夕凪世璃華(ゆうなぎ せりか)
次の日、再び管理官の部屋に集まった瑞穂とライカ。
「ありがとう」
それだけ一言ミーナは言った。奇妙な飲み物を飲んでいる。
「俺にはやらなければならないことがあるからな」
瑞穂の顔は穏やかで、ライカも安心して瑞穂にばれない様、一瞬微笑んだ。
「それ、この前技術部が作った、ドリームドリンクとか言うやつですよね」
ドリームドリンク。シールドナイン日本の、各地の技術部がご当地企画で作った、得体のしれない缶ジュースだ。
「これはたこ焼き味だわ」
お酒が欲しくなるわねぇ。そう呟きごくごく飲むミーナ。
「それ糞まずいのに、よく平気で飲めますね、ミーナ」
「仕方ないでしょ。処分出来ないのだもの。捨てるのはもったいないし」
このドリームドリンクは一般販売もされた。だが、あまりの酷さに全国で問題が相次ぎ自主回収された。
一部の人間には受けが良く、マニアが存在しているらしい。
「瑞穂もライカも飲みなさい」
そう言って二人に無理やり渡すミーナ。
「これ、何味か表記されていないのが、そもそもやばかったんじゃ」
そういって戸惑う瑞穂。となりのライカはプルタブを開け飲み始めている。
「あっ。これはおそらく夕張メロン味ですね。なぜ北海道?」
「それがさ、一度一か所にまとめて回収したのがシャッフルされて、どこのやつはわからなくなっちゃったのよね」
それもはやご当地ではないだろ。そう言って、蓋を開け飲みだす瑞穂。
「ぐっ、ふっうぇあぁ」
「どうしました瑞穂?」
ライカがニヤニヤしながら聞く。
「多分、納豆味だ。水戸なのか?」
「面白いリアクションね。ナイスよ、瑞穂。多分技術部はこう言うのを期待してこれを作ったのよ」
ライカとアイコンタクトを取る瑞穂。二人の気持ちが一致する。
妙だ。いつものミーナなら、またくだらないもの作りやがって、予算のお金は無限じゃないとか怒りそうなものだが。そう思いながら、この納豆ジュースどうしようと考える瑞穂。
「あーあ、売れると思ったのだけどね。折角、管理官会議で無理やり押し通したのに」
元凶はあんたか。本当にこの人はすごいのだが、普段がこんな調子なので、どうも威厳みたいなのが無くて調子が狂う。そのくせ、強くて鋭い。管理官というのは、こんなやつばかりだと聞く。瑞穂は他の管理官に会ったことはなかったが、できれば会いたくないな。そう心の中で誓った。
「はぁ~、ほんと湊も大変ですね。そういえば彼はどこに逝ったのですか?」
「湊なら、あなたたちの新しいメンバーを迎えにいっているわ。そろそろ帰ってくると思う」
「ご機嫌そうですね? ミーナどんな人なのですか?」
ライカが興味深そうに聞く。瑞穂はどうでも好さそうに、納豆ジュースを苦悩しながら飲んでいる。
その時、丁度扉が開いて、湊が入ってきた。
「あんたたちは、また変なことやっているんじゃないでしょうね? シールドナインの組織が変な奴らの集団だと思われたらどうするんですか?」
「えー、別にいいじゃない。私はそんなの気にしないし」
ミーナが椅子に座ったまま、だらりと手足を投げ出しダルそうに言う。
「というか湊。あなた、私達を変人の集団だと思っているのですね? 酷い豚もやし野郎だ」
「豚もやしって、ライカも何でそんな服を着ている! 服装に関して、シールドナインは基本的に自由だがそれはひどい!」
はぁ~~~~、またも、ため息を吐く湊。
「これ気にいりまして。ミーナの許可が出たので暫く着てみることにします」
ライカは昨日着ていたゴスロリ服のスカートを両手でつまみ、ひらひらさせながら言った。可愛いからいいじゃないと、ぼそっと呟くミーナ。
も~~~~う~~~~。一人唸る湊。
「それで、俺と組む予定のやつは」
瑞穂が聞く。なんだかんだいって、少しは気になっていた。
ああ。そういって、一度閉めた扉の方へ向かう湊。
扉が開き、エスコートされた人物が入ってきた。
学校の制服を着た、女の子だった。クリスタルの糸の様な光る黒髪に、紺色の上着に、黒と白のチェックのスカート。さらに黒いストッキングに包まれた、手を黒に沿って滑らしながら触りたくなるようなきれいな足。
「……女子高生ですね。ほんと女子な高校生」
ライカが呟く。
「あなたは確か昨日の…。やはりシールドナインの人だったのですね」
どこか不思議な感じの彼女が瑞穂を見て笑った。
「なに? 知り合いなの瑞穂」
「昨日助けてもらったような、そんな感じだ。普通の女の子にしか見えないが、能力者か」
瑞穂は本当にこの子が? 疑問を浮かべた顔でミーナに尋ねる。
「この子はセリカっていうの。ちなみに私の娘ね。瑞穂あなたと同い年の十七歳よ」
「ミーナ、あんた結婚していたのか」
「私も驚きです」
驚く二人。そもそもミーナは年齢不詳、能力で姿を変えたりしている。実年齢や過去を知るものは少ない。
「ちょっと。もう~管理官やめてください」
やたらと焦って、困った営業のサラリーマンみたいな声で言う湊。
「ごめん、二人とも嘘だから」
「あはは、面白い所ですね。あなたはこの前会ったきれいな人の妹か何かですか?」
キョトンとした顔でミーナに聞く、女子高生。
「その調子なら、ここでやっていけそうね。私はね、能力で姿を変えたりできるの。折角だからあなた達と同じくらいの年齢で接しようと思って姿を変えたの」
「わざわざありがとうございます。私は前よりいいと思います」
管理官を持ち上げるのをやめてほしい。そういう気持ちと、どう接すればいいか迷う気持ちに板挟みされ、悶絶している湊。
また変なのが増えた。戸惑う瑞穂。
「ありがと、それじゃあ自己紹介して」
「はい、私は夕凪世璃華と言います」
軽くお辞儀をして、皆に挨拶するセリカ。
「夕凪、だと…」
驚く瑞穂。ライカはじっと目を据えて、皆をみている。
「夕凪、あの夕凪の人間なのか?」瑞穂は驚きとともに疑問を声に出していた。
今日の世界は昔と比べると能力者の数は減った。昔はすべての人間が能力者だったらしい。
さらに昔と違うのは恐ろしい力、神と呼ばれるような能力を持つ人間は少ないということだ。昔の人間はみな強力な能力を持っていたと言われている。
それがなぜ減ったのか。原因はよくわかってはいないが、文明崩壊後大半の人間が能力を恐れ、使わなくなっていったからだという仮説が一番多い。
日本には、九紋宝真家という、はるか昔、世界が一度破滅してからも、能力を使うことをやめず、鍛え守ってきた一族がいる。
それらをまとめて九紋宝真家と呼んでいる。彼らは、昔から邪気や妖魔から日本を守り、歴史に根深く染みついている。
その存在は特別視されてきた。皆が能力者であり、長い歴史の中で稀にだが、とんでもなく強力で恐ろしい能力を持った人間が存在してきたと言われている。神秘性が高く、その実態はかなり謎に包まれている。
夕凪は、その九つに分かれている一族の一つだ。主に関西と深く関わってきた。
「はい、私は夕凪家の人間です」
胸に手を当て、瑞穂の問いに普通に答えるセリカ。
「なぜシールドナインに? そもそも大丈夫なのか? そんなことして」
九紋宝真家、現在の彼らは妖魔の対策だけではなく、能力者の犯罪事件にも対処する、対能力者犯罪のエキスパートでもある。なんでも屋のシールドナインとは溝があると言われている。
世間では彼ら九紋真とシールドナインは、溶けない氷と水のような関係と言われている。
「彼女も色々あるのよ。察しなさい。瑞穂」
異常すぎるだろう。なぜ夕凪の人間がいつ死ぬかもわからないシールドナインなんかに入ってくる。難しい顔で下を向き考える瑞穂。
「セリカ、セリカ様ですね。私はライカ。よろしくお願いします」
「ライカさんですね。よろしく」
ライカに駆けより、抱きつくセリカ。なんだ、この女。困惑する瑞穂。
ミーナはニヤニヤと見ている。
「セリカ様、恥ずかしいです」
照れるなよ。ため息を吐く瑞穂。
「千堂瑞穂だ。よろしく頼む」
どこかぎこちなくそう言って、セリカに握手を求める瑞穂。
「はい、よろしくお願いしますね」
そういって、瑞穂の後ろに回り方に手を置き抱きつくセリカ。
「へっへ~」
こいつ本当に夕凪の人間なのか。ライカで慣れている瑞穂は無表情で抱きつかれながらそう感じた。
「とりあえず、みなとー。セリカに施設を案内してあげて」
「りょ、了解」
案内します。そう言って、ねじまき人形のような動作で、セリカを連れて出ていく湊。
大丈夫かこいつ。ライカと瑞穂は同時に思った。
バタンと二人が出ていき扉が閉まる。
「さて、二人には言っておくことがあるわ」
「セリカ様のことですね。見たところ普通の高校生にしか見えませんが」
そう言った、ライカに同調するかのように、こくこくと頷く瑞穂。
「ところがどっこい、普通じゃないのよね。あまり詳しくは言えないのだけど、あの子実家と折り合いが悪くてね。詳しくは親しくなって本人に聞いてー」
「適当だな、大丈夫なのか? ミーナ?」
真剣に手を組んで、考えこむミーナ。
「そうね。ハッキリいってわからない。ただこれだけは言っておくわ。あの子は、夕凪の直系の人間よ。だからもし、シールドナインの任務で殉職したりしたら、確実にやばいことになるから」
ニコッと笑うミーナ。
「だから死ぬ気で守りなさい!」
了解です。敬礼をして、簡単そうに自信満々に言うライカ。
瑞穂は意外な展開に、複雑な気分だ。ミーナはどういうつもりだ。そのことをただひたすら、心の中で、ぼーっと考えていた。