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05 彼女が彼を嫌いな理由(3)

   ◆ 


 「……会長って、どうして怒らないんですかね」


 その日の放課後。

 会長のいない、生徒会室。

 私は淹れた紅茶を先輩方に配りながら、そんな疑問を口にした。

 「──ん? いや、怒るぜ。あいつだって」

 しかしお前すげえ不機嫌そうだな、なんて笑いながらそう答えたのは、生徒会三年副会長、里中匠。あの生徒会選挙をひっかきまわした張本人だ。

 ありがと、なんてティーカップを持ち、一口含むその仕草からすら、飄々とした雰囲気が見て取れる。

 私は自分のお茶を持ち、その隣の──二年副会長席に腰かけた。そして言う。

 「いやでも、私まだ高校入ってから会長が怒ったとこ見たことありません。この前だって──」

 あれだけ罵詈雑言を浴びせられれば、いくらなんでも少しは怒ってもいいような気がするのだけれど。

 「あー、いや……アイツの場合は、なんというかなあ」

 その指摘に困ったように唸る匠先輩。刑事ドラマのように曲げた人差し指を額に当てる。

 「怒る、っちゃあ怒るんだけど……なあ、秋穂」

 「なによ、そこで私に振らないでよ」

 向かいの席から、凛とした声が飛ぶ。聡明そうな女性──会計、秋穂先輩が書類に落としていた目をじろり、と匠先輩にむけた。

 「いや、俺じゃ美味く説明できねーもん」

 「私だってしたくないわよ」

 「微妙にかみ合ってないですよ、それ」

 出来ないんじゃなくて、したくないんだ。

 「いいよ、じゃあ悠プロに訊くぜ」少しむくれて「なあおい、どうなんだ、その辺」

 話の矛先を秋穂先輩のさらにその向こうに放る。

 私もその先に視線を向ける。そこには、なぜか毛布の塊がぽつりと一つ。


 「──りゅーくんは、怒る、よ」


 ウィスパーボイス。

 うっかりすると精神の奥の方までぐにゃぐにゃにされてしまいそうな声で、秋穂さんの隣のもこもこが答えた。

 「怒る。ちゃんと、怒るよ」

 怒ると怖いんだよ、りゅーくん。ともふっ、と顔だけを出しながら言うこの人こそ、書記、朱音先輩。

 もぞり、と顔以外すっぽり毛布に覆われて動くさまは、この私ですら少々愛でたい気持ちに襲われる。恐ろしい。後輩にも絶大な人気を誇るが、どうにもつかみどころのない人だ。ウィスパーなのは声だけではない、ということだろうか。

 先ほど、悠プロ、と言われていたが、どうやらこの先輩、あの会長と幼馴染らしい。

 そんな関係性、今時実在するのか、と本気で疑わしくなったけれど、どうやら事実のようで。これが漫画やゲームなら恋愛発展。さっくりくっついてしまうのだろうが、今のところそんな気配は全くない。私が知らないだけなのかも知れないけれど。都会では幼馴染婚する若者が増えているらしい、なんてどこかのシンガーソングライター風に思う。

 ただまあ、確かにあの会長に対する見識が深いことは確かなようで。朱音先輩にそう言われてしまうと、否定しきれない。

 「……怒ることは、まあ解りました」しぶしぶ頷く「でもじゃあどうして、あそこまで言われて何の反応もないのか。私が聞きたいのはそこなんです」

 人並みの感情を持っているなら、黙っていられる訳がないのだ。

 いくらそれが事実の羅列であったとしても、保身のために、保心のために、あの場面では怒るべきだ。感情を発露させて、私に怒鳴り散らすべきだ。そういう風に言葉を組み立てたのに、悪意を組み込んだのに。

 だというのに、返ってきたのは、あの締まりのない胡散臭い笑顔。

 あんなの。

 あんなのは──。

 「んー。なんつーかなあ、んー……」

 ギリ、と歯を噛む私をよそに、匠先輩は首を何度も傾げてどうにか説明しようと未だ悩んでいた。

 「りゅーくんはね、めんどくさい、の。」

 「それだ」

 「成績いい、馬鹿」

 「それだ!」

 「考えすぎの、中二病。あと猫かぶり」

 「それだあ!」

 流石悠プロ、なんて的確な例えだ素晴らしいぜ! と喝采を叫ぶ。

 無論、

 「……それが、理由ですか?」

 そんなもので納得いくはずもない。

 めんどくさい? それがあの場で怒らない、あれだけ言われて怒らない、理由?

 解らない。さっぱりだ。

 だけれど匠先輩は、一人だけ合点がいったのだろう、

 「素晴らしくめんどくせえよなあ、アイツ。ホントめんどくさくて、面白い」

 くつくつ、とシニカルに喉を鳴らす。

 「だけど、だから──ああいう奴だから、俺は生徒会長をあいつに譲ったんだぜ?」

 そんな風に自慢げに、けれどどこか寂しそうに笑っていた。秋穂さんがそれを横目で見て、なんともいえない微妙な表情を作っている。強いて言うならば、呆れ顔、だろうか。

 何か思うところがあるのだろうが、私はそんなことには興味がない。関係もない。

 はあ、と。

 溜息が連鎖した。私と秋穂先輩の、重なったそれを合図とするように、これまで黙って話を聞いていた彼女が、唐突に口を開く。

 「──でもアナタ、悠が誰かを怒ったところは見たことあるんでしょ?」

 「え?」

 余りに唐突な問いに、思わず疑問符を飛ばす。

 どうしてそんなことになるのだろうか。

 何かそんな風なことを言っただろうか。

 そんな私の心根を読み取ったのかのように、先輩は書類から顔をあげないまま答える。

 「だってそうじゃない。高校入ってから、なんて、普通はそんな回りくどい言い回ししないもの。『怒ったところ見たことない』だけで十分なはずよ」

 ああ、なるほど、と匠先輩が横でうなずく。

 つくづく有能なのか変なのかわからない人たちである。……いや、両方かもしれないけれど。

 本当に、油断ならない。

 ちょっと質問しただけでこれだ。私が作る壁なんて、すぐに乗り越えてくる。

 けれどまあ、ここで否定しても無駄だろうし、あえてそうする理由もない。

 そうして私は口を開く。

 「……だいたいあってます。確かに、見たことがあります、私」

 「りゅーくんが、誰かに怒ってるとこ?」

 「ええ」

 「高校入学前に?」

 「はい」

 先輩たちの指摘は概ね正確で私はただ肯定を重ねる。

 けれど、一つだけ。

 一つだけ、あえて間違いを指摘するならば、


 「ただ。怒られたのは、誰かではなく、私ですけど」


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