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この顔が誰のものか君は知らない  作者: 水鷺ケイ
第一章:もう返せなくなった”顔”
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第八話 星なき夜に火を灯す

静かな夜ほど、恐ろしいものはない。


今回は、戦わずして守る者の物語。

火と音と光。

一時しのぎかもしれないが、それでも誰かの明日をつなぐために。


非力な者が取れる手段は、知恵と勇気だけだ。

その小さな灯が、暗い夜を照らすことを願って──。

話を終えた俺は、村長に一歩踏み出すような口調で言った。


「これは、本来ならAランク相当の討伐依頼だ。シャイニックが人里に降りてきたとなれば、家畜だけでは済まない。次は人が襲われる。……本来ならギルドに報告し、増援を待つべきだ」


言いながら、俺は村の様子を一瞥する。疲弊した村人たち、ろくに武器も持たない見張り、静まり返った畑と納屋。


「だが、その時間がもう残っていない」


村長のマルクは黙って俺の言葉を聞いていたが、やがてゆっくりと顎を引いた。


「……つまり、俺たちで何とかしろと?」


「ここで止めなければ、次は誰かが死ぬ。夜を迎える前に、備えが必要だ」


マルクは深く息をついたあと、納屋の扉を開け、隣の若者に何かを指示した。


「リューク、男たちを集めろ。集会所だ。今すぐだ」


「はい!」


リュークが走り去り、村の奥へと消える。


日は傾き、あたりは夕闇に包まれ始めていた。風の流れが止まり、あたりの静けさが際立つ。


俺は腰の装備を確認しながら、これから始まる長い夜に備えた。



集会所には、村の男たちが十数人ほど集まっていた。

皆、不安げな表情を浮かべながらも、村長の呼びかけに応じているあたり、状況の切迫を理解しているらしい。


俺は、火のそばに立ち、口を開いた。


「今夜、シャイニックが再び現れる可能性が高い。これまでと同じように家畜を狙うだろう。そこで、まず一つ提案がある」


男たちの視線がこちらに集まる。


「家畜を、夜間はすべて屋内に閉じ込める必要がある。幸い、今は使われていない納屋が一棟あると聞いた。それを改装して使えるようにしてくれ。できるだけ匂いも漏らさず、音も遮る構造が望ましい。囲いではなく、屋内に。これが短期的な被害を防ぐ鍵になる」


 「今夜、今からでもできる準備を始めてほしい。材料と人手を分けて、最低限、囲える場所を作ってくれ。完全な建築である必要はない。まずは閉じ込める場所が要る」


村長がうなずくと、何人かが頷き返した。


「それと、シャイニックが嫌がるものをいくつか仕掛ける。火、反射光、金属音……繰り返せば警戒されなくなるが、今はとにかく“ここは危険だ”と思わせることが大事だ」


それらの仕掛けは、村人たちに任せられる。俺はその間に別のことをする必要があった。


「このままでは、同じことが繰り返される。……そしてもう一つ、これは言っておくべきだと思う」


俺はひと呼吸おいて、続けた。


「村の綿花栽培が、川の水を必要としているのは理解してる。だが、その引き水によって下流の水辺が干上がった。その影響で、シャイニックだけじゃなく、他の獣たちも居場所を失ってる」


ざわつきが広がる。


「……水を引いたせいで、魔物が来たってのか?」


ぽつりと誰かが呟いた。


「そんな……だって、畑を広げたのは、村のためで……」


「まさかそれが仇になるとはな……」


「今のまま栽培を拡大し続ければ、野生動物はさらに減る。……緑も、土も、水も。俺はやめろとは言わない。ただ、ここで踏みとどまらなければ、本当に何も残らなくなる」


しばしの沈黙のあと、村長が重い口を開いた。


「……分かった。踏みとどまろう。この村の未来を、俺たちで守るために、だ」


その言葉に、数人の男が静かにうなずく。


俺は視線を村人たちに戻した。


「だから俺は、明日、森へ調査に出る。他の獣たちがどこへ行ったかを調べる」


ざわめきが広がる中、俺は静かに続けた。


「そして、新しい獲物のいる場所が見つかれば、俺が囮となってシャイニックをそこまで誘導する。そうすれば、ここを狩場と見なさなくなる可能性がある」


「囮って……どうやって?」


質問に、俺は短く答えた。


「俺にはその手段がある。心配はいらない」


(擬態の力を明かすわけにはいかない。ここでは“俺にしかできない方法”として通すしかない。囮の獲物に“なりきる”……それだけだ)


説明を終えると、室内には沈黙が降りた。

だが、その沈黙の中に、決意と責任の気配が漂っている。

こうして、俺と村は、夜明けに向けて動き出した。


集会が終わると、村人たちはそれぞれの役割を果たすために散っていった。

残り少ない家畜たちは、できるだけ人の目が届く場所へと移された。納屋の裏手や村の中心部に即席の囲いが作られ、複数人の目が届く場所にまとめられていく。鳴き声が外に漏れないよう、布や干し草で隙間を塞ぐ者もいた。火を焚き、古布と金属を集め、納屋の裏では、かつて解体された柵の残材や古い棚板が集められ、釘や縄を使って納屋の補強が始まった。


俺もまた、一人で村の周囲を歩きながら、火の配置や見張りの位置を確認していく。

風が止み、空気が重たく感じられる夜だ。

静寂の中に張り詰めた気配が混じる。


(来るか……いや、来るだろう)


夜は長い。だが、少なくとも今夜は、生き延びる準備をした。

それだけでも、この村の明日は変わるはずだ。

俺は空を見上げ、星のない夜の下、静かに息を吐いた。

第八話、お読みいただきありがとうございました。


「星なき夜に火を灯す」は、主人公が初めて“誰かと協力して守る”選択をする話でもあります。


短期的な対応しかできない状況で、どこまで踏み込めるのか。


シャイニックという存在は脅威であると同時に、生きるために狩場を求めただけの存在でもあります。


彼の選択が、この村にとっても、自分自身にとってもどんな意味を持つのか──次話に続きます。


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