第二十七話 沈黙する商都
午前。曇り空の下、ヴァルモスの街は活気の影に潜む静けさを湛えていた。
宿の一室では、仲間たちがそれぞれの任務へと散っていったあと、リオだけが荷をまとめて静かに立ち上がる。
「……さて。俺も、俺にできる調査をしてくるとしよう」
ギルド発行の偽の紹介状を懐に忍ばせ、街へと繰り出す。
まず足を向けたのは、街の中央広場にある掲示板だった。冒険者向けの求人や、都市部の人材を募る張り紙が所狭しと貼られている中、一枚の紙がリオの目に留まった。
“倉庫街・D区画短期労働募集(紹介制)”
報酬は相場より高め。しかしその分、詳細な条件が伏せられており、記載された連絡先はギルドでも商会でもなく、個人名義だった。
「紹介制……か」
つぶやくリオの背後で、通りがかった男たちがひそひそ声を交わしているのが聞こえる。
「またD区画だろ? あそこ、普通の積み下ろしじゃねぇって話だぜ」
「黙っとけって。耳がついてんのは人間だけじゃねえ」
言葉の端に、かすかな恐怖が滲んでいた。
リオは何気ない素振りで掲示板を離れ、次に向かったのは宿屋の裏路地にある地元民の憩いの場――小さな酒場だった。
昼前で客は少なく、老齢の店主が一人でカウンターに立っていた。
「よう、旅の方かい。呑むにはまだ早いが……何かいるかい?」
「あぁ、エールをくれ」
エールにしては高い硬貨をカウンターにスッと滑らせた。店主はリオの目を睨む。一拍間を置いて、その硬貨を懐に入れた。
「あんまり面倒ごとはよしてくれよ」
「話が早くて助かる」
街の様子はローデンに比べて明らかに不自然だ。かつてヴァルモスは鉱業と交易で栄えたが、いまではその大半が衰退し、表向きの繁栄だけが残されているという。行き交う人は誰もがどこか閉鎖的で、活気が感じられない。商人たちの顔ぶれもどこか後ろ暗い雰囲気があり、貴族の名が出ると皆一様に口を噤む。
「──っとまぁ今は”正義は消される”ってのが、この街の共通認識みたいなもんさ」
グラスを拭きながらそう語った店主の目は、どこか遠くを見ていた。
その足で、リオはヴァルモスのギルド支部を訪れた。
表向きは通常業務を装っているが、職員たちの態度はどこかぎこちない。受付に並ぶ書類の中に、明らかに使用されていない依頼書が挟まれており、名前の欄には見覚えのある商会の名が複数並んでいた。
「このあたり、少し込み入ってるようですね」
受付の若い職員に声をかけると、一瞬だけ目が泳ぎ、すぐに笑みで取り繕われる。
「ええ、まあ……年度末ですから」
それ以上の追及は避け、リオは静かにギルドを後にした。
最後に向かったのは、街の裏路地。路面の石が一部崩れた、人目につきにくい場所だ。
ここで、ギルド職員の服を着た男が、不自然に鋭利な短剣を腰に下げて歩いているのを目撃する。
(……どう見ても、倉庫番の装備じゃない)
リオは尾行する素振りは見せず、距離を保ちながら様子を伺う。
男は小さな扉の奥に消えた。扉には“私有地・立入禁止”の札が掲げられているが、鍵もなく、扉の縁には何度も開け閉めされた痕がある。
リオは壁際に身を寄せながら、地面に残るわずかな足跡を観察する。
(……あそこは、調べる価値がありそうだ)
小さく息を吐いてから、その場を後にした。
夕刻。宿へ戻ったリオは、他の仲間が戻る前に記録をまとめながら、静かに考えを巡らせていた。
夕方、陽が傾きはじめた頃、仲間たちが宿に戻ってきた。
先に部屋へ入ったのはライネルだった。疲れた表情を隠すことなく、大きく息を吐いて椅子に崩れ落ちる。
「……やっぱり、どう考えてもただの物流じゃねえな。隠してる。間違いなく」
「商会の便名、帳簿の記録、貨物ラベル。いろいろと辻褄が合わなかったわ」
セラが手帳を開きながら、淡々と報告する。
「左腕にタトゥーを入れた男を見たわ。あの施設で捕らえた連中と同じ意匠。顔は違ったけど……組織として繋がってる可能性が高い」
ミオの言葉に、室内が静まる。
リオはそれを聞きながら、自分の手元にある記録を取り出した。
「ギルドの中にも、妙な空気があった。未使用の依頼書が放置されてる。その中に、倉庫街D区画の名前がやたら多かった」
「私もそこに注目した。募集内容が曖昧で、紹介制。個人名義。一般には知られたくない案件だわ」
「それってつまり……裏で繋がってる可能性が高いってことだよな」
ライネルが低く呟く。
「貴族の名前が出ると、地元の人間は一様に黙る。どの場所でも同じだった」
リオはそう言って、懐から小さな紙を取り出す。
「今日、裏通りで見かけた男だ。ギルド職員の服装をしていたけど、明らかに場違いな武器を帯びていた。入っていったのは、立入禁止と書かれた扉」
「……明日、そこを重点的に調べよう」
セラが決意のこもった目で言った。
「情報は揃ってきた。次は、仕掛ける段階ね」
リオは頷き、仲間たちを見渡した。
「俺たちだけじゃ手に負えないかもしれない。でも、まずは知ることだ。その上で、止める方法を探す」
部屋の空気に、確かな熱が宿った。
それぞれが感じた危機、そして怒りと焦りが、同じ方向を向き始めていた。
次回は30日月曜0時更新です




