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03 月色(4)

   4


 仄明るい屋上だった。

 俺達は薄闇を纏い始めた空の下、一仕事終えた開放感を胸に、新たな作業に勤しんでいた。

 事の次第はご存知の通り。仕事は無事に終わり、流れのままにお月見の運びとなったわけだ。

 ……が。

 休日のこんな時間である。職員室ももう閉まり、生徒会顧問なんて『休日出勤ダメゼッタイ。だってこーむいんだもん! はーと』と朝から校内にいない状態。なだけに、会場の選定に手間取るかと思いきや、悠の野郎がどこからか出した鍵で最上階の扉を開放し、現在に至る。

 後輩たちには、生徒会が規則違反していいのか、と心配されていたが、

 『許可? 僕が鍵を預かってるってことは、それはもう貰ってるってことなんだ。大丈夫、お前らは心配しなくていいよ』

 それにたまには、会長らしいとこ見せないとな。なんて、頬をかきながら返していた。はっ、似合うけど似合わねーぜ、あいつには。

 と、まあ、ここまで来たところで、そろそろお気づきな連中も多いかと思うんだが──


 「お望みどおり、乗っ取り(クーデター)を起こしてみたぜ」


 ──副会長こと俺、里中匠は貯水タンクの傍に佇んでいた秋穂に向かって改めて宣言してみた。

 「……はあ?」

 何言ってんの? と言いたげにこちらを睨んでくる冷たい目。ああうん、こうなること位知ってたつーの。でもな、

 「いや、俺も何のことやらさっぱりなんだが、なんか言わなきゃいけない気がしてな」

 腕を組み首をかしげる。解かりやすく疑問符の存在を伝達したつもりだ。

 「そう」そっけなく向こうに目をそらし「まあいいわ、匠が変なのは今に始まったことじゃないし」

 「うおい」

 つーかお前もそっれっぽいことやってたじゃねえかよ、さっき。

 「悠と友香は? 上手く持ち場についたの?」

 話題の転換と疑問の解消を同時に試みたセリフが飛んでくる。

 「ああ、朱音と一緒に、後輩達何人か引き連れて調理室にむかったぜ」

 「そう。あの二人だけじゃ心配だけど、朱音がいるなら大丈夫ね。鍵も持ってるでしょうし」

 「ああ、あの鍵束の中に、あそこの鍵は入ってたはず……って」

 そこまで言って、ふと疑問に思う。今までは、見慣れすぎていて意識にすら浮いてすらこなかったが。

 「しかしあれだな、悠はなんで校内いたるところの鍵持ってるんだ? あいつ、鍵マニアかなんかなのか?」

 じゃらじゃらと鍵の束をまわしながら、薄闇の廊下を鼻歌交じりで歩いていく後ろ姿はなんつーかこうスゴイ不思議な感じがしたんだが。言葉を選ばず言うと不気味で異様。つーかあいつハミング向いてないぜ、キャラ的に。

 「そういえば昔、三階倉庫の鍵はガード固くてレア物なんだよなあ。卒業までに手に入るかどうか……、とかブツブツ言ってたのは聞いたことあるわね」

 「マジでか」

 完全に鍵コレクターじゃねえか。今度言いふらしてやろう。手始めに友香あたりに。

 「…………」

 「…………」

 そこで話題が一瞬途切れた。俺らを包む沈黙を、僅かに上り始めた月光が照らす。 

 「……つーかさ」

 無理矢理だが。なんとか次の話題を探るように言葉を搾り出した。

 ここで自己紹介。俺は沈黙が嫌いだ。静寂はどうしても孤独を連想しちまう。

 だから、

 「お前さ、なんであんなギャグ飛ばした訳?」

 そんな、睨まれるのを解かっているような質問を飛ばしてしまう訳だ! ああもう畜生、怖い怖い! 目が全力で『何でそんなこと蒸し返すのかしらねコイツは』ってセリフ飛ばして来てる。

 「いや、答えたくなきゃ答えなくてもいいんだけどよ」

 そんなあからさまに萎縮した俺のセリフに秋穂は、ふう、と解かりやすくため息一つ吐き出して。

 「理由なんてないわ。強いて言えば、さっき朱音が言っていたようなことを無意識下で考えていたのかもしれないけれど」

 などと、俺の目を見たまま、少し早口に言ったのだった。ともすれば弁明に聞こえなくもなかったが、これ以上追求して睨まれたら、それだけで心臓の辺りにかかる負荷が倍増。下手すれば昇天できそうな気がするので、

 「ふうん」

 とだけ、あっさり返しておいた。

 「なによそのニヤニヤ顔は」

 しまった、表情隠すの忘れた。むしろ隠せる訳がなかった。いや相変わらず、こいつが照れを隠す時の仕草がちょっと反則級すぎて。それが『照れ隠し』だってことが、秋穂について熟練しないと解からない、ってとこが特に。

 「いやあ、別に」

 口笛もどきを吹いて誤魔化しながら、返す。秋穂のほうもそれで諦めがついたようで、

 「それはそれとして、匠」

 言って、正面を指差した。あからさまに話を逸らそうとしている気配がするが、ぱっと見解からない位にほのかに赤らんだ頬が見れたことに免じて、突っ込みは無しにしてやる。

 「なんだよ?」

 返し、見るその指の先。つまりは俺たちの目の前では、後輩達がせわしなく動きながら机を運び椅子を並べ……。まあつまりは月見場のセッティングに勤しんでいるわけだが。

 「あれ、手伝わなくていいの?」

 秋穂は、そんな至極真っ当な疑問を俺に向かってぶつけてきた。痛いところを突いてきやがる。

 「いや、手伝おうとしたんだけどな。先輩は向こうで休んでてください! ってはじき出されちまって。てか、そう言うお前はどうなんだ?」

 「あら、奇遇ね。私も同じこと言われてここにいるのだけれど」

 「……なんつーかこう、同じセリフなのに込められた意味に大きな隔たりを感じるのは俺だけか?」

 邪魔者扱いとVIP待遇の差ぐらい。なんて、そんな俺の寂しい主張を受け、秋穂は曲げた人差し指を唇に当てて思案顔。そして、

 「気のせいではないわね、きっと」

 そんなザックリした結論で出来た言葉を、俺に向かって切りつけた。

 「ぐはあ」わざとらしくうめいて「まったくなんだろうな、この扱いの差。俺も一応先輩なんだぜ? まあ、悠とかはどれだけいじられても構わねえけどさ。面白いし」

 「……だから」少しだけ、遠くを見るように「さっきも言ったけれど、慕われているんでしょう。匠も、悠も」

 「……」む「ああ、まったく、嫌な慕われ方だぜ」

 腕を広げておどけながら、秋穂の言葉に僅かに含まれていた憐憫の色を、考えて、

 「でもやっぱり俺なんかより、お前のほうがよっぽど慕われてるぜ? 俺なんかと違って、後輩達にとっては尊敬出来る立派な先輩だよ、秋穂は」

 言葉を選んだ。けれど、

 「そうね。ええ──だと、嬉しいわ」

 秋穂の反応に、それがあまり意味をなさなったことを俺は悟る。

 明確な確証はない。けれど、空の下、再び場を包んだ沈黙が、それをただ静かに、裏付けていた。


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