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この顔が誰のものか君は知らない  作者: 水鷺ケイ
第二章「偽りの残響」
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第二十三話 告げぬ想い、託された道

準備は密かに、迅速に整えられた。


ギルドの裏手にある小部屋にて、リオはマーベルから偽造された身分証と、一通の封書を受け取る。部屋には古びた地図や書類が散らばり、木製の机にはインク壺と羽根ペンが乱雑に置かれていた。


「これはヴァルモスのギルド支部宛ての“配達依頼書”だ。表向きは、それを届けるだけの簡単な任務ってことになってる」


マーベルは封筒の角を指で叩きながら言った。


「……で、裏向きは?」


「街の実態調査と、奴隷売買に関する情報収集。もちろん、慎重にな」


マーベルの目は笑っていなかった。その眼差しには、単なる任務以上の緊張感が宿っていた。


そのやりとりを遮るように、部屋の扉が静かに開かれた。


「俺にも一言、言わせてもらおう」


現れたのは、ローデンのギルドマスター──ガラン・ヴォルクだった。浅黒い肌と銀髪、鋭い眼差しをたたえたその姿に、部屋の空気が一瞬引き締まる。


「君の行動力と成果は認めている。だが、今度は相手が悪い。相手を間違えれば、一瞬で命を落とすぞ」


「わかってます。……だからこそ、俺が行くんです」


リオの返答に、ガランはわずかに眉を上げた。


「そうか。ならば信じよう。君は……少なくとも、以前の“リオ”とは違う目をしている」


そして彼は、リオに向かって小さな包みを差し出した。


「その中身は、万が一の時に使え。中身は──君なら察しがつくだろう」


リオが包みを受け取ると、ガランはマーベルに軽く頷き、部屋を後にした。


その後、カイル・レヴァントが現れ、リオに小箱を差し出した。中には王家の紋章が刻まれた銀の指輪。


「万が一のためだ。これを見せれば、お前が王家の庇護下にあると証明できる」


「……できれば使いたくないな」


「そのつもりで動いてくれ。これは“最後の切り札”だ」


カイルの声もまた、いつになく硬い。その場にいた誰もが、この任務がただの潜入調査では済まないかもしれないと感じていた。


言葉少なに、それぞれの役目が確認されていく。作戦書の写し、合言葉、緊急脱出時のルート──


そして、旅立ちの直前──マーベルが再びリオを呼び止めた。


「……ずっと渡しそびれていたんだ」


小さな袋を手渡される。ずしりとした重み。中には銀のペンダントが入っていた。


「エルトール家のものだ。あんた達が襲われた現場に落ちていた。お前にとっては……まあ、いろいろ複雑だろうが」


リオは中身を確かめず、ただ静かに受け取った。ペンダントから伝わる冷たさが、過去の重みを象徴しているようだった。


「ありがとよ」


それだけ言って、リオは踵を返す。


リオは部屋を出るとき、ふとガランから渡された小包を見つめた。


(……毒薬かと思ったけど、違うな)


中から出てきたのは、金属と魔石を組み合わせた小さな円筒。表面には見慣れぬ紋様と刻印が彫られている。


「……信号弾?」


ごく小さく呟く。触れた瞬間、内部から微かな魔力の脈動が伝わってきた。どうやらこれは、魔法的に“登録された相手”にだけ位置情報を知らせるための道具のようだ。


ガラン、マーベル、そしてカイル。同行する三人の偽装隊員たちにも、事前にリンクが施されているのだろう。


緊急時、これを起動すれば──自分の位置は、確実に味方にだけ伝わる。


(……毒じゃなかったか。疑って悪かったな、ガラン)


リオはフッと笑いながら、馬車に乗りこんだ。三人に手渡された小包を膝に置いた鞄に仕舞い込む。この重みは、ただの道具の質量ではない──そう思えた。


(……任務が危険だってことは、最初からわかってた。それでも俺に預けてくれたのは……)


ガランの言葉、マーベルの視線、カイルの無言の手渡し──誰一人として多くを語らなかったが、それぞれが「生きて戻れ」と願ってくれていたのだと、今になってわかる。


(誰かが自分の無事を気にかけてくれるって、こんなにも温かいもんなんだな……)


知らず、リオは胸元で鞄を抱くように握りしめていた。その仕草は、かつて彼がどんな過去を持っていようとも、今を信じ、歩き出そうとしている証だった。



馬車は午前の陽を受けて、ローデンを出発した。


御者はギルドの職員でありながら、今は商隊の手配師という偽装を施されている。衣服も所作も完璧に染まりきっていた。


リオ以外に乗っていたのは、旅人を装った三人の男女。彼らは全員、カイル配下の部下であり、身分も服装も、全てが仕立て直されたものだ。


「初めまして。旅は長いですけど、よろしくお願いします」


と、陽気な口調で声をかけてきたのは赤毛の青年だった。名前は“ライネル”。表の身分は薬草商の見習い。人懐こい笑みが印象的だ。


他の二人もそれに倣い、簡単な挨拶を交わす。片方は口数の少ない黒髪の女性“セラ”、もうひとりは控えめな体格の男“ミオ”。セラは目つきが鋭く、ミオは所作が無駄なく整っている。明らかに素人ではない。


リオはといえば、必要以上に関わることはせず、あくまで無難な旅人として振る舞っていた。だが三人の視線や所作からは、彼らが油断なく状況を把握し、戦闘にも備えていることがわかる。仲間というより、共犯者という感覚に近かった。


「道中、野営になる可能性もありますし。私は保存食と水の調達を任されてるんです」


ライネルは笑いながら鞄を叩いた。


「香草茶と塩漬け干肉、得意なんですよ」


「……助かる」


と、リオが短く返すと、彼は満足そうに頷いた。


馬車の中では、揺れる車輪の音にまぎれて、時折小声で作戦の確認が行われる。


「街に入ったら、まずは各自で観光客として動く。必要があれば、宿で情報をすり合わせよう」


「連絡手段は──例の合言葉で」


カイルが用意した偽装身分証と簡易暗号が、それぞれに渡されていた。緊張感の漂う空気の中、それぞれの役者が役割を演じ始める。


その合間に、ミオは地図を取り出し、街の構造を共有した。


「ヴァルモスは旧市街と新市街に分かれていて、ギルド支部や商会は表向き新市街に集まってます。ただ、情報屋はたいてい旧市街側……とくにスラム寄りに多いです」


「そっちの担当、私がやりましょうか」


セラが初めて口を開いた。


「任せる。俺は一応、ギルド経由で挨拶しておく」


「じゃ、僕は観光客らしく商店街をぶらついておきます」


ライネルが手を挙げた。

その瞬間だけは、ほんのわずかに緊張が和らいだように思えた。だが油断はできない。


道中、リオはあまり口を開かなかった。代わりに風景を眺め、木々の匂いや空気の流れを感じていた。


何かが起こるわけではない。だが、確実に──核心へと近づいていた。

おじさんズに見送られるリオ…シチュ的に仕方ないんです!

次回は月曜の深夜(24日0時)更新予定です。

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