弟子入り
ローリィは俺が弟子入りを申し出るとしばらく黙っていた。そしてやがてふん、と頷き了承してくれた。
「私の訓練は厳しいぞ?」
ローリィはニヤリと笑って言った。
今まで見てきた紳士然としてた温厚なイメージとは違う、不敵な表情だった。
朝食後、俺はローリィに促され外にでた。
ある程度動き回れる広い場所まで移動する。
「まず組み手をしてもらおうか。ルーリィ、ユウキの相手を努めてくれ。」
「はーい!強くなりたいなんてやっぱりユウキも男の子だねっ」
ルーリィは何やら嬉しそうだ。
「え、え?いきなりルーリィ?勝てるわけ無いじゃないですか!」
当然俺は反対する。
ルーリィの強さは昨日の事でよくわかっている。
「こーゆーのはもっと基本的な事を教わってからじっくりおいおいと…」
「勝てとは言っとらんよ。もちろん手加減させる」
「おじいちゃん。ユウキなら大丈夫だよ!あのキラーベアーを倒したんだしっ。ねっ♪」
ルーリィはユウキを笑顔で見る。
いやいや。ねっ♪じゃねえし
勝手にOKサイン出してんじゃねえよ。
「はっはっは。そうだったな。失礼した。ルーリィ、手加減なんてしないでいいぞ。思いっきりやってくれ。死なない程度にな」
ローリィも嬉しそうに笑って言う。
「りょーかい!」
ルーリィがやる気満々に手を上げる。
ガチじゃねえか!!
何でそうなる!二人で話を進めるな!俺を置いていくな!
明らかに尻込みしている俺を見てローリィが諭すように言った。
「ユウキ、私に弟子入りしたのだろう?大丈夫だ。ルーリィの治癒術もある」
「はい…わかりました」
俺は渋々了承した。
少しの距離を置いてルーリィと対峙する。
すでに構えをとり真剣な戦う戦士の顔になっている。
普段の可愛い優しい雰囲気とは全く違う。
俺も一応ボクシングのファイティングポーズをとる。
ルーリィが一歩目を踏み出した。
速い。
目前まで迫るとさらに速く感じる。
ルーリィの拳が綺麗に俺の顔面にヒットする。
俺は吹っ飛んだ。
めっちゃめっちゃいてえ。なんつー威力だよ。
本当に本気じゃねえか。
通っていたボクシングジムの誰より速いパンチだった。
ルーリィがさらに俺に追い討ちをかける為、走ってきた。
次は腹に蹴りくらった。
突き上がるような衝撃を感じた後、胃物が込み上げてきたがどうにか飲み込んだ。
さらに攻め立てられ俺はボッコボコにされた。
ルーリィがとどめの正拳突きを繰り出す。
俺はとっさに避けた。
ルーリィは驚いた表情をみせたが、すぐに俺の頭めがけて蹴りを放ってきた。
それも避けた。体が勝手に反応した。
自分でも驚いている。
目が慣れてきたのか、それともルーリィの動きが疲れで鈍ってきたのか。最初ほどのスピードを感じない。
その後の攻撃もどうにか対応する。
避けきれず、時折体にかすりはするがはでかいのはもらっていない。
「ユウキ!避けてばっかりでは勝てないぞ!」
ローリィが喝を入れてくる。
「攻めろって、言われてもな…」
ルーリィは勢いを緩めず攻め続けてくる。
俺はどうにかかわしながら隙を探す。
ルーリィの蹴りをかわし、ちょっとした間をみつける。
相手の攻めをかわした後だ。敏捷性に優れたルーリィだか、でかい攻撃の後は次の動作に入るまでに一瞬の間がある。
そこを狙おう。
タイミングを狙い攻撃をしかける。
しかしかわされる。
だがどうにか反撃できるようになった。手数の割合は1対5くらいだが。
徐々にカウンターの精度をあげ、手数も増やしていく。
ガスッ。
あ。かすった。俺のパンチがルーリィの頬をかすめる。
ボコン。
あ。くらった。ルーリイから鋭いパンチをもらう。ちきしょう、少し気を抜いた。
でも初めて攻撃が当たった。
ルーリィは油断なく俺を見つめている。
その後は互いに攻撃が当たらず、膠着状態となる。
「あと2分だ!」
ローリィの声が聞こえる。
ルーリィが猛然とラッシュをかけてきた。
倒しに来ている。
俺はすべての攻撃を避けきれず、何発かもらう。
だが、俺の攻撃はルーリィの腕に全部ガードされた。
意識が遠のくのを感じる。
最後に思いっきりパンチを打ってやろう。
ルーリィの顔をしっかり見据え、俺は思いっきり拳を叩き込む。
「っ!!」
ルーリィは俺に追撃を加えようとしていたが、何かを察したのか攻撃を止め、体の重心を後方にずらした。
俺の渾身のストレートはルーリィの眼前で当たらずに止まった。
「やめっ!!」
ローリィが叫んだ。
俺はその声と同時に地面に崩れ去った。
完敗だ。
‐‐‐
3人は家に戻り、ローリィは警備に出かける準備をしていた。
ルーリィは優希に治癒術をかけている。
「よし!終わったよ。もう少し休んでた方がいいかな」
「うん、そうする…」
ソファーに横たわる優希は心底疲れたという表情である。
ルーリィは優希から離れると優希に見えないようにこっそり自分に治癒術をかけ始めた。
それに気づいたローリィは問いかける。
「どこか怪我したのか?」
「うん。さっきから腕が思うように動かなくて…」
袖をまくり腕を見ると両腕に痣が出来ている。ルーリィの治癒術でも痣が消えるのに少し時間を要していた。
「ユウキか?」
ローリィはソファーの方を見やり言う。
「そうみたいだね」
ルーリィがあっさり答える。
「…やはりか。」
とローリィが呟く。
きっとガードした時だろう。
ガードの上から攻撃を叩き込み、ルーリィの腕を破壊した。といったところか。
思った通りだ。
あの少年は普通の子と明らかに違う。
身体能力、学習能力が高すぎる。
そこらの少しばかり経験がある程度の冒険者や兵士などではルーリィには攻撃すら出来ずに倒されるだろう。
ユウキは組み手を始めるなり、序盤は攻撃をくらってはいたものの、気づいたら避けられるようになっていた。それだけでも凄いことだ。
あれを見たとき私はユウキの力をもっとみたいと思った。気付いたら攻撃を促す声をかけていた。
普通はそうは言われても実力差がある相手になかなか出来るものではない。
どうにか避けられていた攻撃を再びくらい倒されるか、結局攻撃できないかがほとんどだろう。
だがやつはいとも簡単にルーリィにある一瞬の隙に気付き、反撃に出られるようになっていた。
しかも徐々に攻撃を増やし、まさかルーリィに攻撃をかすらせ、ガードまでさせるとは。
まだまだ無駄な動きが多い分ヒットはしなかったが、ルーリィの痣を限り威力は充分だろう。
予想をはるかに超える出来だ。
「はい!これお弁当ね!」
ルーリィが昼の弁当を渡してくる。
「ああ。行ってくるよ」
久しぶりの弟子だ。かつて自分の周りにいた大勢の弟子を思い出す。
もうルーリィ以外に戦いを教えることなど無いと思っていた。
昔に戻った気分で楽しもう。
ローリィは優希の成長を楽しみにし、家を出た。
‐‐-
ルーリィはローリィを見送った後、二人の昼食を作っていた。
まだ腕に若干力が入らない。
優希は未だソファーに横たわり休んでいる。よく見ると優希は目を閉じ、寝息をたてている。
もうっ、いつまで休んでるのよ。私の腕の方が重傷だったのに!
と言葉には出さないが思う。ただし休んでろと言ったのは自分だとも覚えている。
そんな矛盾を自覚し、優希の才能をうらやむ。
始めは攻撃にも手心を加えていた。
だが、すぐに攻撃がかわされるようになり、次第に反撃に出始めた。
ルーリィは焦った。
最後は本気で倒しにいった。
優希はそれでも反撃してきた。
避けきれず、どうにかガード出来たものの、腕に強烈な痛みが走った。その後、手をうまく動かせなくなった。
特に最後の拳は凄まじかった。どうにか避けることが出来たが、当たっていたら痣では済まなかったに違いない。
攻撃をする瞬間に優希に睨まれ、ゾクっと背中に嫌なものを感じた。
あの殺気はキラーベアーの時と同じだ。あれはもっと前にも見たことがある。
そう。ローリィが放つものと似ていた。
自分だって強くなろうと今まで努力してきた自負がある。ローリィにお願いして鍛えてもらい、そのおかげでそんじょそこらの魔物や盗賊には負けなくなった。
昔から『今は勝ててもいつか男の子には勝てなくなる』そうローリィに言われていた。
意地でも負けまいとローリィが用事で見れない時はローリィの弟子にお願いして鍛えてもらった。
一人でも自分をいじめ続けた。そのおかげで弟子内でも同年代の男の子には負けたことは無かった。
だが優希に勝てなくなるのは時間の問題だろう。
そんな気がする。
優希なら、あいつをどうにかできるかもしれない…。
「ルーリィ、どしたん?」
気付くと優希が前に立っていた。
私の顔を覗き込んでいる。
よほど真面目な顔をしていたのだろう。優希は心配そうな顔をしている。
「あっ起きたんだね。もう大丈夫?」
「うん、おかげさまで。いやーやっぱりルーリィは強いね。一回もまともに当てられなかった」
優希は笑って言った。
「一応おじいちゃんに鍛えてもらってるからね。ユウキも強かったよ。戦いの経験が無かったとは思えないよ」
「うーん。厳密にいうと戦いの経験が全くないってわけじゃないんだけどね。数か月だけどボクシングをやってたし、友達とケンカもしたこともあるし。」
「ボクシング?」
「俺の世界のスポーツの一つだよ。パンチで相手を倒すんだ。キックは駄目。素手で殴るのは危ないからグローブをつける。あくまでスポーツだから命のやり取りは昨日が初めてだけどね」
「なるほどね~。完全に素人ってわけじゃなかったんだ。おじいちゃん、きっとユウキとの修行を楽しみにしてるよ」
「そうなのか?俺には全然わからないけど」
「私が言うんだからそうだよ!さっきだってやたらニヤニヤしながら出かけてったし」
優希はキョトンとした顔だ。
「じゃ、そろそろご飯たべようか」
話を打ち切るようにルーリィが言う。優希はうんと頷いた。
私も頑張らなきゃ。
ルーリィはこっそりそう呟いた。
‐‐‐
午後、ローリィが帰ると修行の再開である。
優希は今度はローリィと対峙していた。手には木剣を持っている。
剣術の訓練だ。
またいきなり実践形式からやるらしい。それがローリィの教え方なのだろう。
木の割にずっしりとしている。
何でも普通の木剣だと実際の剣に比べて軽すぎるらしく、特別な木を使っているらしい。
俺はローリィに一太刀も入れられなかった。
敏捷性はルーリィの方が優れているが、ローリィの動きは何というか無駄が無い。
少ない動きで俺の攻撃をさばくか見切りでかわす。
ローリィはずっと加減していた。時折わざと受けに回り俺に攻撃させ、俺に攻撃するときは寸止めか軽く木剣で叩く。というものだった。
少しづつローリィの剣に慣れていき、どうにか最後の方には優希はローリィの剣撃を剣で受け止めることができた。
ローリィはわずかに目を見開いた。
そして、「よし、これくらいにしようか。」
と終了を告げられる。
ふぅ、と俺はそのままその場にへたりこむ。
「何も出来なかったなぁ。俺、センスないのかな…」
「本格的な訓練は明日からにする。覚悟しといてくれ」
はぁはぁ言っている俺にローリィが言った。
ルーリイが声をかける。
「お疲れ様!明日から頑張ってね!」
「いや、もう今日で結構きっつきつなんすけど…」
こうして俺の弟子入り第一日が終わった。