第一章 一色
全校集会で、事故の話があった。
北藪夏乃が亡くなった、と校長は言った。
淡々とした声だった。言葉の選び方も、順序も、間違っていなかった。
それでも、体育館の空気は少しだけ重くなった。
一色は、その「少し」が気になった。
人が死んだのだ。
同じ学校に通っていた生徒が、昨日まで生きていた人間が。
それなのに、重さは一瞬で整えられてしまった。
泣く声は小さく、
ざわめきはすぐに抑えられ、
誰もが前を向いていた。
一色も前を向いていた。
向いたまま、動けなかった。
北藪という名前が告げられた瞬間、
胸の奥で、何かがはっきりと終わった感覚があった。
——ああ。
言葉にならないまま、理解してしまう。
好きだったのだ、と。
特別な関係があったわけではない。
話した回数も、数えるほどだ。
それでも、教室で姿を見つけるたび、
無意識に安心していた。
同じ空間にいることを、
当たり前だと思っていた。
それが、もうない。
告白もしないまま、
何も始まらないまま、
勝手に終わった。
——さよなら、俺の青春。
一色は、心の中でそう呟いて、
それでも納得できなかった。
終わり方が、あまりにも静かすぎたからだ。
全校集会が終わり、
生徒たちは体育館を出ていく。
誰かが言った。
「事故なら仕方ないよな」
別の誰かが、
「授業なくなるなら助かるけど」と笑った。
一色は、その声を背中で聞きながら、
胸の奥が冷えていくのを感じていた。
教室に戻ると、
空気はもう日常に戻っていた。
「北藪の席、空いてんな」
「ノートどうすんの?」
軽い声。
悪意のない言葉。
一色は、机に手をついた。
「……やめろよ」
自分でも驚くほど、
声はまっすぐ出た。
「は?」
「何が?」
「今、その話必要か?」
一色は立ち上がらなかった。
ただ、視線を逸らさなかった。
「死んだんだぞ」
教室が一瞬、静かになる。
「だから何だよ」
「事故だろ」
一色の中で、
何かが決まった。
——黙れない。
「関係ねえみたいに言うな」
声が強くなるのを、
止められなかった。
「人が死んだんだ。
それを、そんなふうに消費すんな」
「重すぎだって」
「真面目すぎ」
笑いが起きる。
一色は、その笑いを見て、
はっきりと思った。
——ここでは、俺のほうが異物なんだ。
それでも、
引く気にはなれなかった。
引いたら、
北藪の名前が、
本当にただの話題になる気がした。
チャイムが鳴り、
教師が入ってくる。
教室は強制的に整えられ、
会話は途切れた。
一色はノートを開いたまま、
何も書けずにいた。
正しかったかどうかは分からない。
でも、
言わなければよかったとは思えなかった。
放課後、
一色は一人で校舎を出た。
夕方の空気は、
昼間よりも静かだった。
——静かすぎる。
胸の奥に残った違和感を抱えたまま、
一色は帰り道を歩き出す。
このあと、
自分が“選ばされる側”に立つことを、
まだ知らないまま。




