第四章 夢の内側
その夜、一色は夢を見た。
眠った記憶は、はっきりしている。
目を閉じて、開けたら、そこにいた。
場所は分からない。
でも、怖くはなかった。
足元は安定していて、
空気も澄んでいる。
——ここは、ちゃんとしている。
そんな感覚が、最初にあった。
前方に、道がある。
一本道ではない。
左右に、いくつも分かれている。
どれも、
同じくらいの距離で、
同じくらいの明るさだった。
選べと言われている気はしない。
でも、
選べる状態に置かれていることは分かる。
「迷ってる?」
声がした。
すぐ後ろでも、
遠くでもない。
一色は振り返らなかった。
振り返る必要がない気がした。
「別に」
そう答えると、
声は楽しそうに笑った。
「うん。そうだね。
だって、どれを選んでもいいんだもの」
一色は、
その言葉に引っかかりを覚えた。
どれを選んでもいい、というのは、
責任がない、という意味ではない。
選んだこと自体が、正しくなる
そういう響きだった。
「正しい道、知りたい?」
声は、
問いかけるというより、
贈り物みたいに言った。
一色は、
少し考えてから答えた。
「……知りたい」
嘘じゃなかった。
正しくありたい。
間違っているなら、
ちゃんと間違っていると言いたい。
声は、
満足そうに息をついた。
「じゃあ、あげる」
その瞬間、
視界が変わる。
道の一つが、
わずかに明るくなる。
他よりも、
ほんの少しだけ。
でも、
無視できない差だった。
「ほら。
これが、あなたの選択肢」
一色は、
その道を見て、
胸の奥が軽くなるのを感じた。
——間違えなくていい。
——迷わなくていい。
そう言われている気がした。
頭上に、
何かが触れる感覚がある。
重くはない。
冷たくもない。
ただ、
在る。
王冠、という言葉が、
一色の中に浮かぶ。
でも、
戴いている感じはしなかった。
置かれているだけだ。
まだ、夢の中に。
「戦わなくていいよ」
声は、
優しく言った。
「あなたは、
正しいことを選ぶだけでいい」
一色は、
それに疑問を抱かなかった。
戦っているつもりは、
最初からなかった。
ただ、
守りたかっただけだ。
誰かを。
あるいは、
自分の信じたものを。
道を一つ、選ぶ。
足元が、
静かに確定する。
その瞬間、
背中のどこかが、
ほんの少しだけ、削れた。
でも、
痛みはなかった。
気づかなかった、と言ってもいい。
目が覚めたとき、
朝だった。
一色は、
いつも通り制服に着替える。
体は軽い。
頭も冴えている。
ただ、
昨日より少しだけ、 迷わなくなっていた。
それが、
どれほど危険な変化かを、
一色はまだ知らない。
王冠は、
まだ夢の中にある。
けれど、
重さだけは、
確かに残っていた。




