くるりくるり
買いに行かされた煙草をトーマに放り投げたら、部屋の中心でくるりと舞った。トーマは片手でパシッと煙草を受け取ると、僕の方へにやりと笑って手招きする。そのにやりの中には色んな危険因子があっちこっちへと活発に移動しているんだろう。
人、それを好奇心と呼ぶ。
「それでは儀式を始める」
トーマはそう言ってゴホンとひとつ咳払いをして、僕の長袖を肘の上まで捲り上げる。
それから煙草に火を点け、大きく肺の底まで煙りを吸い上げる。
「熱いけど我慢しろよ」
「する」
煙草の温度が何度だなんてことはすっぽりと忘れてしまった。トーマがゆっくりと先端を僕の真っ白な肌に押しつける。ジュっという小さな音がして、僕は悶える。しかしそれは熱くも冷たくもなく、ましてや痛くもなかった。スーパーカーが時速300kmで目の前を閃光のように駆けていくのに少しばかり似ている。羽虫っぽい小さな光が辺りを舞い、それが消えてしまうころにはもう儀式は終わっていた。
「どうだった?」
ニヤニヤしながらトーマが尋ねる。
「意外とへーきだった」
「嘘つけ」
「いや、ほんとに」
トーマはこれに納得がいかないらしかった。難しい顔をしたと思うと、切なげに目を細めて煙草を吸った。
それから「もう一回だな」と、言った。
究極のS。サディスティックの極み。
でも僕の方としても意外と苦しくないことを知って、無表情にそれを済ました。トーマはまたそれが気に食わなかったみたいで、灰皿に煙草の先端をくっつけて余分な灰を削り、僕の手首をがっしりと握ってじっくりと時間をかけて煙草の先端を押しつけた。
ジュっ。ジュジュジュっ。
僕はこのとき初めて恍惚感というものを知った。際限なく自我が深まり、景色の端には神々しい光が見える。大げさに聴こえるかもしれないが、全て本当のことだ。たぶん僕はトーマとは正反対の、つまり究極のMなのだろう。
ただしこれほどまでの恍惚を味わったのはこれが最初で最後だった。トーマはこの事件があってから僕とは遊ばなくなったし、学校ですれ違っても他人のふりをしているようだった。でもそれはそうだ。世の中にはすべからくして需要と供給というものがある。
僕の方はと言えば、それ以降「北斗の拳」を読んでは胸に七つの焼け跡を残していたりする。
危険因子はまだまだ僕の瞳の奥でくるりくるりと活動を続けているのだった。