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03 月色(2)

     3


 結果から言えば、事の沈静化には三十分ほど費やすことになった。

 具体的には、わらわらと集まって噂話をしていた生徒達に丹念に事情を説明し、それでも残っていた剣道部とか弓道部とかの『武装したまま来たからついでに力づくで設備の改修の交渉していくか。おもに物理で』などと馬鹿なことを言っていた連中を、理性的だった女子部員の手を借りながら、『てめえらそれ以上遊んでると根本から部費下げるぞゴルァ』という脅し文句で帰したりした。

 剣道部の屈強な男子が、背の低い女子部員に叱られながら連行されていく姿はなかなかにシュールだったが、さて──

 そうして、ようやく通常のレベルに落ち着いた生徒会室。

 本来ならばお茶でも飲んで休憩したいが、しかし残念ながら事の重大さは既にそんな日常展開を許さず。さらに、もうここは生徒会室と呼べる場所ではなかった。

 その名は──


 「それでは、因幡秋穂乱心事件の公判を、開始する」


 ──翔講館高校最高裁判所、大法廷(今命名)。

 円卓を模した角机の配置でいうと、僕はいつもの会長席に、その両脇の机に匠と朱音がそれぞれ座っている。後輩たちは後ろに固まって傍聴の体制。そして当の秋穂はというと、同じく定位置の、僕の向かい側の机で腕を組んで黙っていた。

 奇しくもそれは、本当の裁判の配置のようで。

 「それでは罪状を、検察、副会長里中匠」

 僕から見て右側、真剣な顔で体を少し傾けてこちらを見ていた匠に指示を出す。

 「はい、裁判長」立ち上がり、手元の書類を見ながら言う「被告、因幡秋穂は、本生徒会の会計であり、教師からの信頼もあつく、普段から真面目かつ正確な仕事で有能な役員として──」

 「前置きはいい」めんどいし「内容を簡潔に示せ」

 「普段くそ真面目で仕事中にふざけたことなんかないくせしてボソッとボケなんかかましたもんだから全校生徒がパニックだぜおーいぇー」

 「よろしい」

 カンッ、と手元の木製コースター(備品)を木槌(常備してあった、なぜか)で叩く。

 よろしいんですか!? と遠くから後輩の副会長っぽい声でツッコミが聞こえた気がしたが、まさか厳粛なる法廷でそんなことをするバカがいる訳がないのでスルー。あと今回まともなセリフすらない脇役は黙っていたほうがいいと思う。

 「それでは弁護人、書記朱音」

 「はい」

 ウィスパーボイスで返事をした後、立ち上がり手元の紙をしばらくじーっとみつめた後、こてん、と小首を傾げながら、

 「……秋穂ちゃんは、いいこ、だよ?」

 「うん、それは知ってた」

 『普段いい子だからこんな大事になってるんだよ』という会場からの総ツッコミを期待したのだが、傍聴席にいる連中は全員『あー、朱音さん癒されるわー』という顔で彼女を見ていた。生徒会内での謎の朱音人気、増大中である。

 これ以上この朱音教が拡大すると、なんだか僕の会長の座も危ういような気がしてならない。というか確実に危ない。クーデターとかを起こされるヴィジョンが脳内で再生されるんだが。

 「ふむ」僕は木槌を鳴らし「弁護人に弁護の意思が薄いようであれば、このまま──」

 刑罰をきめることになる、と。

 僕がそんな言葉を言いかけた、その時、

 「ちょっと、待ちなさい」

 今まで腕を組んだまま黙って僕らのやりとりを聞いていた秋穂──否、被告人がはじめて声をあげた。 普通ならここで多少の発言は認められるところだろうが、しかし、これは通常の裁判ではない。

 被告人の供述を聞くのがセオリーだろうが、今回に限りそれはない。ふむ。いい機会だ、ここで一度そのことを知らしめておいたほうがいいだろう。カッコよく。

 「被告人の発言は認めない」

 そう、なぜならば、

 「これは──弾劾ぴゃ?」

 たっぷり溜めて決め台詞を決め顔で放った瞬間、鋭利な音をたてて、何かが僕の耳元をかすめていった。思わず語尾が大変なことになってしまった。こうなってしまえば、最早決め台詞でもなんでもない。

 ていうかおい、今、僕の髪何本か切られて落ちなかったか?

 「待ちなさいって、言ってるでしょ?」

 目をつりあげ、怒りの権化みたいなオーラをまとっただけで、見た目普通の少女だったが、その口から放たれるのはドスの聞いた声。慣れていないせいか後輩たちは迫力だけでびくう、と体を強張らせている。

 しかし、そこは三年間の長い付き合い。

 僕や匠にはそんなものききやしない。

 「被告人の要求を呑む裁判官がどこにいる。なあ、匠」

 「ああ、待てと言われて待つ馬鹿がいるわけ──」

 ひゅおんひゅおん。

 またしても、生徒会室に風が吹いた。今度は二陣、それは正確に僕と匠をめがけていて。

 「「っつ──!」」

 二人揃って息を呑む。ノールックで放たれたその何かは、正確に僕たちの首をかすめて飛んでいった。おまけに後ろの木の棚に勢いよく何かが刺さった音がしたんだが、全力で気のせいであって欲しい。

 「すごい、ね」

 ぱちぱちぱちと賞賛の言葉を放つ朱音の視線の先を、僕はおそるおそる振り向いて追う。そこには──

 「くりあ、ふぁいる?」

 自分で言うのもなんだが、それは実に間抜けな発音で、ついでに震えた声で、僕はそのありふれた凶器ぶんぼうぐの名前を口にした。

 よく見るとたちの悪いことに、角折れ防止に四隅がアルミで補強されているタイプのものである。

 「「…………」」

 僕と匠は無言で視線を合わせ、『あれが当たってたらさすがに死んでいた』という恐怖を、ごくりとつばと一緒に飲み込んだ。

 「三度目は、言わせないわよね?」

 それは相変わらず低音だったが、静かな言葉だった。一瞬で僕たちに与えてくる重圧の質が変わる。次は脅しじゃなく本気で撃つ、秋穂の視線は間違いなくそれを物語っていた。

 それに対して、僕たちは、

 「ていうか、なにその特技!? 僕初めて見たんだけど!? お前うちの生徒会の良心っていうか常識人じゃなかったのか!?」

 「凶器っつーかもう狂気じゃねーか! あれか? それで俺らを殺して狂喜しましたとかそういう上手いこと言うつもりなのかよ!?」

 一気にまくし立てる。言葉を緩めたら一瞬で言い返される、そんな予感が僕たちを突き動かしていた。

 「…………」

 秋穂がすっ、と無言で鞄から次弾を装填する仕草を見せた。

 「「すみませんでした」」

 それだけで即座かつ全く同時に謝る体制に入る僕と匠。ちなみに両手はホールドアップ、つまりは『降参するから撃たないで』の姿勢である。

 涙目で朱音を見るが、じっと目を伏せ口元に手をあてて黙っている。あ、こいつなんかいらんこと考えてるな、ということと、こいつに助けをもとめても無駄だな、ということだけが解かって悲しくなった。夏の時も、それよりずっと前も、ことこういう場面に限っては、こいつは僕を助けてくれたことなど一度も無いのである。

 うん、なんかもう三年間の長い付き合いだから大丈夫っていうか、三年前からまったく変わらないこの力関係に対して感覚が麻痺してるって言ったほうがよさそうだ。

 覚えておけ、後輩達。これが現生徒会役員の良心にして爆弾抱えたツッコミ役、因幡秋穂の姿である。

 絶対にこうはなるな。少なくとも同級生を文房具で容易く死地に追い込むことの出来るような人間には、なるな。

 なりませんよ、ていうかいませんよそんな特殊人類。あれですか、そのうちトランプとかで戦うんですか? などと、傍聴席からは、まるで副会長のような聞きなれた声で後輩達の心の声が代弁されていた。

 「へえ、アンタたちそんなこと思っていたのね。……本音は胸にしまっておいたほうが賢明なこともあるって、学校では教えてくれなかったのかしら?」

 そんな静かな怒りの言葉に、後輩達が全力で一歩後ろに下がって逃げの体制を作り、僕たちが静かに両手を挙げながらうな垂れているそのすぐ傍では、

 「うん。……上手くは、ないよね。『きょうき』ネタ」

 などと、口元に手をあてて、やはりなにやらどうでもいい事を考え込んでいたらしい朱音が、そんな的外れかつタイミングのずれた結論を、呟いていた。

 けれど、不覚にも。

 そんな言葉にその場にいる全員が和んでしまったのはこれまた隠しようのない事実なのだった。


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