第1章~変わり者達~
第1章~変わり者達~
こうして、俺は経済学部へ無事合格した。
あの頑固じじいの顔を立てると言うことで親父が奨めていた大学に入学した、これも母親の助言だ。
しかし、入学したのは良いが、特に何も考えていなかった俺は、授業に出ないで学内をフラフラと歩いていた。
それにしても、この大学の敷地は広すぎるぞ、下手すると遭難しそうだ。
「よいしょっと、ふぅ」
断っておくが、座る時に声が出てしまったのは、歳だからじゃない、小説だから、言わないと座った感が出ないからだ。
そして、準備よく、さっき学校の自販で買った缶コーヒーを飲みながら休憩しよう。
缶コーヒーは甘いから好きだし、校内にある自販機のコーヒーはべらぼうに安いのだ。
~パコッツ~
「あ~ぁ甘いなぁ~」
あまりに安いので、危険な感じがしたが、まぁそれなりに飲めそうなコーヒーだ。
それにしても甘い、甘すぎる、だか、この甘さが良いのだ。
この甘くなった口には、そう、煙草よ、この甘さに煙草、これが良いのだ。
ポケットに入れたこのしわくちゃの煙草をちょっと指で伸ばして咥えで火を着ける。
「ぷっ、はぁ~」
これが、俺の至福の時なのだ。
なんて安上がりな人間なんだろうと、つくづく思うが金額の問題じゃないのだ。
「あの、ここ禁煙なんですけど」
「えっ、あ~、その、す、すみません」
まだ、火を付けたばかりで勿体ないと思いながらも、携帯灰皿に煙草を入れた。
「あらっ、そんな、すぐに消さなくてもよかったのに」
そう言うなら、もう少し、俺を見守って欲しかったなぁ~俺の至福の時間をどうしてくれんだ。
「ここで、煙草を吸う人が多いんですよね、学内は指定された場所以外は禁煙なんですよ」
「そう、でしたっけ、周りに誰もいなかったもので、つい」
俺は、気になっていた案件を一つ解決しようと思う、俺はこの声の主の顔をまだ見ていない、しかし、声はとても良い感じだ、品があるというか言葉にトゲがない。
しかし、大抵こういう声を手に入れた人間というのは、顔がとても残念な事が多い、天は二物を与えずという言葉は本当に当たっている。
足元から順に上へと視線を移していく、天は二物を与える事もあるんですね。
「私、さっきから近くにいましたよ」
俺は、この言葉に疑問を持った、なぜならさっきまで自分の周りに人らしい気配は無かった。
この時間は講義中と言うこともあり、あまり人がいない、そして、この見通しの利く場所で人がいれば分かる、それにこんなに可愛い子ならばなおさらだ。
「あの~気がつきませんでした?」
「ええ」
そう、この可愛い子は、突然俺の目の前に現れたのだ。
でも、この子、俺の至福の時を台無しにした分をさし引いても可愛いな、これは、メールアドレスを交換しておかないと、俺の煙草も成仏しないぞ。
「先程から、隣を歩いていたのですが・・・」
「そうですか、気がつかなかったよ、って、隣ですか!」
「ええ、隣をずっと」
「どこから」
「教室を出た時からですけど」
「教室?」
「ええ、教室」
「俺の隣を」
「そう」
なるほど、残念なお知らせです。
こんなに可愛い子なのに、この子はこの世には存在しない子なんですね。
いわゆる幽霊っていうやつですね。
南無阿弥陀筒。
俺は無事に成仏出来るように手を合わせてあげた。
「あの、私、幽霊じゃありませんけど・・・ほら、足もあるし」
あらら、ロングスカートから見える足がなんも細くて綺麗な事、なんて残念な事でありましょうこんな可愛い子が既にこの世にいないとはね。
「やっぱり、信じてもらないようですね、私、気配が無いらしくて、人がよくぶつかってきたり、足を踏まれても謝ってもらえなかったり、私が声を掛けても、無視されたり」
いやいや、いくら気配が無いって言っても、隣を歩いていても気がつかない程に気配を消せるなんて、そんな忍びの人じゃないんだから。
「それは、あの、あなたがですね・・・その、この世に居ないんですよ・・・なにか現世に未練があるのかもしれませんが・・・早く成仏された方が・・・」
「あのぉ~本当に私、幽霊じゃないんです、それじゃ、これを見て下さい」
「あっ、はい」
俺はこの大学の学生証を受け取り、そこの書かれた文字を目で追った。
~教育学部高等教育課程 山王丸零子~
「あの、ここの教育学部なんですか」
「ええ、あなたが入る予定の」
「いや、僕は経済学部ですが」
「あら、つい口が滑っちゃって、これ、内緒ね」
「いや、内緒って、別に、親父は教育学部に入れたがってたけど」
「そうみたいね」
「えっ、なんで知っているんですか、そんな事まで」
「あら、嫌ん、また、口がすべっちゃった、これも内緒ね」
「まぁ、他人に言うことでもありませんから」
「やっぱり、優しい方なんですね、あの~隣に座ってもいいですか」
「あっ、ええ、どうぞ」
「まだ、私の事を幽霊だと思っています?」
「いや、幽霊じゃなければ良いと思ってますが」
「幽霊は怖くないんですか?」
「まぁ、この真っ昼間に幽霊と言われてもピンと来ないですね」
「やっぱり、幽霊は夜ですもんね、それに夏ですよね」
「まぁ、季節はどうでもいいとしても、夜ですよね」
「あの、私、気配がないだけで、幽霊じゃないんですよ、学生証だってちゃんと持っているでしょ」
「ええ、確かに、でも、それだけじゃ」
「そうですか・・・やっぱり、確認してもらうしかないようですね」
「確認ですか、何を」
「私、周りの人からよく幽霊じゃないかって、言われるんです、でも、足はちゃんとありますし、冷え性なんで手足は冷たいけれど、体温はちゃんとあるんです、ほら、触ってみてください」
いや、そんな、零子さん、そんな急に手を握られても・・・確かに手は冷たですね、って、あの、その、あの、玲子さん、俺の手をどこに入れようとしているんですか。
「ちょ、ちょっと」
「ここが一番温かくなってますので」
「い、いや、そ、それは、ま、まずいですよ、まだ、ひ、昼間ですし、こんな所で、て、手を離してくださいよ」
「それじゃ、どうしましょう、他の所だとちょっと恥ずかしいんですけど~」
「いや、そうじゃなくて、ですね、俺の勘違いかもしれませんが、俺の手をどこに入れよとしてます」
「ここ」
おい、何を考えているんだ、体温を確かめるのに、その、胸に手を入れさせるってよ、どういう事なんだよ、初対面なのに積極的過ぎだよ、俺にも心の準備っていうものがあるんだ。
「いや、いや、分かりましたから、幽霊だなんて思ってませんから」
「それなら良いんですが」
これ以上疑うと、今度は俺の理性を疑われそうだ、この際、幽霊であってもこんなに可愛い子ならそれでも良いだろう。
「ほぅ、零子くん、ここに居たのかねぇ、ちみは人の気配がないから、探すのが大変でいかんのぉ」
誰だ!今度は存在感のありありの奴が現れたぞ。
今時見かけない牛乳瓶の底の様な分厚いレンズの眼鏡を掛け、グレーのスラックスに白いワイシャツ姿、どう見てもおっさんにしか見えないが、ここの学生なのか、この大学は敷地が広いし門も開けっ放しだから、変なおっさんが紛れて入ってきても不思議ではない。
「ほぅ、ちみかね、零子くんが、わしのサークルに是非入れたいと言っておった」
「そうです、絶対に必要なんですよ」
「ほぅ、そうかねぇー、零子くんが言うのなら、わしは構わんがのぉ~」
「そうですか、それじゃ」
「ちょ、ちょっ、と、勝手に話しを進めないでくれ、サークルがどうのこうのって言ってたよな」
「ほぅ、そうか、零子くん、まだ、説明をしておらんかったのか」
「ええ、私が人間だということを認めてもらうのに時間が掛かってしまって」
「ほぅ、そうか、それは、すまんかった、それで、零子くんが人間だという確認をしてもらったのかね」
おい、確認って、まさか、あれかっ!お前は確認してないだろうな、確認していたのなら、俺は許さないぞ。
「ええ、確認はしてもらってませんけれど、分かってもらったみたいです」
「そうか、確認をしなくても、信じてもらえたのか、おっと、いかん、いかん、もう、こんな時間か、わしは、もう帰らないといかん時間だ、あとは零子くんに頼んで、よろしいかのぉ」
「ええ、大丈夫です」
突然、現れて名前も名乗らないで帰りやがった。
「零子さん、あの人、だれ、ですか?」
「あっ、望月部長の事ですか」
零子さん、俺が知らないのが不思議なような目で見ないでくださよ。
「部長?ここの学生なんですか?」
「決まってるじゃないですかぁ~経済学部の2年ですよ」
「えっ、2年生、俺の一つ上、そうは見えなかったけれど」
ただのおっさんが紛れ込んでいるのかと思った。
「学年は一つ上ですけれど、年齢は不詳なんです」
「そうでしょうね、年齢が俺の一つ上とは思えないですよ、あと、一つ、確認して良いですか」
「ええ、なんですか」
「あの、望月っていう男に、その、確認っていうのさせたんですか」
「確認?、あー、してもらいましたけれど、何か」
望月っ!てめーっ!俺は絶対に許さん!
「どうしたのですか、顔が真っ赤ですよ、熱があるんじゃないですか」
「あ~冷たい・・・」
あなたのその額に当てた手、冷たすぎますよ、やっぱり、幽霊じゃないんですか。
やっぱり、俺も確認したい。
「零子さん、あなた、やっぱり、幽霊でしょ」
「えっ、まだ、信じてもらえてないの・・それじゃ・・・確認しますか?どうぞ」
「いや、やっぱり、止めときます」
「あら、それじゃ、ここは?」
「いや、もっと、止めておきます」
「そう、困ったわね~」
俺ってなんて小心者なんだろう・・・、でも、どうぞって、零子さん、そのうちあなたの前に行列が出来ますよ。