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瑞穂とライカ

 横一列にぎゅうぎゅうの本棚のように並んだ様々な店が入ったビル。入り組んだ歩道橋を行き来するたくさんの人々。


 この時間になってもここは賑やかだ。ギター? を弾いて歌を歌っているどこかの青年。それを立ち止まりなんとなく見ている人々。全く関心を示さず、忙しそうに通り過ぎる人達。


空気が汚いが、瑞穂はこの場所が好きだった。

どこかむさ苦しい、甘酸っぱい匂いのする夜の都市。風に当たりながら、様々な色に光り輝く建物を見ているとどこか落ち着く。生温かい気持ちのいい風が吹く都市。


「調子に乗り過ぎました。ごめん、瑞穂」

瑞穂の横を歩くライカが腰を曲げて下から彼の顔を覗いていった。

「いや、なんかもういい。それがライカだろう。本当に死ぬかと思ったけど」

「それがライカ、嬉しいこと言ってくれますね。だからあなたが好き。お礼にトゥエンティーワンのアイスおごっちゃろか?」

「それはお前が食べたいだけだろ。それに前にそう言って、普通のバニラを頼んだのに、コーラ味と味噌味のダブルを買って来たのを俺は忘れていない」

 手を口に当てて、嬉しそうに笑うライカ。


「それでも、全部喰う当たり瑞穂の几帳面さがうかがえます。所で大事な話って何だと思います? ミーナは楽しそうにニヤリと笑っていましたけど」

 あのババアが笑っていたとか、どう考えてもロクでもないことで決定じゃないか。不意に瑞穂の歩く足が止まる。釣られてライカも歩みを止める。


「何が起きても動じるつもりはないが、それでもあまり真剣に考えたくないな」

「前のゴキブリ退治はやばかったですね。流石の私も一人で逃げ出したくなりました」

 ライカのその言葉を聞き、瑞穂は空を見上げ、つい最近あったある出来事を思い浮かべた。



 次の仕事は駆除よ。なぜかライカを通して、二人だけ呼び出されたあのよくあることだった。そう命じられた瑞穂とライカは装備を整え、目的の場所に向かった。二人はテロリストか強盗を排除しろ、そう言う意味の仕事だと思っていた。


 目的の場所に着いた彼らが見たものは、でかい研究施設のような建物だった。

 少し厄介な場所だ。通路が狭く待ち伏せが怖い。ライカ一人で突入してもらった方が簡単かもしれない。心の中でそう考えながら、そこの管理者に状況を聞く瑞穂。


「あの出来れば銃やら爆弾は使わないでほしいのですが」

 白い白衣を着た研究者。重火器やらをごちゃごちゃさせた二人の格好を見た、この建物の責任者がバツの悪そうな顔でそう言った。

「生物兵器か何かを奪取されたのか? それとライカ、俺たち以外の増援は?」


 瑞穂と目があったライカは真剣な顔で、胸元を手でまさぐり、携帯型の電子機器を取りだしミーナに連絡を取る。何も突っ込まないぞ。そう思った瑞穂はその間、さらに責任者と状況を確認する。

「標的の数はわかりますか?」

「その、あまりに動きが速すぎてわからないです」


 加速系の能力者、分身系の能力者がいるのか。やはりライカに先陣を切ってもらうべきか。彼は腕を組んで考える。

「どのような能力かわかりますか? 後、人質などの数は?」

「はっ? いえ、驚いてショックで気絶した研究者や関係者が、まだ中にかなりいると思います。ですが人間に危害を加える可能性はないので。能力は普通の奴らとなんら変わりはないはずです」

 なにかがおかしい。やたらと腰が低い態度で、申し訳なさそうに接する彼。


「あのぅ、出来ればそこの機材を使ってください」

 彼が手で示した方に目を向ける。そこには、掃除機のようなものが置かれていた。

「火炎放射機ですか? しかしこんなものを使えば、建物がダメになりますよ」

 瑞穂は少し嫌そうな顔をしてそう言った。


「いえ、火炎放射機ではないのですが。もしかして、何も聞かされていないのですか?」

 不思議そうに瑞穂を見つめる彼。その時、コツコツと瑞穂の背中を指でライカが突いた。


「ミーナが変わって欲しいそうです。私はとりあえず、速攻でホームセンターとか回って例のモノを買い占めてきます」

 そういって、通信機を差し出し、敬礼をしてどこかに駆けて行ったライカ。瑞穂は通信機を耳に当て、もしもしと言った。


「みずほー? ごめんね。言い忘れていたけど今回の仕事はテロリストの掃除じゃないの。虫よ! 虫!」

くだけた明るい声が機械の向こうから聞こえる。

「虫? どういうことだ? 妖魔やその類ならシールドナインではなく九紋宝真家くもんほうしんけに頼むべきだろう。うちが関われば、もめごとになる可能性もあると思う」


「みずぽー。あんたは本当に仕事熱心ね。感動したわ。でも、本当にごめんね。実を言うと大した問題じゃなくて、そこの施設はゴキブリの研究していたのだけどさ、フルーフの事故で巨大化したゴキブリに驚いた職員がパニックになっちゃって」


けらけらと通信機の向こうから彼女の笑い声が聞こえる。

瑞穂はすべてを理解した。話をまとめるとこうだ。

こんなふざけたことで組織を動かすわけにはいかない。でもそれだと私達の組織の理念に反する。だから巨大化したゴキブリを二人で駆除しろ。


「私がささっと、いつもの様に処理してもよいのだけどさー。私ゴキブリ苦手なのよね」

 いや、そんなもの苦手じゃないやつなんていないぞ。ライカは戻ってくるのか。頭の中でそう考えた瑞穂は焦りだした。


「天川の知り合いに連絡したら、大型のゴキブリ殺虫製品とか言うのがあるらしいから、頼んどいた。ほんとなんでも造っているわよ。あそこは」

「この掃除機みたいなやつか? それとライカがどこかに行ったか」

 そう言いかけた瑞穂の声を遮り、

「ごめん~人待たせているから切るね。頑張って!」そう言って通信がきれた。


瑞穂の頭も少しキレた。相変わらず、適当な、瑞穂はブツブツ一人呟く。

丁度そこにライカが戻ってきた。何やら西部劇に出てくるガンマンの様な格好をし、腰には殺虫剤をやたら装備している。


「今のゴキブリ駆除の兵器ってすごいですね。試しに使用したのですけど、これすごいスピードで殺虫剤が噴射しますよ。それにどことなくノズルやトリガーもカッコイイです」

どうやら逃げたのではなく、本気でやるつもりだったようだ。さわさわと殺虫剤の缶を嬉しそうに両手で触っている。


「ライカはゴキブリが恐くないのか、逃げたのかと思った」

 瑞穂は少しでもパートナーを疑った自分が情けなくなり、申し訳なさそうに言った。

「ゴキブリ? 気持ち悪いとは思いますよ。瑞穂はそこの、掃除機みたいなのを使ってください」

 口笛を吹きながらスプレーを構えたりしている。なんだかやたら楽しそうだ。たしかにゴキブリ駆除スプレーにロマンを感じる所もあるのかもしれない。まぁ、危険はないし問題ないか。


「とりあえず逃がさないよう、細心の注意を払いましょう! そうだあなたご一緒に」

 そう言ってライカは研究者の男にスプレーを一つ渡した。

「そうですね。お二人にも悪いし、僕も協力します」

 この人いい人だ。瑞穂はそう思いながら掃除機の様なモノを持つ、彼ら三人は建物に入った。


 一応、非常用のシステムが作動しているので、出入り口は空気の通り道と入り口以外は閉鎖しているのでやつらが逃げる心配はない。そう彼が言った。

 建物に入ってすぐの所に女性の研究者が震えて座り込んでいた。

 大丈夫ですか。瑞穂がそう声をかけようとしたその時、黒いそれがいつの間にか三人の前に現れていた。


 三人は目配せをし、ライカが手を上げた。私が殺す。そういう合図のつもりだったらしい。一歩前に出た。

 それにしてもでかい。おそらく五十~六十センチメートルはある。二本の触角がゆらゆらと動いているが、それはでかくて、まるで風になびく草のようだ。足のとげとげが触れると、とても痛そうに見える。ここまで大きいと、不気味な中にもカブトムシ的なカッコよさがある。

でも動きは鈍そうだ。そう思った瑞穂。だが直後、三人はとんでもない惨劇を体験することになった。


 ライカがスプレーを吹きかけた瞬間、ピクッと動いたそれはものすごいスピードで室内を上下左右、カサカサカサカサカサカサカサカサという不気味な音を発しながら暴れ出した。

「::;l.;;ld;da:dlg:@:@@[/;a.e.delog]

ライカは声にもならない叫び声をあげて、スプレーを噴射したまま後ろにのけ反った。


研究者の男は尻もちをついて。うわあああああああああと叫んでいた。

 瑞穂は掃除機のような駆除機を起動し、ゴキブリに向けた。ところがそれは瑞穂の手を離れ勝手に動き出して、殺虫剤らしき煙をそこら中に散布し出した。


 甘かったのだ。最初から銃で撃ち抜いていれば。

 そう後悔した瑞穂の周りはとんでもないことになっていた、殺虫剤を吸ったゴキブリがそこら中ものすごいスピードと不気味な音で動き回っていた。カサカサカサカサカサカサカサカ不気味な音が恐怖心を煽る。


「やべぇ! ゴキブリがあの世に逝く前に私達の精神がおかしくなります!」

 伏せながら、黒い舞踏会と化したこの空間で瑞穂は声のした方を窺う。

 ライカが、女の子座りで座り込み、自分の周りに両手で持ったスプレーを振りまいていた。


 というか俺と研究者の彼が殺虫剤で死ぬ。瑞穂はそう思いながら、あの掃除機みたいな機械はどこ行ったと辺りを見回す。


 這いつくばりながら、探す。体の上を黒い塊がすごいスピードで通っていく。大きなたわしでサッと擦られるような、気持ち悪さを感じた。掃除機の機械が遠くでウロチョロと殺虫剤を噴射しているのが見えた。


「このポンコツが!」

 持ってきて良かった。瑞穂は心の底からそう思いながらハンドガンを取り出し、ふせたままの姿勢で、弾切れになるまで掃除機みたいな機械を撃った。


その機械は煙をたてて動かなくなった。

マガジンを入れ替え、そのままゴキブリを狙う。だがどこに狙いをつければいいのかわからない。不気味なだけでなく、どこか強そうなまでに巨大化したグロテスクなその姿が心を揺さぶる。


「速すぎて動きが読めない!」

 かなり焦る瑞穂。その時ライカがほふく前進しながら、横にやってきた。

「瑞穂、もう私はダメです。ゴキブリがこんなに恐ろしい生き物だとは思いませんでした。ところで、友達のみっちゃんと約束があったのを思い出しました。このスプレー置いていくので後は二人で頑張ってください」


 そう言って、腰に付けたスプレーをころころ転がして、カーボーイハットを瑞穂にかぶせ立ち上がり、全速力で入口に向かって駆けていくライカ。


「おい! みっちゃんって誰だ」

 瑞穂が叫ぶが、立ち止まり振り返らずに手を振り、ドアを手動で開けて去っていくライカ。一緒に一匹隙間から出ていく巨大ゴキブリ。

 どれくらい時間が経ったのか。瑞穂と研究者の男はただひたすら、お互い背を向けあってゴキブリを警戒しスプレーを持つトリガーに集中していた。そして奴らが近くに寄ってきたら噴射することを繰り返した。


「僕は何をやっている」

 彼が呟いた。瑞穂は呼応するように言った。

「俺たち二人でやるしかない」

彼の目が瑞穂の目をみる。覚悟を決めたようだ。目に力がやどり、挙動の怪しかった体の動きも背筋がピンと伸び、両手のライカが残した殺虫スプレーが輝いているように見えた。瑞穂には彼が獲物を狩るジャガーのように見えた。

二人は完全に同調したかのように、ゴキブリを叩きつぶし、様々な方法で狩った。


すべてを終らせた時、とても心地よい達成感と虚しさを覚え、ただ茫然とその場に座り込んだ。


その後、巨大ゴキブリの目撃情報が相次だ。あれはフルーフを身につけた虫能力者。実は人間で、ゴキブリに変化できる能力者が現れたのだ。などと都市伝説として話題になった。

 ちなみに、現在その時の研究者の彼と瑞穂は親友の間柄だったりする。


「嫌なことを思い出してしまった」

 そう言えば、俺の相棒はあの時逃げたな。そう心の中で思って、瑞穂はライカを見た。

「いやほんと、私あれのせいでゴキブリがトラウマになって、あのグロテスクな姿を見ると我を失って、潰そうとするようになってしまいました。ほんと、逃げてすいません。でも乙女にあんなことさせるのが悪い」

 ライカが察したようにプンスカと口を尖らせ言った。

「まぁ、あれはあれで良い思い出です。瑞穂もそう思いませんか?」

 満面の笑みでそう言うライカ。


 時々こいつは本当にロボットなのか? そう思う時がある。でも彼女と居るのは悪くないのかもしれない。でもそんなこと本人には絶対直接言うつもりはなかった。

瑞穂は無愛想に「そうだな」と言った。


人だらけの駅の中央改札口を煩わしく思いながら二人は通り抜ける。瑞穂は人ごみが苦手だ。どうしても周りを警戒してしまう。さり気無く歩きながら瑞穂は周りの人間を観察する。


いきなり瑞穂の頬にライカの人差し指がこんにゃくを突くかのようにめり込んだ。


「またそうやって、キョロキョロする。今は私が隣にいるので少しは落ち着いてください。はっきり言って挙動不審ですよ」


 つい無意識にやってしまう。いつからだったかはわからない。それがかなり癖になっているのは、自分でもわかっているつもりだった。ライカはこれがキョロ充というやつですね、などと一人頬に手を当ててブツブツ言っている。


「あっ!」

 ライカがビクンと体を動かし、少し跳ねてそう言った。

「どうした?」

「ミーナに221の豚まんを買ってきて。そう言われていたのを忘れるところでした。少し待っていてください」

 瑞穂を残しライカは走っていってしまった。見てくれはダルそうな、不思議な感じなのに本当に忙しい奴だ。


 221の豚まんというのは、この都市で有名な食べ物で、豚ミンチと甘いタマネギのみじん切りを白い生地で包んで蒸したものだ。ミーナ曰く、どこか甘い白いフワフワしているようで、噛みごたえのある生地と中の肉と玉ねぎとスパイスが混じり合った、癖になるけど食べ過ぎると気分が悪くなるようで、ならない不思議な食べ物らしい。


 ちなみにシュウマイも売っているのだが、あれはなんか違うらしい。何が違うのかよくわからないが、あれは何個でも無限に食べる気が起きないらしい。


 瑞穂はしかたなく、コンクリートの柱にもたれ、人ごみを眺めてライカを待つことにした。


 向こうから電車が来て、人の波が押し寄せて、それが繰り返し続く。

 さり気無く、横を見ると六メートルぐらい先に女の子が突っ立っているのがみえた。人々はその女の子を気にも止めずに、流れる川の様な動きで避けていく。


高校生くらいの女の子だ。じっと、瑞穂を見ていた。まるで観察するかのように。その目はまるで人形のように無感情で、瞬きもせずに彼を真っ直ぐ見つめている。気のせいではないようだ。


 そう思って瑞穂は背をもたれている柱から体を放し、女の子の方へ近寄ろうと歩きだす。それにつられたかのように女の子も瑞穂に向かって歩いていく。二人が交差した瞬間。

「始まるよ。もうすぐすべてが」

透き通るようなきれいな声で、女の子は確かにそう言って、瑞穂の横を通り過ぎていった。


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