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この顔が誰のものか君は知らない  作者: 水鷺ケイ
第二章「偽りの残響」
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第三十五話 この夜に終止符を

夜が完全に降りていた。


街灯の灯りが届かぬ川沿いの土道を、リオは足音を殺しながら進んでいた。


追跡してきた馬車の列。そのうちの一台が、裏手の崖沿いに姿を消していた。


積荷の音、車輪の揺れ、そして不自然な空間の間──それらの微細な違和感をつなぎ合わせ、リオは“地下施設”の存在を確信していた。


地面に手をあて、耳を澄ます。


──振動。


確かに、何かが動いている。


通気のためのわずかな隙間、川の湿気を帯びた空気の流れ、そのすべてが“何か”があることを物語っている。


そのとき、小走りに近づく足音。


振り返ると、ミオ、セラ、そしてライネルが現れた。


ライネルは肩に小ぶりな袋を下げ、素早く周囲を見渡す。


「裏手には監視らしき人影なし。搬出に使われた痕跡は確かにあるが、今は動きはない」


「よし、情報は十分だ。あとは中を確かめるだけだな」


リオの言葉に、ライネルは無言で頷いた。


「見つけたの?」


ミオが息を整えながら問いかける。


「……ああ。ここに、何かがある」


リオはそう言って、足元の土を蹴った。


「隠された搬入口か、あるいは地下通路の出入り口だ。警備も薄い。今なら、入れる」


「じゃあ、合図を送ってギルドに──」


セラが言いかけた瞬間、リオは小さく首を振った。


「連絡は後でもできる。魔道具は持たされてる。今は中を確かめたい」


その言葉に、ミオがわずかに目を見開いた。


「……じゃあ、私も行く」


「私はどうする?」


「ここで待機して。誰かが出てきたら合図を。あと、外から出入り口を封じる準備も頼む」


セラは一拍の後、頷いた。


「俺も残る」


ライネルが短く言い添えた。


「セラを一人にするのは危険だ。ここで二手に分かれて警戒したほうがいい」


リオは彼の判断を受け入れるようにうなずいた。


セラがリオたちに向かって微笑む。


「わかった。気をつけて……お互いにね」


リオとミオは、岩陰に隠れた小さな裂け目を潜り抜ける。そこには、想像以上に整備された“施設”の匂いがあった。


石と金属の匂い、薬品の刺激臭、そして──血の匂い。


壁に埋め込まれた導管が、淡く脈打つ光を放っている。それが人工の施設であることを、無言で証明していた。


リオは奥へと進みながら、胸の奥で静かに誓った。


──止める。この場所を、終わらせる。


ただの怒りではなく。


そこにあるのは、名もなきものたちの声なき願いを背負った、確かな意思だった。



通路の先には、いくつもの扉が並んでいた。


重厚な金属扉、観察用の小窓、そして開閉の際にわずかに鳴る機構音。


ミオは慎重に視線を巡らせ、ひとつの扉の隙間を覗いた。


「……ここ、中に誰かいる」


小さく囁いた声に、リオも覗き込む。


そこには、無表情のまま並ばされる数人の若者の姿があった。


目に光はなく、命の気配も薄い。


「処置待ち……か」


リオは低く呟く。


その瞬間、一人の少年が機械的に振り返った。表情は空白のまま。


警報を鳴らすのではなく、まるで“呼吸するように反応する”訓練を受けた反射。


「来るぞ」


リオは即座に扉を押し開き、中へ踏み込む。ミオも続く。


扉の奥では、異変に気づいた職員数名が浮き足立っていた。


そのうちの一人が魔道具に手を伸ばした瞬間、リオの目が鋭く光った。


「……飛べ」


リオの口から短く声が漏れた次の瞬間、小さな風の渦が彼の足元から巻き上がった。


《風牙のレミュール》──細身で灰色の体毛を持つ四足獣型モンスター。その特性は、風を纏い、物体を吹き飛ばす鋭利な圧風を生むこと。


リオはかつてそのモンスターの姿を擬態し、その特性を得ていた。


手をかざすと、魔道具を狙って放たれた風圧が鋭く職員の腕を打ち、魔道具を吹き飛ばす。


職員が呻き声を上げるよりも早く、ミオが横に並び、リオと背中を預け合うように構える。


「騒ぐな。俺たちは……止めに来た」


「いまさら“無かったこと”にはさせない」


その言葉に、職員たちは戸惑いと恐怖の入り混じった表情を浮かべる。


部屋の空気が変わった。


そのとき、通路の奥から硬い足音がひとつ、響いた。


現れたのは、白衣をまとった壮年の男だった。


年齢は五十代ほど、髪は整えられていたが、どこか感情のない瞳が印象的だった。


男は足を止めると、ミオたちを一瞥し、静かに眉をひそめた。


「誰かと思えば……見慣れぬ顔だな」


敵意も警戒も滲ませず、まるで“それすらも想定内”といった態度だった。


リオは一歩前に出る。


「これ以上、人を弄ぶな。ここで終わらせる」


男は眉をわずかに上げたが、それ以上は何も言わなかった。



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