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02 刹那の夏(4)

     3


 「さて、それではようやく仕事をしてもらえる訳ですが」

 「ようやく、に込められた力が半端じゃなかったな、今」

 そんな訳で不本意ながらお仕事タイムである。

 「先輩に仕事させるためだけにどれだけ時間使ったと思ってるんですか。無駄に体温あがっちゃいましたよ」

 じりじりと湿気と熱に汚染されている生徒会室。室温は既に43度を超えていた。

 扇風機がなければさすがに倒れるレベルである。

 「まあとりあえずは休んでろよ。流石の僕もこの暑いなか友香一人に仕事させっぱってのは気がひける」

 なんだかんだ罪悪感ぐらいは持っている僕である。しかし、そんな僕の優しさに溢れた言葉に対して友香は──

 「それは」ニヤリ「何よりです」

 不穏な言葉と笑顔と共にドスン、と目の前に置かれたのは、かなり型落ちしたノートPC。主に書類作成に用いられる普通の生徒会の備品である、のだけど。

 「いやじゃあ!」

 一瞬広島にトリップする位の勢いで、僕はそれから遠ざかった。

 「なんでですか?(ニッコリ)、書類をちょっと作ってほしいだけですよ(ニッコリ)、さあ(ニッコリ)、お願いしますね(ニッコリ)」

 不自然なほどのスマイル連発。いくらタダでもちょっと貰いたくは無い類のソレである。

 「てめえ、解かっててやってやがるな……」

 「さてさて、何のことですかね(ニッコリ)」

 「その不自然な笑顔はあくまで崩さないつもりか……」

 「そうやって逃げるのもいい加減にしてくださいね(濁り)」

 「ひいっ! ちょっと擬音が変わっただけで目が殺人鬼に!」

 濁ってる。濁ってるって。ていうかなんだこのおふざけ。

 「はーやーくーしーてーくー……」

 「解かってる、解かってはいるんだけど!」

 友香が放ってくる迫力を両手をブンブン振ってなんとか制し、同時に、机の上のPCを凝視する。

 ……ふむ。

 あれは最早凶器なのだ。

 起動させたくない、どころか出来れば存在そのものを消してほしい。

 なんせ、あれは──。

 「いくら僕でも、このくそ暑いなか摂氏四十度近い排熱を浴びせてくるPCを使う気にはならないんだよ」

 発熱に関しては、某PS3もかくやと言われるほどの代物である。おそらくそのボディで目玉焼きが焼けて、CPUでお湯がわく。反面、冬には暖房器具として絶大な人気を誇るレベルだ。

 「私だって嫌です」

 「今日の後輩はなんかもう正直すぎる!」

 反抗的とか、そういうレベルではない。夏の暑さは人格の破壊まで引き起こすのだろうか。

 「いえ、そういう意味ではなくて、他の仕事があって新規の書類まで作っていられないので、出来ればお願いしたいんですけど」

 「そういうことなら別のヤツでもいいだろうに。匠も朱音も秋穂もいるだろ?」

 というかあいつら遅すぎないか? 昇降口にジュース買いに行くだけでどれだけ掛かってるんだ。

 「先輩方は、暑さと仕事で変になりかけたので帰るそうです」

 は? ナニソレ初耳。

 「休憩はどうした。ていうか何? いつの間に連絡来て、許可出したの?」

 「いえ、ついさっきメールが来まして……」カチカチ「これですね」

 と、友香のケータイの画面がこちらを向く。

 「…………」おそるおそる覗き込み文面を読破「うわマジだ! ていうか早退自己申告かよ!」

 お前それ、機嫌が悪いから早退しますって言ってるのと同じだぞ?

 「私もなんとか止めようとは思ったんですけど……」

 カチカチカチとケータイをさらにいじって、さっきとは違った文面を見せてくる。そこには、

 『これ以上仕事しろって言うなら、学校中の温度計全部破壊してからする。いやほら、現実とか、見たくないじゃん? 役員一同』

 と、めっちゃデコられた文章が一つ。

 「っつ…………」

 「私としても学校の備品を壊されるのは困りますし……苦肉の策で帰ってもらいました」

 確かに温度計を壊したくなる気持ちはわかるが。いや、うん、まあ理屈は通ってる(?)けど、通された理屈がとんでもないというか、ニートっぽいというか、なんというか……。

 「屁理屈通り越して、ただの我侭じゃねえか、コレ……」

 あと間に脅迫挟まってるから。あいつらだと本気で実行しそうで怖い。

 「だから」

 友香はそこで一旦言葉を切って、

 「先輩がPCで書類作っ──」

 「いや、待て」

 僕はなにか不穏な流れ(抵抗しても、先輩はそんな我侭言いませんよね? で覆されるような)を感じ取って静止のポーズ。すでにオーバーヒートしかけている脳に鞭打ち、素早く思考を巡らせる。

 「なんですか? 先輩はそんな我侭──」

 予想したのと寸分たがわないその言葉。だめだ、とりあえず適当に何とかお茶を濁さないと、模擬焼き土下座は免れない──!

 「花火大会!」

 結果。思わず、そんな単語が口をついていた。

 「…………はい?」

 疑問符を浮かべる友香。反論が出る前にここで一気にまくし立てる──

 「(あかり)(かわ)の花火大会今日だったろ? それに行こう。そこで何かおごるから、僕にその凶器を操作させるのは勘弁して、くれ……」

 身振り手振りを交えていいわけを並べた。

 言い終わる前に、我ながら愚策だった、と後悔した。最近丸くなってきたとはいえ、相手は鉄壁の友香だぞ? 仕事に関しては妥協を許さず、僕に対してはいじめに余念がないあの友香だぞ?

 こんな即物的な条件で友香が僕をいじめるのに最適でかつ仕事が進む作業を請け負う訳が「いいですよ」ない……って、

 「え?」

 今度は僕が疑問符を飛ばす番だった。え、なに、ゴメン今のラテン語とかじゃなかった? 僕の知らない言語で、イーデスョゥで死ねって意味だったり。

 「ですから。いいですよ、って言ったんです」

 なんだか不自然な、無理矢理作ったような呆れ声で、友香は繰り返した。ああ、日本語だ。間違いなく。

 「……マジで?」

 おもわず壁に目をやりカレンダーを確認する。うん、やっぱり今日エイプリルフールじゃないよ?

 「じゃあ、私が書類作りますから、先輩はその書類に判お願いしますね? 扇風機あびてていいですから」

 「あ、ああ」

 答えながらも、疑問の塊は一向に小さくならない。何だ、一体何が友香の心を動かした? 花火ってそんなに魅力的なのか? それともおごりが効いたのか? 

 ふとその横顔を見ると、さっきまでより機嫌が良くなったのか、少しだけ口角が上がっている。

 そうして、さっぱり理由が解からないまま、三十分後。

 「出来ました」

 言って、友香は立ち上がり、さすがに申し訳なくなって、判押し以外の雑務も片付けていた(やらなくていいよ、と言われるとやらなきゃいけないような気分になる小心者な)僕の返事を待たずに、『原版、印刷してきますね』、とUSBメモリ片手に小走りで駆けていった。

 「なんでさ」

 行動力が普段の二倍くらいに上がってるな、アレ。と僕は書類片手にキョトンとその背中を見つめるしかなかったわけで。

「出来ましたー、チェックお願いします」

 と帰ってきた時も何も聞くことが出来ず、まだ暖かい書類に普通に目を通し、

 「ん、OKだな」

 と、教科書通りの回答を返すのが精一杯だった。

 どうやら、想定外の事態には人間はマニュアル通りの行動しか出来ないというのは本当らしい。

 だから、

 「これで本日の業務終了です。おつかれさまでした」

 「あ、ああ。ご苦労さん」

 んー、と伸びをする友香が、

 「それじゃあ、書類のチェックでもしながら」ザアアアアア「花火大会の時間までのんびり──って、ザアアアアア?」

 一瞬キョトンとした後、深刻な顔になって窓際に走りよって、カーテンを開け放った先の光景を見た時も、情けないかな僕の口からは、こんな平々凡々な言葉が、思わず漏れただけだった。


 「あ。──雨だ」



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