黒と赤
「なんだ?」何を言っているのかわからないそう思った瞬間、耳が変になるような、すさまじい音が瑞穂の頭の中に流れ込んできた。
すぐに周りを確認する、どうやらロッカーが大量に設置された辺りが爆発したようだ。
「やつか」
ライカのいない時にタイミングの悪い。瑞穂はバツが悪そうに警戒態勢に入る。
最近、なにか爆弾の様な攻撃を行う能力者が無差別に暴れている。さっき捕えた男が、それを真似た愉快犯だったわけだが。これは本物。
そう思い舌打ちし、ベルトに仕込まれたシールドナイン技術部製作の特殊合金製ナイフに特殊繊維のワイヤーがついた武器を取り出し手に持つ瑞穂。
さっきまで川の流れのようだった人ごみは、土石流でも流れるかのようにパニックになっている。
天上の方から凄まじい音がした。青白い光が駅構内上空に広がる。瑞穂は上を見るが何も壊れてはいない。
「いったいなにがしたい」
能力を使っている様な不審なやつがいないか、瑞穂は辺りをひたすら必死に確認する。数が多すぎて無理だ。そう考えて、とりあえず走り出す。
そうこうしているうちに、ブラックラインの下っ端が数人こちらにやってきた。おそらく警戒していたのだろう。妙に駆けつけるのが速い。
瑞穂がそう思った瞬間、その中の一人が急に停止したかと思うと、銃を取り出し上に向かって無意味に撃ちだした。
まるで運動会の徒競争のスタートの合図を示すピストルのように、ひたすら上に向かって撃ち続けている。人々はそいつの周囲から離れ、他の警察官が発砲を止めようとしている。
「おい! 何をしている」
「こいつ、すごい力だ! まるで機械になったみたいだ」
瑞穂も近寄り、男を止めようとした瞬間、その男が青白く光る。
「くっ!」瑞穂は横に転がりとんだ。直後、警官は爆発し、周りにいた残りの警察官も吹き飛んだ。瑞穂の体もごろごろと転がっているのか、滑っているのかわからないが吹きとばされる。
爆発した警官は地面に倒れた。直後、その体が砂のように散って、きらきらと輝きながら風にながされ消えていく。
「うわぁぁぁ」
衝撃から立ち直った警官の一人がそう叫んで気絶した。おそらく、この能力者の能力を見るのがはじめてだったのであろう。
残った警官の一人が銃を無意味に取り出した。
「くそっ! ふざけやがって。どうなっている」
彼がそう言った直後、持っていた銃が赤い光を発しながら爆発した。今度は爆発物でも使われたかのようで、警官の手はボップコーンがはじけるかのように、拳銃ごとハジケとんだ。
「ぐぁぁ」
警官は短く叫んで、手を押さえながら地面に座り込んだ。
「くそっ。やるしかない」
瑞穂は覚悟を決める。自分の胸にある首からぶら下げたペンダントを握る。そのペンダントは中心に赤い宝石が付いており、中で黒い渦がゆっくりと動いている奇妙なものだった。それを手で強く握りしめ、目を閉じる。
「おい! 頼む力を貸せ。今すぐ、早く、少しでいい」
「うるさいぞ? 久しぶりに焦っているな。いいぞ、少しだけ手を貸してやろう」
ペンダントから甲高い女の声がした。
「相変わらず気まぐれな」
瑞穂は少しイラついて文句を言って、気持ちを切り替える。自分の体に、あの力が、一瞬流れ込んだのを感じた。
「ぐっ」
頭の中にどす黒い感情が湧き、瑞穂の体が少し揺らぐ。
目を開き、集中して、辺りを探る。未だ収まらぬ混雑の中、一人の少年に目を留める。彼はスローで歩いてくように、この辺りからゆっくり去っていく。瑞穂はそいつに向かって、ワイヤーの付いたナイフを獣の喉元に喰らいつく猛獣の様に的確に投げた。
ワイヤーが少年の左腕に、円を描くように回りながら絡みついた。少年をワイヤーごと巻いて、こちらに引き戻す。ワイヤーが絡みついた腕を抑え込み背後をとり、ナイフを首に向ける。
「動くな。切るぞ」
少年は動じずに、ニヤニヤ笑っている。
「あらら、なんでバレたんですか? でも残念ながらハズレです」
直後、少年の体はだらりと力を失った。
少年の体から青白い光が発生した。瑞穂はすぐに反応し、その場を離れるように跳ぶ。だが、衝撃と音で瑞穂は吹きとばされた。
起き上がり、頭を振って意識を整える。どうやら自分の体はなんともない。少年は地面に倒れていた、どうやら気絶しているようだ。
「一体どんな能力なのか、わからないな」
瑞穂は敵の能力について考える。爆発させること以外はよくわからない。答えは出てこない。
今度は天井付近で、赤い光を発する爆発が起き、建物の破片が落ちてくる。
瑞穂は自分に向かって落ちてくるコンクリートの塊を跳んで避ける。
俺を狙った? そう思いながら、しゃがみこむ姿勢で、辺りを確認する。 爆発の衝撃で、ひび割れた天上のコンクリートの大きな塊が落ちてくる。
運悪く十メートルぐらい先に立っている小さな女の子に向かって、落ちていく。女の子は正面を見て、何が起きているのか、わからないようで、棒立ちになっていた。一瞬のできごと。それがスローモーションのように瑞穂の目に映る。
ワイヤーナイフを女の子に向かって投げる。しかしどう考えても間に合わない。鈍い音と共に女の子が破片の下敷きになった。瑞穂は駆けよる。少女の髪の毛、頭が地面に落ちたコンクリートの隙間から見える。そして真っ赤な液体が、少女の涙ように流れる。
「くそっ!」 瑞穂はこぶしを握って、地面を叩いた。助けられなかった。自分はいつまでこんなことを続けるのか。
『苦しむだけだぞ。なにも変わらない』
あいつの言葉が思い浮かぶ。まるで幻聴のように瑞穂の耳に何度も繰り返し響く。やはりやつの言う通りなのか? 瑞穂は地面に這いつくばり、歯を食いしばる。
「大丈夫」
その時だった。女の声がした。瑞穂は顔を上げる。
そこには紺色の学校の制服を着た、女子高生らしき少女が潰れたはずの女の子を抱えて立っていた。よく見ると地面にはコンクリートの塊も破片も血も跡形もなく消えている。
「なんで? 今確かに下敷きに」
「大丈夫です。あなた怪我はありませんか?」
そう言って女の子を地面に立たせ、腰を曲げて瑞穂に右手を差し出す女子高生。
黒いストッキングに包まれた、太くなく細くもない綺麗な足が妙に印象的だった。
瑞穂がふらふらと左手を伸ばすと、女子高生がそれを思いっきり引っ張り上げ瑞穂を立たせた。
その後、どうやら能力切れになったのか。もうやめたのか。何も起こることなく騒ぎは幕を閉じた。
「豚まんを買いに行っている間に、瑞穂が豚まんのようになるところだったようですね」
買い物から帰ってきたライカがそう言った。てゆうか豚まん食べている場合じゃないだろ。瑞穂は呆れたのかほっとしたのか、自分でもわからないがため息をついた。
ライカは豚まんを手に取りもぐもぐと口に含んでいる。
「どうやらまた、一般人への被害はほぼなかったようですね。狙われるのはドキュンや正義を掲げる私達の様なロクでもないやつばかり」
「それマジで笑えないぞ。あと、女の子が死んだけど、生きていた」
瑞穂は横に立つ女の子を指さして、気の抜けた声で言った。怪我はないようだが、親とはぐれてしまったらしい。
「瑞穂、頭大丈夫ですか? 女の子ならそこに立っていますが」
ライカが食べていた豚まんを噴き出し、引きつった顔で言った。
そういえばこの子を助けた女子高生は?
瑞穂はキョロキョロ辺りを見回す。二、三メートルぐらい先の方にさっきの女子高生が見えた。
瑞穂達の方を向きながら、立っていた彼女は自分を見ているのを確認するとニヤリと笑い、手を軽く振り、黒髪を揺らしながら後ろを向いて人ごみに消えていった。
「なにか不思議な感じだった」
瑞穂は気付くとそう呟いていた。ライカがマジ大丈夫ですか。頭に衝撃が加わったせいで、徐々に天才になって、バカに退化していくなんて展開はごめんですから。などと言っているのを彼は上の空で聞いていた。