第三十話 交錯する探り手
リオが通気口の探索を続けていたその夜、他の仲間たちもそれぞれの役割を果たしていた。
ライネルは、かつての鉱業で栄えた街の名残を探るべく、夜間も灯りが絶えない裏市場へと足を運んでいた。彼は、街で流通している鍛冶用の素材や器具が、実際には何に使われているのかに着目していた。派手な装飾が施された露店の奥、決して表には出ない密売業者が囁く情報を拾い集め、通気口に隠された物資との関連を探っていた。また、露天の一角で流通していた魔道具の中には、規制対象となるべき代物が含まれていたことも確認し、いよいよこの街の裏事情が本格的に関わっていると確信を深めた。さらに彼は、街の商会の一部が、かつて鉱山で使用されていた物資と現在の物流をすり替えている可能性に気づき、取引記録の断片を入手することにも成功していた。
セラは、宿の周囲を巡回しつつ、不審な人物の動きを観察していた。彼女は以前に発見した奇妙な印──路地裏の壁に残された傷跡や、石畳に結ばれた赤い布片が、何かの合図であると察していた。さらに調査を進めた彼女は、一定間隔でその布が配置されていること、そしてそれが夜間に特定の人物たちによって確認・更新されている様子を目撃する。これが何らかの隠密行動の経路や合図である可能性が高いと判断し、詳細な記録を取った。さらに彼女は、布を辿った先にある古びた倉庫にて、夜間に出入りする一団を目撃。彼らが特定の合図で中へ入っていく様子を確認し、その動線を地図に描き記した。
ミオは、情報収集の名目で夜の歓楽街に潜入していた。娼館で働く者たちにそれとなく話を振り、客の中に不審な人物がいないかを探る。そこで彼女は、以前ローデンで逮捕された組織の構成員と同じ刺青を持つ男が、この街にも現れていたという噂を聞きつける。男が頻繁に通っているという倉庫街の情報を得たミオは、その倉庫の周辺に昼夜を問わず怪しい荷の出入りがあること、そして警備が過剰に強化されていることから、そこに何らかの拠点が存在する可能性が高いと睨んだ。さらには、その男がある時間帯だけ行動を共にする別の男の存在にも着目し、その人物が他の情報網とどう関係しているか、裏を取るための準備も進めていた。
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通気口を抜けたリオは、さらに地下の構造を奥へと進んでいた。
途中で遭遇した監視員の警戒に神経を張り詰めつつも、彼は進行方向の壁に取りつけられた鉄製の扉を発見する。
扉の前には古びた鍵がかけられていたが、腐食が進んでおり、簡単な工具で解除できる程度のものだった。
扉の先はさらに広い空間だった。そこには、整然と積まれた物資の山──食糧、薬草、鍛冶道具に加え、箱の奥には奴隷売買の記録と思しき帳簿と、王都では禁止されている種類の魔道具が保管されていた。
さらに、帳簿には『東門経由/G連邦向け』という記述と、運び手の名前、日時、配達先と思しき地名がびっしりと書き込まれていた。
──確実な証拠。
リオは慎重にその一部を切り取って懐に収めると、足音を殺して来た道を戻った。
宿へ戻る頃には、深夜の静寂が街を包んでいた。
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仲間たちはすでに宿で合流しており、リオの帰還とともに情報を持ち寄った。
ライネルは裏市場で仕入れた物資の流通ルートの地図と、違法魔道具の流通経路を、
セラは不審な合図の位置を記録した地図と、そのパターンの傾向を、
ミオは刺青の情報と倉庫街の目撃情報、そして関係者と目される人物の行動パターンを──。
そして、リオは手に入れた帳簿と、その場所の構造を図に起こして見せた。
それぞれの断片が繋がり始め、街の地下に広がる密輸と奴隷流通の闇が、次第に輪郭を帯びてきた。
「ここから先は……確実に、表に出せない情報になる」
ライネルの低い声に、全員が頷いた。
「ヴァルモスで何が行われているか、明日には決定的な証拠を押さえたい」
セラは指で地図をなぞりながら、今夜の調査の余韻を反芻していた。「この布のルート、裏市場と倉庫街の間を縫うように続いてる。次は、両者の接点を見つける必要があるわ」
「俺はその倉庫、昼間に見てくる。職人を装えば紛れ込めるかもしれない」ライネルが立ち上がる。
「じゃあ、私は娼館の女の子にそれとなく聞いてみるわ。あの刺青の男がいつ来てるのか、もっと詳しく調べられる」ミオが笑って応じた。
「……じゃあ俺は、通気口のさらに奥を探ってみる。あの扉の先に、まだ何かある気がする」リオの静かな声に、全員の視線が集まる。
それぞれが自分の役割を確認し合いながら、次なる行動に備えて短い休息を取ることとなった。
リオは寝台の上で目を閉じながらも、思考だけはまだ、地下の奥に残っていた。




