第一話:辞表とブラックホールと目玉焼き~クソ上司より魔王の方がマシだった件~
朝7時。目覚ましは鳴る前に、目が覚めた。
今日が「人生最後の出勤日」だと思うと、体が軽い。
心が、晴れている。というか――もう、何も感じない。
「佐藤! おまえ昨日の報告、3行抜けてたぞ! クライアントにどう説明する気だ!?」
昨日の上司の怒鳴り声が脳内でリピート再生される。
おまけに定時後の修正作業を“やる気が足りない”の一言で片づけられた時、俺の中の何かが完全に切れた。
入社して8年。誰よりも働いた。残業は月100時間超え。休みは年に数日。
褒められたことは、ゼロだ。
辞表をプリントアウトして、スーツの内ポケットに入れる。
電車に乗らず、会社の正門前にだけ行って、手紙をポストに放り込んだ。
「さようなら、俺の青春と腱鞘炎。」
ふらっと立ち寄った公園のベンチに腰を下ろすと、空に黒い穴が開いていた。
「……ん?」
グゴゴゴ……という重低音とともに、穴が俺の真上に広がる。
風が逆さに流れ、木の葉が空へ舞う。俺のスーツも、ネクタイも、鞄も、何もかもが――
気づけば、地面がなかった。
◆
「……目が、覚めたか?」
そこは、石造りの城だった。壁には松明、香ばしいパンの匂い、甲冑の騎士。
目の前には……角が生えた、赤いドレス姿の美女がいた。
「おまえ、人間か? なら聞こう。評価の力を持っているか?」
「……は?」
「食べ物でも、場所でも、人でも。目で見て、感じて、言葉で“価値”を伝えられる能力。貴様のそれ、我が軍に必要だ」
俺はポカンとしたまま答えた。
「……あー、一応、元・レビューサイトの運営でしたけど?」
魔王が微笑んだ。
「ならば貴様の仕事はただひとつ。“この世界のすべてをレビューせよ”。対価は――この城まるごとやる」
「この城、俺にくれるって……マジですか?」
自分の言葉に、自分で驚いた。けど、魔王は真顔でうなずいた。
「食堂の評価が3.2。風呂が2.8。従業員満足度に至っては1.1。我が軍のイメージは地に落ちている」
「え、魔王軍って“口コミ”あるの……?」
「ある。世界最大級の評価アプリ《Re:ViEw》だ。貴様、そこにログインせよ」
目の前に、スマホのような透明な板が出現した。自動的にアカウントが生成され、職業欄にはこう記されていた。
> 【職業】神級レビュアー
> 【スキル】共感力(★5)/誇張表現無効/辛口コメント耐性MAX
「うわ、異世界仕様のSNSって感じだな……」
「貴様の任務は明確だ。“魔王軍の評価を平均★4.5以上にせよ”。できなければ、地獄行きだ」
「はいそれ地味にプレッシャーでかいやつー!」
◆
最初の任務は“魔王軍の社員食堂”だった。
黒いローブのコックが、無表情で差し出してきたのは……目玉焼き。
「……なにこれ、全部生?」
「我らは火を恐れる一族ゆえ」
「知らんがな!」
とりあえずフォークで突いてみた。黄身がとろりと溶け出し、白身はプルンプルン。……これはこれで、映えそう。
《レビュー入力:見た目★★★☆☆/味★★☆☆☆/食中毒リスク★★★★★》
「うん、これは評価……厳しいですね……」
その瞬間、食堂の天井から“評価爆弾”が降ってきた。
「えっ!?」
「評価が★3以下だと爆撃される。ルールだ」
「クソッ、やっぱクソ上司より魔王の方がマシだったかもしれんけど、ヤバさの方向性が違う……!」
こうして俺の、異世界レビュー人生が始まった。
【読んでいただきありがとうございます!】
異世界レビュー生活、今回もお楽しみいただけましたか?
「現実もこうならいいのに」と思ってしまう方、大歓迎です(笑)
お気に入り・ブクマ・評価・感想など、いただけると魔王がガッツポーズします。
次回もまた、異世界の“ちょっと変わった日常”をレビューしていきますので、
どうぞお楽しみに!