戦争のある国
俺がローリィに弟子入りして一ヵ月がたった。
武術、剣術は初日の実践形式に、型を覚え込む、といった基礎的な訓練がみっちりと加わった。
実践訓練は無手ではルーリィ、剣術はローリィが基本的に相手を努める。
戦闘訓練以外にも、早朝にはランニング、昼食前には腹筋、背筋、腕立ての体力トレーニングが義務付けられた。
元々面倒くさがりな優希は体力トレーニング、特に朝のランニングに関しては非常に嫌だったが、ローリィの厳しい視線に抗うことが出来ず渋々従っていた。
もちろん最初はサボろうとした。
ランニングの時間は早朝の為ローリィもルーリィもまだ寝ているのだが一応玄関でランニングに行くと言って家を出る。
すぐに優希はローリィの家を登り始めた。
そして屋根上でランニングという名の二度寝を始める。
日本でいう夏であるこの時期のこの時間の外は涼しくそよ風がふき気持ちいい。
しかし優希は一分も経たない内に飛び起きた。
屋根の下から、すなわちその家の住人から放たれる恐ろしいオーラに圧されたのだ。
優希はその場から離れたい一心でランニングを始めていた。
ランニングから帰るとローリィと目があった。
ローリィはにこやかに言った。
「朝の日差しはどうだったかな?なかなか気持ち良いだろう?」
笑顔のローリィだが目が全く笑っていなかった。
そんなこんなで俺はなんだかんだ言って真面目にトレーニングをこなしてきた。
意外にも二週間がたつ頃には、この生活に慣れてきて何とも思わなくなっていた。
たまにランニング中に野生のウサギと戯れたり、筋トレの回数をサバ読んだりして手を抜いているのは内緒だ。
たま~にだ。
今んとこバレていない。
ここ数日、ルーリィとは少しずつ良い勝負が出来るようになってきた。
ローリィにはまだまだ敵わないが段々まともに剣を打ち合えるようになってきた。
日々成長を実感出来るのは悪くはない。
そんな今日も剣術の訓練である。
まるで鷹に睨まれてるみたいだ。
優希は相対している相手にそんな感想を抱いた。
「うらぁ!!」
優希は全力スピードで小柄な老人に切りかかる。
お年寄りだからと言って手加減なし。本気の攻撃だ。
木剣とはいえ一般人がくらったら骨折くらいはするだろう。
今の日本のご時世なら高齢者虐待として警察沙汰だ。
しかしこのお年寄りにはそんな配慮は無用。
何故ならこの老人は優希より数倍強いからだ。
優希の攻撃はあっさり受け流され、切っ先を変えられる。
隙だらけになったところをローリィの容赦ない剣撃が襲う。
優希は持ち前の反射神経でその攻撃を避ける。
ローリィはすぐに連続で攻撃を仕掛けてくる。
老人とは思えないスピードだ。
放たれた下段切りをジャンプして避け、落下と共に剣を降り下ろす。
半身で避けられる。
またこれだ。
と優希は思った。
見切られた。
必用最低限の回避で必要以上に敵から離れない。
ローリィの間合いである。
優希が体制を整えた時には既に首もとに剣を突きつけられていた。
「参った」
優希は冷や汗を垂らしながら言った。
ここ数日、ローリィから放たれる殺気がどんどん増してきている。
正直この人が真剣を持って敵として現れたなら俺は戦わずして逃げる。
と優希は思った。
何のために戦いを学んでいるのかと他人にはそう思われるかもしれない。
自分でも情けない考えだとも自覚している。
が、生きることは何より大事だ。その為の訓練だ。
優希がこの考えに至るのは無理からぬことだ。
ローリィ相手にまともな勝負が出来るのはこの世界でも50人もいない。
優希はそんな事実を知るわけもないが。
「ふぅ…なかなか粘られたな」
ローリィの顔からはさっきまでの危険な殺気が消え、穏やかな老人の顔に戻っている。
なんなんだよ。どこいったんよ。さっきまでのオーラは。
「いや、ローリィさん強すぎ。愛弟子が自信なくしちゃいますよ?」
「間違った自信は過信となり命の危機につながる。師匠なら弟子の命は守ってやらんとな」
ローリィはニヤリと笑って言う。
ローリィは修行中はよくこうゆう意地の悪い笑みをする。
「ちぇっ、今にやる気なくしますよ?」
俺は拗ねたように言った。
この言葉は本心てはない。
俺はこの厳しくも優しいご老人を尊敬している。
この一ヶ月でまざまざとローリィの凄さを見せつけられた。
相手をしている感じだと、どうやらまだまだ余力がたっぷりとあるみたいだ。
底が知れない。
とんでもないじじいだ。
「そういうな。お前は筋が良い。まだまた強くなる。今日はバッファローのステーキだ。たくさん食べてくれ」
「まじっすか!?ひゃっほーい♪」
ローリィはこうやって飴と鞭を使い分ける。
優れた先生の特徴だ。
おかげで俺は修業を投げだそうと思ったことはない。
ローリィは他にも訓練の合間や食事の時間にこの世界の一般常識を教えてくれた。
この国はグランフォードというでかい国らしい。
世界三大国家の一つであり、グランフォード王国、エスタニア王国、ウインドル神国の三国間はかつては激しく争っていたが今は一応落ち着いているそうだ。
未だに徴兵制度は国民に義務づけられてはいるが、辺境の村であるプルスにはその法令も及んでこない。特異な場所らしい。
‐‐‐
「もし戦争になっても俺は人とは戦いたくないな~」
食卓でバッファローの肉にかぶりつきながら優希が言う。
お行儀が悪いとルーリィに指摘されるがおかまいなしである。
平和な日本で育つ優希は戦争なぞテレビのニュースでしか聞いたことがない。
ローリィから話を聞いてもいまいち現実感が無い。
今修業しているのは自分を守る術を身につける為であって、人殺しはしたくない。殺されたくもない。
「嫌なら冒険者にでもなって宿暮らしで生活するしかないな。街に住み、国から家と安全を国民はもらっている。国から与えられたものを持たないなら国の命令に従う義務はない」
なるほど。御恩と奉公みたいな感じか。いい国作ろうってやつだな。
「でもそんなんで国は大丈夫なんですか?」
「臨戦体制になると国から冒険者ギルドに依頼という形でお達しがいく。依頼を受けて戦争に参加すると報酬が入る。報酬は悪くないから腕の立つ冒険者には進んで参加するやつもいる。王軍に所属する兵士もいるからな。防衛力は確保されている」
「なるほど。とりあえず、ここにいれば安全なんですよね?魔物にさえ勝てれば」
「あ、ああ。そう、だな」
ローリィは戸惑いがちに頷いた。
実はこの山で警備をしながら暮らし続けるのも戦争並みに危険な生活である。
優希はこの一ヶ月で、そこらの魔物には負けない力を身につけていた。
最近はローリィとルーリィの三人で警備と狩りの手伝いをするくらいだ。
ルーリィいわく俺の成長速度は異常らしい。
世の中にはこーゆう人もいるのよね~。と呆れながら言っていた。
と言っても俺は彼女にまだ一回も勝ったことはないんだが。
「魔物はいるわ戦争はあるわ物騒な世界だなぁ」
俺は溜息をついた。
「もし何かあっても生きていけるように強くならなきゃね!一緒に頑張ろっ!」
ルーリィは明るい笑顔で言った。
最近彼女はすごく楽しそうだ。
特に組み手をしているとき。俺をいたぶって楽しんでるのだろうか。
もしかして可愛い顔してサディちゃんなのかしら。
ルーリィ相手ならそーゆうプレイも悪くない。
最後にノックアウトさせるのは俺だけどな。
「そうだ。強くなることで自分だけじゃなく自分の大切な人も守ることが出来る」
そんなよからぬ妄想をしているとローリィがすごいイイ感じのことを言っている。
その言葉通りだと先程の脳内がバレた瞬間、俺はどうなってしまうのだろうか。
しかし大切な人を守る。か、俺にはまだわからない。
俺は自分の命の危機に実際に他人のことを気にしていられるのだろうか。
そんな余裕は俺にはない。
まだ俺が弱いからだろうか。
「いつかお前にもわかる日が来る。今は修業に打ち込みなさい」
俺を見て思うところがあったのかローリィはそう言った。
「へいへい。わかりましたっと」
どちらにしろ戦争になんてものに関わる気はない。今は強くなるために努力しよう。
優希は少しだけそう決意した。
俺はこうして修業に明け暮れる(たまにサボりながら)意義ある日々を送っていった
なかなか趣味と仕事で忙しくなかなか進まない…
ここの作者さん達は本当にすごいと思います。