初めての戦い
優希はルーリィを追いかけていた。
道は木や草が生い茂り、離れたところには川が見える。
山道の半ばで村人と思われる男達を何人か追い抜いていった。
優希の足の早さは成人の男性を軽く凌駕していた。
幸いにも山道は村を出てしばらくは一本道だったこともあり迷わないうちにルーリィ追い付くことが出来た。
「やっと追い付いた。すぐ追い付くと思ったけどあの子足速いな~。全力で走ったのに…とりあえず撒かれないようにしないと」
優希はルーリィから村で待ってるようにと言われた手前、追いついたものの合流できず、少し距離を置きながら尾行することにした。
山のなかにはルーリィから聞いたように魔物と言えそうな生き物がが何匹もいた。
角の生えた少し大きいウサギ、鎌が大きく発達した犬以上の大きさのカマキリ。牙が口におさまらないほどでかいオオカミ
たまに熊などの大型獣もいた。
「なんつー山だよ。ここは。ルーリィ大丈夫なんかな」
優希の心配をよそにルーリィは武器ももたずにそれらの魔物を蹴散らしていた。
優希は尾行しながら驚愕していた。
きっと自分一人ならものの三十分もたたずに魔物の餌食となっていただろう。数メートル先の女の子の存在に安心すると同時にわずかな嫉妬を覚えていた。
しばらく進むと道の先に人が見えてきた。二人ほど村人が倒れている。それを守るように三人の男達が先ほどのオオカミ の前に立ち塞がっている。
オオカミは五匹で陣形を作っていた。あらゆる角度から獲物を狙っている。
戦っている男達もすでに手負いのようだ。
皆、手や足から所々出血している。
「大丈夫ですか!?すぐに手当てしますね」
ルーリィはすぐさま村人達にかけより、まず倒れている男達から治癒術を施していった。
やがて倒れていた人達はすっくと立ち上がり、ルーリィはすぐに戦っている男達の治療に入った。
男達はそれを見て仲間の治療が終えたことを確認する。
「皆さん、あとは私に任せて避難して下さい。まもなく応援が来るので何人かに付き添ってもらいながら村に戻って。怪我は治っても体力はまだ戻ってないから村に着くまで油断しないで」
「はは。わかっているよ、ルーリィちゃん。いつもありがとう。助かったよ」
ルーリィの強さをよくわかっているのか男達はあっさりオオカミを彼女に任せ、すぐに移動を始めた。
村人を守るように今度はルーリィがオオカミ達の前に立ち塞がる。
「グルルル」
オオカミ達は唸り声をあけ、大きな牙を剥き出しにしている
あと少しのところでありつけた獲物を逃がされ、怒っているのだろう。
オオカミは複数で同時に一人の娘に襲いかかる。
獣に1対多数は卑怯という概念はない。
ただただ確実に獲物を狩るだけである。
三匹がルーリィに飛びかかる。
ルーリィはそれを避けていなし、横からオオカミの下顎を突き上げるように蹴りを放つ。
次は眼前まで迫っていたオオカミを上から叩きつける様に手刀を浴びせる。
そして振り向き様に回し蹴りをうつ。後ろから飛びかかっていたオオカミはもろにその蹴りをくらう。
三匹共、動かなくなった。
男達があんなにも苦戦していた魔物を一瞬で打ち倒していた。
ルーリィがキッと残ったオオカミを睨み付ける。
残り二匹となったオオカミは不利を悟り、山の中に引き返していった。
俺の出る幕なんて無いほどにルーリィは強かった。
「ふう…。……!!!」
ルーリィはほっとした表情を見せていたが、何かあったのかすぐ顔を硬くする。
視線の先には先ほどのオオカミよりはるかに大きい野獣がいた。
でかい。
ホッキョクグマ並の熊だ。手足には鋭く伸びた爪がある。
「キラーベアー?なんでこんなところに!?少し厄介ね…」
流石のルーリィもこの魔物にはちょっと緊張した面持ちを見せている。
キラーベアーはその大きな体からは想像出来ない動きでルーリィに襲いかかる。
ルーリィは寸前のところで避けた。
避けた先の岩がキラーベアーの凶悪な爪によって砕け散る。
一発もらっただけで致命傷だろう。
砕けた岩を見たルーリィは焦りと驚きの混じった顔をしていた。
「なっ…!!なんて破壊力…動きも前に見たやつより早い…。なんとかなると思ったけど逃げた方が良かったかな…」
「なんかヤバそうだな」
優希は加勢に加わろうと走り出した。
あんな化け物には勝てないだろうが囮くらいにはなる。
ルーリィよりも俺の方が足が速い。
俺に注意を引き付けてルーリィを逃がすんだ。
と思っている最中。
「ヤバイっ!」
走っている優希は視線の先に魔物を見つける。
さっきのオオカミ達だ。二匹だからきっと間違いない。
一匹が後ろからルーリィに向かって走っている。
ルーリィはあの化け物との戦いで
気づいている様子はない。
俺は囮作戦をやめ、オオカミを阻止する様に走る向きを変えた。
オオカミは速い。
俺も今までにないくらい本気で走っている。
体が熱い。どっちが先にルーリィにたどり着けるか。
間に合ってくれ!!
もう少し…
オオカミの方がわずかに早くルーリィの近くまで到着した。
オオカミはすでに跳躍してルーリィに襲いかかっている。
ルーリィはオオカミの唸り声にやっと気づいたが、対応できていない。
俺は走っていた勢いそのままにシュートを打つようにオオカミの横っ腹に蹴りを入れた。
オオカミは少し離れた岩に勢いよく叩きつけられる。
同時に色んな骨が折れる音がした。
「ユウキ!?なぜここに?」
ルーリィが驚いた顔で優希を見つめる。
「魔物もいるって言ってたし心ぱ…」
「危ない!!」
俺はルーリィに打ちきられ最後まで言い切れなかった。
みるとキラーベアーはいつの間にか俺に標的を変えていたらしい。
両前足をあげて俺に降り下ろそうとしている。
ルーリィがその攻撃を妨害しキラーベアーに正拳突きをくらわす。
キラーベアーは突きをくらい雄叫びをあげ、またルーリィに狙いを変える。
ヒートアップしたようだ。
「全然、効いてない…。私の正拳突きで前はある程度ダメージを与えられていたのに…」
再びキラーベアーとルーリィが対峙する。
俺は残ったオオカミの相手をしていた。
先ほどの不意討ちとは違う。
俺は動きの速いオオカミをなかなかとらえられず、対してオオカミは俺に確実にダメージを与えていった。致命傷はどうにか避けているが足からは血がでている。
「くそっ。すばしっこいな。よくルーリィはこんなのをあっという間に倒したな」
傷つきながら戦っている中、優希の集中力は次第に高くなっていった。
動きを読めるようになってきた。
大体は目を見てれば最初の牙はかわせる。
そして飛びかかってきたあとの攻撃を注意する。
噛みつきをかわしたあとの足でのひっかきが予想以上に伸びてくる。
避けたと思っても避けきれていない。
しかし、相手の攻撃をかわしたあとがチャンスだ。
あのでかい牙にびびって、噛みつきをかわしたあとの動きが硬くなっていた。
動きは読めるはずだ大丈夫。
確か、ルーリィはこんな感じに…
襲いかかってくるオオカミを優希はギリギリまで引き付けてからかわし、次の動作に入る前に強烈な蹴りを再び腹にくらわす。
口は狙わん。
牙に俺の足が突き刺さりそうだ。とても痛そう。
オオカミを見ると、舌をだして横たわっていた。
こう見たら牙を抜かせば単なる犬にしか見えない。
何だか動物虐待してる気分。
っとんなこと考えてる場合じゃない。ルーリィは?
ルーリィはキラーベアーと更なる激しい戦いを繰り広げていた。
見ると互いにまだまだ動きに衰えはない。
ルーリィはキラーベアーの攻撃を全部かわしているようだ。
すげえ。
対して熊もルーリィの攻撃を何回か食らってはいるが浅く、まだ致命傷には至っていない。
戦況は拮抗していた。
いや、どっちかといったらルーリィが不利だ。
今のところ攻撃を全部かわせてはいるが、きっと当たったら戦況は一気に変わるだろう。
先ほどの岩を砕いた破壊力を見たら即死の可能性もありそうだ。
ルーリィは優希がオオカミを倒したのを確認すると怒鳴った。
「助かったわ!ありがとう。あとは私がどうにかするから逃げて!」
おいおい、そりゃないでしょあんさん。
ましてやタメの女の子一人にそんなことさせっかよ。
「バカ言うな!明らかにルーリィの方が不利だ!一緒に逃げよう!俺が囮になる」
囮作戦再開だ。戦うのは恐いしね。
「なに言ってんの!村の近くにこんな魔物が出たのよ!おじいちゃんがいない今、こんなやつが村に入ってきたらどうなることか!こいつはここで殺さなきゃ!」
ルーリィはキラーベアーから目を離さない。
マジかよ…
つかさっきの男達はまだかよ!
迷ったあげくルーリィの元へ走り出す。
どうにかなると思っていたわけじゃない。
ただ見捨てられなかっただけだ。
村のために一人戦う、この凛々しい女の子を。
その時、ルーリィが石に足を引っかけバランスを崩した。
細かいステップを踏んで戦っていたルーリィはいとも簡単に体勢を崩した。
キラーベアーはそれを逃さずルーリィを強靭な前足で殴り飛ばす。
ルーリィは吹っ飛ばされた。
「危ない!」
キラーベアーが追い討ちをかけようとしたところ、俺が横から右ストレートの要領で思いっきりパンチを入れる。
キラーベアーが気のせいか少しのけぞる。
あれ?ちょっと効いたか?
「ユウキ!逃げて!!」
そりゃあ今更できん相談よ。
優希は声にはださず返事をする。
キラーベアーは優希の二倍以上の体格だ。
前に立つだけで足が震える。
格好はつけたが内心は死ぬほど怖かった。
キラーベアーは優希へと狙いを変える。
俊敏な動きで優希を翻弄する。
どうにか攻撃を避け続けていたが、やはり一発をくらってしまう。
優希はふっとんだ。体重は58キロしかない。
キラーベアーの重たい一撃が優希を襲った。
息ができねえ。
「ユウキ!」
ルーリィの悲痛な声か聞こえてきたが体が動かない。
散々に痛めつけられ、俺はルーリィの元に投げ飛ばされた。
頭を打った。意識が朦朧とする。
こいつはもう遊んでいる。
一緒に二人まとめて食おうというって腹なのか。
敵うわけはないとわかっていた。
まあこうなるよな…。
結果がわかっていながらも逃げるという選択をしなかった自分に呆れながら優希は気絶した。
‐‐‐
ルーリィは立ち上がってキラーベアーと再び向かい合っていた。
治癒術をかけて自分の傷を治し、立ち上がった。
優希を守る為に。
この少年は何物なのか。
パンクウルフとの戦いを見る限り戦闘は少なくとも素人だったろう。
しかし次第にパンクウルフの
攻撃を的確に避けるようになり、自分の長年かけた動きをあっさりと模倣し撃退した。
パンクウルフは強い。
村の男達が三人でやっと二匹を追い払えるくらいだ。
狩るとなると三人で一匹を相手にする。
それを戦いのなんの経験も積んでない少年がいきなり倒した。
しかしキラーベアーはこの森で最も強い生物の一種だ。
ユウキがすぐにやられてしまったのは仕方ないことだろう。
それよりよく立ち向かったと称賛されるべきだと思う。
私も正直このキラーベアーには勝てる気がしない。
以前戦ったときはこんなに破壊力もなければ俊敏でもなかった。
無傷とは言わないが問題なく勝てたはずだ。
キラーベアーが咆哮をあげ、ルーリィに襲いかかる。
どうにか避け、蹴りをあてるも硬い皮膚と厚い毛に防がれまともにダメージを与えられない。
心なしかキラーベアーの動きがどんどん鋭く、速くなっている気がする。
次第に疲れから動きが鈍り、避けるだけで精一杯になっていった。
そしてキラーベアーがとうとうルーリィの右足ををとらえる。
「きゃあっ!」
再び吹っ飛ばされた。
足をやられた。
もう避けるのも難しいだろう。
しかしルーリィはすぐに立ち上がる。弱味を見せていけない。
倒れていたらすぐに餌となってしまう。
しかしキラーベアーはこちらの様子を探るようにルーリィの周りをぐるぐるとゆっくり回っている。
ルーリィが動きが取れないことを悟ったキラーベアーは一気にギアを上げ、ルーリィへ襲いかかる。
もう終わりだ。
ルーリィはそう思った。
やっぱり、私はまだまだだ。
おじいちゃんみたいには出来ない。
村人から治癒術で一番だと褒め称えられても、体術をいくら鍛えても、一番大事な時に何も役に立てないなら意味はない。
いつもローリィからは無理するなと言われていた。
早く認められたかった。偉大な祖父に。
でも今日は良いよね?
私頑張ったよね?
やれるのは私以外にいなかったもん。
この村を守ろうと頑張ったよね?
キラーベアーが目の前まで迫ってきている。
気のせいだろうか、口角を吊り上げ笑っているような表情に見える。
キラーベアーが跳躍して飛びかかってきた。
ルーリィは目をつむった。
……
なんの衝撃も感じない。
どうしたのか。
ルーリィは恐る恐る目を開ける。
「…っ!!!!」
ルーリィは目を見開き驚く。
そこには信じられないような光景があった。
目の前にいたのは熊ではなく、黒髪の少年だった。よく見ると真っ黒ではなく少し赤身ががっている。
信じられない事にキラーベアーは少年に肩を抑えられ動けなくなっていた。
少年はキラーベアーを思い切り殴り付けた。
キラーベアーは叩き伏せられ、怯えたような顔で後退している。しかし目を離せないのか後ろを向いて走って逃げださない。
こんなのは初めてみた。
キラーベアーは好戦的だ。元々この森のなかでは食物連鎖の頂点にいる。
恐怖から身動きが取れない。この熊の様子はこんな感じだ。
若い男はキラーベアーをさらに蹴り飛ばした。
そして体勢を直そうと四つん這いなったキラーベアーの体にさらに蹴りを叩き込む。
ボキリと鈍い嫌な音をたて、骨が折れた音が聞こえる。
キラーベアーは動かなくなり絶命していた。
そしてそのすぐあと少年はそのまま地面に「バタンッ」と倒れた。
ルーリィはしばらく呆然としていたが、我にかえり治癒術を自分の足にかけ少年の元へ向かう。
少年の元にたどり着きルーリィは驚きから顔を凍らせる。
「ユウキ…?」
少年は優希だった。
急いでルーリィは優希に治癒術をかけた。
「とりあえず助かったわね」
優希と一緒に帰ろう。
そう思っていると…
「なんでこうなるのよ…」
悪いことは不思議と続く。
パンクウルフが再び別の群れをなしてやってきたのだ。
今度は10匹近くの群れだった。
もう戦う体力も魔力もない。
ルーリィはユウキを背負って逃げ切ると決断した。
「これ以上ユウキを巻き込むわけにはいかないわ!」
しかし、ただでさえ素早いオオカミに、おんぶでスピードが半減しているルーリィ。すぐに追い付かれた。
「くっ!!」
あちらこちらに攻撃をくらいルーリィはまたも立てなくなった。
おんぶされていた優希も勢いよく地面に落下した。
ごめんね、ユウキ。また怪我させちゃったかな。
そんなこと思っている間にもパンクウルフは容赦なく狩りをつづける。
パンクウルフがまさに二人に襲いかかろうとした瞬間。
白髪の老人の剣撃がそれを阻止した。
「よく頑張ったな。ルーリィ」
ルーリィはその顔を見ると安堵の表情を浮かべた。
「おじいちゃん…!」
ローリィは近くにいたパンクウルフを確実に斬り伏せ、残ったパンクウルフ達を見る。
パンクウルフ達はローリィのオーラに気圧され逃げ去っていった。