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04 冬の唄・夢の跡(2)

   2


 冬である。つっこみは受け付けない。

 起床後いつも通り、テレビの占いの結果を横目に朝食をとり、身支度を終えていってきますと呟いたのが、だいたい三十分前。

 通学通勤の人々でごったがえす電車を乗り継ぎ、大きな駅の二つ手前で、避けようともしない人垣を掻き分けながら降りて、駅から出ると、まばらに繋がる、学校へとむかう雑踏。この中の幾人が、今日の僕と同じように暖かな布団の誘惑を振り切って登校しているのだろうか、なんて意味のないことを考える。

 寒さに体を縮め、マフラーの位置を直しながら、周囲を伺う。薄く積もった雪が街に化粧し、ぱきぱきと音が鳴るような霜が、いたるところに降りていた。

 ふと曇り空を見上げ、息を吐く。それは宙に浮かんで、白く凍る。

 住宅街の向こうに見える校舎へと続く緩い坂道を、僕は少しの感慨と共に見つめていた。三年も見続けた景色が、なぜか少し新鮮なものに見える。

 「悠、何朝から辛気臭い顔してんだよ。爽やかさが逃げてくぜ?」

 そこに後ろから、声がかかった。

 「眠くて寒いんだよ。そりゃ顔もこおばる」

 僕は後ろを振り向かないまま答えて、

 「お前はいつでも元気そうでいいな、匠」

 解かりきっていた声の主の名前へと繋げた。

 「元気元気。冬はテンションあがるぜー」

 語尾上がり気味の返答。ふうむ、その思考回路は理解できんしそれに、

 「匠に関しては年中高い気がするのは僕だけか?」

 「お前だけだ」

 「……そうか」

 即答を一瞬の間を置いてから流す。もうツッコミを入れるどころか合いの手すらもめんどくさい。寒さとはこうも人をダメにするものだっただろうか。

 会話の中、一瞬の間隙にジャリジャリと、二人分の足音に加えて、氷気味の道が音を立てて鳴る。

 「むう、思った以上にそっけない返答だぜ。この冬季限定低気圧ボーイめ。どこまでローテンションで行く気だよ」

 「ネーミングセンスが」

 中途半端に途切れた言葉は僕のやるせなさの表れだろう。

 というかなんだその二つ名は。始めて聞いたわ。

 「まったく俺なんてテンション上がりすぎて、『こんな格好』でも寒くねーぜ?」

 む、とその格好、という言葉に少し興味をそそられた僕は、そこで初めて後ろを振り返り、

 「なんだよ。格好、ってあれか? ジャケットやらマフラーなし、制服オンリーとか──っつ!?」


 ──腕まくりしたワイシャツ姿のアホを視界に捉えた。


 「寒いわっ! 馬鹿かお前は!?」

 思わず自分を抱きしめるような仕草を取ってしまいながら、叫ぶ。

 見てるこっちが、が省略され、罵倒が疑問の形になっているあたり、僕の動揺を察して欲しい。こいつは馬鹿だ。疑いようも無く。

 「お、ようやくツッコんだ」

 にやり、という笑顔。してやったりという感情がこっちにまで伝わってくるような、意地の悪いそれだった。

 「え? 何、馬鹿なの死ぬの? いや確かに放っておいても寒さで死にそうだけどさ!」

 「や、それはないぜ」

 「なくねーよ、それともアレか? テンションあがって体温もあがってるから大丈夫、とかそういう脳筋なこと言うつもりか?」

 「馬鹿だな悠、俺ほど理系でクールでインテリな男はこの学校にはいないぜ?」

 「いやいるよ。腐るほどいるよ」

 そしてお前のクラスは文系だ。クール(物理)なら合ってるかもしれないが。

 そんでもって僕の体温は無駄に上がってるけどな。ほら、今僕たちを早足で追い抜いていった女子生徒二人組がクスクス笑ってたよあれ絶対僕も込みだよこんちくしょう。

 「ふっ」芝居かかった笑み「馬鹿だな悠。俺はちゃんと科学的に体温を上げる工夫をしてるんだぜ」

 「馬鹿に馬鹿って言われる苦しみを今僕は理解したよ」

 二回も連続して言われると流石にくるものがある。仏の顔が三度までなのも納得だ。

 僕の心情とツッコミなんて無視したまま、匠は僕をちょいちょいと手招いた。

 「見てみ、これ」

 第二ボタンまで外したワイシャツの下を指差して、示す。

 「……んだよ? なんか保温クリームとかか?」

 僕は訝しげな眼でその指先を見つめて、けれど疑問は解消されないまま、質問をする。

 「おいおい、生徒会長様ともあろうものが見て解からんのかよ。仕方ねえ、説明してやるぜ」

 「……会長は全知全能じゃなきゃなれないのか」

 それに僕もう会長じゃないし。

 そんな僕の指摘を見事にスルーし、匠はこれ以上無いほどのドヤ顔で、ワイシャツの下、なんでもない黒のアンダーシャツをつまんで、言い放った。


 「これ──ヒート○ック」


 「馬鹿だろ。なあ、お前馬鹿だろ」

 今更体感温度を数度上げたところで何になるのか。そもそもワイシャツ一枚の段階で体感温度何度下がってんだよ、絶対トータルマイナス方面だよ。

 「いや、今日の占いでラッキカラーが黒だったんでな。黒のインナーこれしかなくて困ったぜ」

 「非化学的すぎる!? 何、お前まさかよりにもよってそんな理由でそれ着てきたのか!?」

 「え、あ、うん。そうだけど?」

 「絶対嘘だよ急に真顔になるなよ!」

 一体どの口が理系だのインテリだのほざいていたのか。僕は呆れのため息をつきながら、

 「ったく……。いいからさっさとその、鞄からはみ出てるコートを羽織りやがれ」

 先刻見つけておいたボケつぶしの切り札をつきつけた。

 「くく」口の端を上げて「やっぱバレてたか。ちょっと即興過ぎたぜ」

 流石に通らぬ無理もあると知ったのか、いそいそとコートを取り出し羽織る。前を止めていないため、胸元の開いたワイシャツは見えたままだが、視覚から与えられる寒さは少し緩和したように思えた。

 「てかなんで脱ぐんだよ。意味が解からん」

 ようやく普通のテンションまで戻ったトーンで、出来ることなら日常会話のキャッチボールに戻りたいという願望を込めた問いを、匠にむかって放る。

 「や、折角ボケてツッコミ待ちしてたのに何時までたっても振り向かないから、とりあえず脱いでみたんだけど」

 「理由と行動の関連性が無さ過ぎるだろうよ」

 「朝から頼んでも無いのに勝手に人の運勢順位付けた挙句に、アンタ今日最下位、とか余計なお世話にも程があると思うんだぜ?」

 「話合わせろ。話合わせろよ! 一瞬、『あれ? 僕一瞬意識飛んでた?』とか本気で考えさせられたよ!」

 結果はピッチャー返しからの、二球目ホームランだった。まあ、大体知ってたけど。

 「大丈夫。ちょっと時をかけてみただけだぜ?」

 「どのへんが大丈夫なのか僕に教えてくれよ」

 「あんな格好しててもあいどんきゃっちこーるど」

 「確かにそれは丈夫だけども! てか、むしろ馬鹿は風邪ひかないの迷信の類だと思うのは僕だけか……?」

 ……こんな軽口の応酬とは言え、せめて話題の前後位は繋げてくれ。それだけ話題が戻ると、確かにタイムリープの可能性を真剣に考慮しなきゃいけなくなるわ。

 不本意な疲れによるハアハアという息切れが、先刻までより濃い靄となって、少しだけ時間をかけて消えていく。不覚にも僕の体はさらに温まってしまっているようだ、なんてことを自覚して。

 と、そこで、

 「うん?」

 自分の状況をある程度冷静に分析できるようになって、ようやく僕の視界も開けてきたのか、匠のおかしい点(頭以外で)が目に留まった。思わず、尋ねる。

 「ていうかあれ? そのコートやらボケの仕込み云々はいいとしても、お前制服どうしたよ?」

 そう、コイツは制服の上着を着ていないのだ。コートを着るなら先に上着を着るのが筋だと思うのだが……。

 しかしまあ、訊いてみたところで可能性は限られていることも解かっている。どうせアレだろう。ネタ考えるのに必死で家に忘れた、とか電車に置いてきたとか、そんなオチだろう。僕にも流石にそのくらいは読めるさ。

 「誰かに電車で脱がされた」

 「想像を絶した!?」

 そんな僕の馬鹿に対するつっこみと、生徒達の絶え間ないくすくす笑いが通学路に響き渡って。

 こうして、やるせない冬の朝の時間は過ぎていくのだった。

 うん、なんというか。

 まったく、実に、いつも通りの毎日だ。


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