第十四章 前夜
夜は、いつもより遅く来た気がした。
一色は、時計を見ない。
見れば、
前夜だと分かってしまう。
分かってしまえば、
何かを考えなければならない。
考える必要は、
もうないはずだった。
夕食を済ませ、
部屋に戻る。
机の上は片付いている。
やるべきことは、
すでに終わっていた。
終わっていないのは、
待つという選択だけだ。
スマートフォンが、
手の中で重い。
連絡は来ていない。
来ないことも、
分かっている。
約束は、
確認し合う種類のものではなかった。
守るか、
守られないか。
それだけだ。
窓を開ける。
夜の空気が入ってきて、
部屋の輪郭が少しだけ変わる。
遠くで、
電車の音がした。
一色は、
それがどの路線かを
考えないようにする。
考えれば、
場所が具体になる。
具体になれば、
想像が始まる。
想像は、
観測に近い。
それを、
今はしたくなかった。
ベッドに腰を下ろす。
眠れるかどうかは、
問題ではない。
朝は来る。
来てしまう。
それだけは、
どんな正しさでも
止められない。
一色は、
旧校舎の廊下を思い出す。
振り返らない背中。
距離を詰めなかった時間。
謝罪の声。
「ごめん」
あの言葉は、
正しかったのだろうか。
答えは、
もう出ない。
出ないから、
約束が残っている。
時計の針が進む。
見ていないのに、
分かる。
前夜になった。
一色は、
布団に横になる。
目を閉じる。
夢は、
見ない。
けれど、
眠りに落ちる直前、
ひとつだけ思う。
——明日、
自分は
待っている。
それが、
誰のためなのか。
何のためなのか。
考えない。
考えなくても、
体は
その場所へ向かうだろう。
前夜は、
静かだった。
あまりにも静かで、
何も起きないまま
壊れてしまいそうな夜だった。




