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03 月色(1)

     0


 柔らかく、けれど鋭い月明かりに照らされたからだろうか。

 歩くような速さで走っていけたら、なんて。

 そんな矛盾したことを、考えた。


     1


 秋である。

 なんだか夏あたりにもこんな感じではじめたような記憶があるが、それはきっと気のせいで、まあとにかく秋である。

 天高く、馬肥ゆる秋。

 他にも芸術の秋だの、食欲の秋だの、読書の秋だのとかくひたすら呼び名の多い秋。秋だけがこんなに呼び名が多くて、他の季節的には不平等だとか呼び名の均等化を求める活動とか起こさなくていいのか、と個人的に思う秋である。

 そんな秋、小春日和(ついに他の季節の名前まで呼び名に組み込みやがった)の生徒会室。

 普段バカ騒ぎの声が溢れているはずのその場所で、非常に珍しいことに(これだけでも、かなりの異変と言ってもいい)カリカリカチカチと事務処理の音だけが響いていたその瞬間、いわば晴天の霹靂へきれきと呼んでも遜色そんしょくない出来事が発生の機会を虎視眈々と狙っていた。

 うん、まあ、あれだ。有体に言えば、こうなる。


 ──この後、あんなことが起こるなんて、その時の僕らはまだ、知らなかったんだ。



     2

 

 某月某日、某時、某地点。

 というか、九月十二日、十四時〇〇分〇三秒、生徒会室。

 非常に不可解な現象は、そこから始まった。

 始まりにして最大の異変は、なんてことはない、本当に一人の人間の、ただの一言だった。

 ぽつり、と本当に小さな、事務処理の機械的な音に埋もれてしまうような声で、うちの会計、因幡いなば秋穂あきほが呟いた。なんて。

 たったそれだけのこと。

 しかしそれは、このちっぽけな部屋の機能を全停止させてしまうには、十分すぎるほどの威力の現象だった。

 「…………」

 この時点では、完全な、目に見えるような沈黙だったことは、確かだ。

 さて、状況の説明をしよう。

 事件の概要を考える前に、現場を検証する。それが捜査の基本であり、裁判資料の根本だからだ。

 生徒会長である僕をはじめ、役員全員、そして庶務の後輩達が珍しく集まっていた。冬の役員選挙前最大の大仕事である、中期生徒総会に向けての資料作りに追われてのことである。

 少々締め切りが差し迫っており、非常に緊迫したこの状況。流石にふざけだす人間もいなかった。

 無言の生徒会室に、カリカリカチカチと、事務的な音だけが響く。

 「…………」

 カリカリカチカチ。

 「──秋は、私の季節よね……」

 カリカリカチカチ。

 「…………」

 カリカリカチカチ。

 カリカリカチカチ。

 カリカリカチカ──

 「「「……? ……っ!」」」

 衝撃の発言から数秒後。

 僕らは一斉に手を止め一瞬の逡巡をそれぞれに交差させ、そして全てを理解した後、息をのんで同じ方向を首がねじ切れるぐらいの速度で向いた。気のせいか、首が風を切る音が聞こえたような気がしたが、そこまでは幻聴だと信じたい。

 心地のよかった雑音が停止し、生徒会室はただ一人の行動音以外の静寂に包まれる。

 『なんだおい』『まさか今のって……』『いや、流石にそれは』『でも確かに秋穂さんのほうから……』『幻聴か?』『いえ、しっかり聞こえました』『秋穂に限って』『天変地異の前触れか』『テレ東で臨時ニュースが流れるレベル』『それ世界滅んでんじゃね?』

 なんて、いくつもの視線が秋穂を中心に交差し、視線だけで会話を交わしていた。

 そんな明らかな異変に気付かず、当の本人だけが、何事もなかったかのように仕事を続行している。

 そんな膠着状態もおそらく一瞬。複数の視線は、僕にとある言葉を投げかけてきた。

 『お前が聞け!』

 えええ……。すげえやだ。責任が重すぎる。

 『僕?』

 アイコンタクトで疑問符を飛ばしてみた。が。

 『いぇす! ぷりーずだいふぉーあす!』

 全員一致で僕の死を望む役員たち。なんだこれ、会長の威厳とかどこ行った?

 『早く死ろ……しろ』

 『……了解』

 って、お前ら今とんでもなく悪意ある間違い飛ばさなかったか?

 『…………』

 おい、全員もれなく目をそらすな。

 ったく、仕方ない、いくか・・・。

 「な、なぁあ」声が裏返った「なあ、秋穂?」

 「……なに?」

 生徒会室の先ほどまでとは別の意味で、強烈に張り詰めた空気に反して、明らかに力の入っていない返答。なんだろうか、僕の眼からみても異常なほどにしっかりしている秋穂にしては珍しく、上の空という感じである。

 「その、あれだ、お前さ」

 あまりの緊張に歯切れの悪い言葉を無意味に繋げてしまう。途端、周りの役員共が『このチキンが……』という冷たい視線を向けてくる。

 なんだよ。じゃあお前らがやれよな。

 「なによ?」

 書類から目をはなさずにたずねてくる秋穂。声のトーンや強気な感じそのものには、別段変わったところは、ないように見える。が、やはりここは事実の確認のために、質問を──

 「もしかして、もしかして、なんだけどさ……ボケとか、かました?」

 「ええ」


 意を決した質問に対するその即答に。

 ピシリ、とあらゆる緊張感が割れる音を、僕は確かに聞いた。

 

 その後の生徒会室の惨状は、言うまでもない。

 「「「!?」」」

 なんというか上を下への大騒ぎとは、まさにこのこと。

 まあ、より具体的に言うならば。

 絶え間なく響くB級パニックムービーのような絶叫は、全校の窓ガラスを振動させる勢いとなった。

 そしてそれは、その音をなんらかの非常事態スクランブルと勘違いした部活中の生徒連中が、大挙して押し寄せてくるまで続いたのでした。まる。


第4編スタートです!

新キャラも本格登場する(はず)の今回はそのまんま秋の話でございます。

しばらくはいつものコメディーにお付き合いくだされば幸いです。


ではでは、また!

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