った、エリーゼが意地悪そうにニヤニヤしながら四人を見つめる。
「ミーナ、この可愛らしい女の子はなんです? どっかの秘密の国のお姫様ですか?」
「ここにいるメンバー全部でチーム成立よー」
その場にいたミーナ以外の皆が驚いた。エリーゼと呼ばれた少女が瑞穂、ライカ、セリカの目の前に走ってきて、三人をくるくる回りながら観察し出した。
「これはまた…てっきり私以外は適当な寄せ集めのチームかと思ったが、そうではないらしいな。それにしても、全員私と同い年くらいだな。冴えないヘタレ二枚目風の男に、女子高生。それにそこのゴスロリ少女は人間じゃないだろう?」
こいつ俺が冴えないバカだと? ライカが人間じゃないことに気付いた? いやそれよりも、これがあの恐れられている『トワイライトデビル』。瑞穂はエリーゼを凝視する。
「えっ? じゃあこの子が『トワイライトデビル』なんですか?」
セリカが口に手を当て三人の思っていたことを言った。
「そうか、ミーナ話したのか。ということは本気なのだな」
「ええ、私はこの子たちを信じている」
ミーナとエリーゼがお互い真剣そうに見つめ合う。
「おい、ミーナ冗談ならやめてくれ」
「はー? 鈍いわね瑞穂。だからこの美少女ちゃんが、あなたの最後の仲間。さっき話したでしょ?」
この女が最後の仲間。しかしなんでこんなところに。瑞穂の疑問が深まるばかりだ。
「私はエリーゼ・フォン・シフォンだ。よろしく」
自己紹介をしたエリーゼが瑞穂の目も気にせず床に落ちていた服を拾って着出した。
「お菓子みたいな名前ですね」
セリカがこの状況で、キョトンと澄ました顔でエリーゼに言った。
「ふふっ、よく言われる。君たちの名前は?」
「私は夕凪セリカと申します」
セリカがエリーゼに手を差し出す。エリーゼからは得体のしれない雰囲気を感じる。瑞穂の奥底の力がこいつは危険だと警告を出していた。
「君は九紋宝真家の人間なのか?」
「はい、そうです。私は夕凪家の直系の娘。あなたは何者ですか?」
セリカがじっとエリーゼの目を見つめ、物怖じせずに質問する。瑞穂もライカも驚いた。
セリカは大人しそうな女子高生と思っていた。だが、やはり彼女は普通の女の子ではないようだ。どこか妖艶な鋭い敵意を発し、エリーゼを警戒している。
「ミーナに変なことを吹きこまれたのだろう? 全部嘘だよ。ただ、私があの事件の生き残りなのはたしか。気になる? 夕凪セリカ」
いきなり呼び捨て? 瑞穂はエリーゼが少し癪に障ったが考える。あの事件の生き残り? だったら博士を殺したのは、やはりこいつじゃないのか? ミーナを見る。彼女は嬉しそうに四人のやり取りを見ている。
「いえ、よろしくお願いします。エリーゼ」
ガバッ、唐突にさっきみたいに、セリカはエリーゼに抱きついた。
「やはり、君はあの夕凪の人間だな。そうやって相手の反応や動作を観察している」
ぶっきらぼうにセリカに抱かれたエリーゼが言った。
「あはっ、ばれてしまいました。流石ですねエリーゼ」
マジか、全然気がつかなかった。それにこの二人妙に意気投合している気がする。瑞穂はなにがなんだかわからない。
「エリーゼ様ですね? 私はライカ。あなたの言うとおり人間ではありません。家出中のロボット乙女です」
ライカが唐突にお辞儀をして自己紹介をする。
「えっ、ライカさんはロボット? 全然そんな風に見えないですね」
「そういえば、セリカ様には言い忘れていました。私は天川の極秘研究のなんかですから」
ほへぇ~。セリカがそんな声を出して、ライカの体をぺたぺた触りだした。
「天川の曰く付きのロボット乙女。夕凪家の人間、カオスだな。それで残りのその男は?」
エリーゼが瑞穂の前に出てきて目をじっと見つめる。瑞穂は少し後ろにじりじりと離れる。
「俺は千堂瑞穂だ」
「ふーん、君はなんだか妙な気配がするが…気のせいか」
この女、まさか気付いたのか? 俺の秘密に。いやそんなはずはない。それよりも沢山聞きたいことがある。瑞穂がそう思いながらエリーゼを見つめていると、察したのか本人が説明し出した。
「私がここにいるのは、危険人物だからではないよ。『トワイライトデビル』なんてただの都市伝説の噂話みたいなものだ。私は好きでこうして、ここで引きこもっているわけだ。瑞穂、なぜだかわかる?」
俺にも呼び捨てか。そんなの知ったことではない。ふと、そう思ったが瑞穂が考える。
「まぁ、現実に疲れて、たまにダラダラしたい気持ちはわかります。私もそうですから」
ライカがポツリとつぶやく。お前はいつもそうだろ。そう思いながらも瑞穂は考える。
「変人だからか?」
それ以外思いつかない。瑞穂はぽつりと答える。
「まぁ、それは否定しないけど、ツマラナイ男だな」
エリーゼが落胆したような低い声でそう言う。顔は笑っていた。つまらなくて悪かったな。セリカはともかく、俺はこいつとやっていけるのだろうか? 早くも瑞穂に不安が走る。
「もしかして、能力ですか? 危険な能力とかレア能力持ちだから」
「そう、当たり。流石は夕凪の娘だな。私は能力者だ。私の力は……」
「エリーゼ!」
話しているエリーゼを遮るように、突然ミーナが叫んだ。
「あなた、それ、言っていいの?」
「ああ、いい。折角だ、ミーナが話してくれないか」
そう言って、エリーゼはトコトコ歩いてベッドに腰掛けた。
「どういうことだ。ミーナ?」
瑞穂が驚いて声を発した。珍しくミーナがあたふたしていた。ライカも「ミーナ?」と声をかける。そうか、覚悟を決めたのね、エリーゼ。あなたにはもう一つの道を行ってほしかった。ミーナが一度目を閉じため息をついた。
「どうもこうも、エリーゼの能力は奪うこと。誰かのフルーフを盗めるの」
ミーナがつまらなそうに両手をふらふらさせて言った。