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第二十章 観測者と王冠

 床は、平らだった。

 色も、影も、方向もない。


 一色は、立っている。


 待つという行為だけが、

 身体から切り離され、

 どこか別の場所に置かれたあとだった。


 遠くに、

 王冠がある。


 被るための高さではない。

 だが、

 見失うこともできない。


「きれいでしょう」


 声がした。


 ルシェラは、

 境目に腰を下ろしている。


 笑ってはいない。

 だが、退屈そうでもない。


「正しい形よ。

 約束を守る人間の完成形」


 一色は、

 視線を逸らさない。


「……俺は、

 待ってた」


「ええ、知ってる」


 ルシェラは軽く頷く。


「だから置いたの。

 あなたの“正解”を、

 先に世界へ」


 一色は、

 歯を噛みしめる。


「ふざけるな」


「ふざけてないわ」


 ルシェラは肩をすくめる。


「あなたは選んだ。

 私は祝福した。

 それだけ」


 一色は、

 拳を握る。


「選んだのは俺だ。

 誰かを削るつもりなんて——」


「なかった?」


 ルシェラが遮る。


「でも削れた」


 一色は、

 言葉を失う。


 そのとき、

 足音がした。


 七村が、

 いつの間にかそこに立っている。


 いつも通りの距離。

 踏み込まない立ち位置。


「……お前」


 一色は、

 声を荒げる。


「お前、分かってたんだろ」


 七村は、

 少し首を傾ける。


「何を」


「こうなるってことだよ!」


 一色は一歩踏み出す。


「俺が待つって決めたら、

 こうなるって!」


「起きうる形の一つではあった」


 七村は、

 淡々と答える。


 一色の声が強くなる。


「“一つ”で済ませるな!

 俺は全部賭けたんだぞ!」


 ルシェラが、

 楽しそうに口を挟む。


「だって、

 彼は観測者でしょう?」


 七村は、

 即座に首を振る。


「違う」


「否定するのね?」


「してないからな」


 ルシェラは笑う。


「見えていたくせに」


「気づいただけだ」


 七村は続ける。


「でも、

 数えなかった。

 名前もつけなかった」


「それを観測者って呼ぶのよ」


 ルシェラの声は軽い。


 一色が、

 七村を睨む。


「だったら、

 なんで止めなかった!」


 七村は、

 一瞬だけ黙る。


 そして——

 一歩、踏み込んでしまう。


「……もし」


 その声に、

 ルシェラの笑みが止まる。


「もし俺が、

 あそこで観測していたら」


 空気が沈む。


「北藪は、

 “二人”じゃなくなってた」


 一色が息を呑む。


「姉か妹か、

 どちらかに固定される。

 もう一方は、

 最初から存在しなかったことになる」


 七村は、

 視線を逸らさない。


「死んだ、で済ませられる方と、

 生きていたことを

 説明され続ける方に分かれる」


 ルシェラは、

 初めて口を閉じた。


「それでも、

 俺はやらなかった」


 七村は言う。


「勇気じゃない。

 臆病だ」


 一色は、

 拳を震わせる。


「……じゃあ俺は何だ」


 声が荒れる。


「正しかったのに、

 全部、

 無駄だったのかよ!」


「無駄じゃない」


 七村は即答する。


「届かなかっただけだ」


 一色は、

 苦しそうに笑う。


「それが一番きついんだよ」


 ルシェラが、

 静かに立ち上がる。


「面白いわね」


 声に、嘲笑はない。


「世界を終わらせられる人と、

 世界を削る人が、

 同じ場所に立ってる」


 王冠が、

 淡く光る。


 一色は、

 それを見て、

 初めて分かる。


「……俺は、

 被ってたんだな」


「ええ」


 ルシェラは答える。


「自覚のないまま」


 一色は、

 目を閉じる。


「次は?」


 七村に向かって言う。


「次は、

 まだ決まってない」


 七村は答える。


「決めなければ、

 始まらない」


 一色は、

 王冠から視線を外す。


「……だったら」


 小さく息を吐く。


「次は、

 俺が“見ない側”に回る」


 七村は、

 何も言わない。


 肯定もしない。

 否定もしない。


 それで、

 十分だった。


 王冠は、

 まだそこにある。


 だが、

 被られることはなかった。

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