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第十九章 魔女の間

 床は、どこまでも平らだった。


 色も、影も、方向もない。

 立っている感覚だけが、

 辛うじて残っている。


 一色は、

 動こうとして、やめた。


 動く必要がない。


 待つ、

 という行為が、

 ここでは意味を持たなかった。


 遠くに、

 王冠がある。


 触れられる距離ではない。

 でも、

 見失うこともない。


 それは、

 被るためのものではなかった。


 置かれているだけだ。


 ——ああ。


 一色は、

 ようやく分かる。


 改札で見えた自分は、

 ここに来る前の自分ではない。


 ここに来たあとの、

 役割だった。


 待つという選択。

 守るという姿勢。

 正しい位置に立つ、という完成形。


 それらは、

 すでに世界に渡されていた。


 だから、

 自分はここにいる。


 誰かに引きずり込まれたのではない。

 選ばされたのでもない。


 先に、置いてしまったのだ。


 足元を見る。


 影はない。


 影になるはずだったものは、

 改札の前に残っている。


 声を出した。


 届かないと分かっていても。


「……俺は、待ってた」


 返事はない。


 否定もない。


 肯定もない。


 魔女の間は、

 事実だけを返す場所だった。


 ——待っていた。


 それは、

 間違いじゃない。


 ただ、

 ここで使える事実ではなかった。


 王冠が、

 わずかに光る。


 祝福の名を、

 一色は思い出さない。


 思い出す必要が、

 もうなかった。


 祝福は、

 与え続ける。


 選択肢を。

 正しさを。

 完成した像を。


 そのどれもが、

 人を前に進ませる。


 同時に、

 削る。


 ここに来て初めて、

 一色は理解した。


 自分は、

 戦っていたつもりがなかった。


 けれど、

 一番人を削る位置に、

 自分は立っていた。


 改札の音を、

 思い出す。


 いつもと同じ音。

 日常の音。


 あの音が鳴った瞬間、

 世界は確定した。


 自分のいない場所で。


 一色は、

 目を閉じる。


 王冠は、

 まだ夢の中にある。


 だが、

 もう被らない。


 被らなくても、

 選択は残る。


 遅れて、

 遅すぎる形で。


 魔女の間は、

 何も言わない。


 ただ、

 一色が理解したまま立っていることを、

 許している。


 ——観測は、

 禁止されていなかった。


 だが、

 固定は、罠だった。


 一色は、

 その場に立つ。


 待つことも、

 追うこともせず。


 ここから先は、

 まだ、決まっていない。


 それだけが、

 残された自由だった。

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