第二十二話 再び舞台へ立つ者
ギルドに呼び出される直前のリオ。
ローデンの街に、微かなざわめきが流れ始めていた。
人々がそれを「変化」として認識するには、まだ少し時間がかかる。 だが、ギルド関係者の動きが妙に多くなり、広場にいる衛兵の数が微増しているのを、観察することに長けたリオは気づいていた。
前回の騒動、”屋敷に囚われた子供たちを救出した一件”が、思った以上に大きく扱われていたことに気づいてから、彼は極力人目につかぬように過ごしていた。 もちろん、逃げ隠れるわけではない。 だが、あの件は”リオ”という名前にとって、あまりに目立ちすぎた。
だから今は、ほとぼりが冷めるまでのんびりする。 それがリオの選択だった。
宿でだらだらするほど無精でもなく、かといって仕事を求めるほど切羽詰まってもいない。 前回の報酬が当初より十数倍多く支払われたからだ。内容が内容だけに、口止め料も含まれているのだろう。彼はただ、街の片隅で、困っている人がいれば手を貸すくらいの、曖昧な存在として日々を過ごしていた。
「お兄ちゃん、ありがとう! !」
「……次から気をつけろよ」
枝にボールを引っ掛けた子供に手を貸し、重い荷物を引きずる老人に肩を貸す。 そんな日々。
そして今日も、特にやることがなかった。 そろそろ少しは働いておかないと宿主に怪しまれる。ただでさえ宿で食事を摂ってない。いつも外食してきたていで、やり過ごしている。幸い育ちのいい”リオ”の顔のおかげか、金がない冒険者とは思われてなさそうだが、いつまでもそれがまかり通るとは思わない。そろそろ拠点を移すかどうか……。
そんなこと考えながらリオは、とりあえず気楽な依頼でも探してみようとギルドを訪れた。
依頼掲示板の前には、数人の冒険者が集まっていた。 だが彼はその隙間を縫うように歩き、視線だけで内容を追っていく。 大した依頼はない。獣の駆除、荷運び、護衛依頼──どれも、今の気分には刺さらなかった。
「……ま、暇つぶしにはなるか」
その時だった。 背後から、小さな声がかかる。
「おい、リオ。こっち。……ちょっとだけ時間、いいか?」
振り返ると、そこにはマーベルがいた。
ひそひそ声だったが、その表情はいつになく真剣で──リオは少しだけ眉をひそめ、掲示板を離れて歩き出す。
目立たないようにひっそりと声をかけてくれたんだろうが、マーベルが直接声をかけてくる時点で悪目立ちしているんだがな……と好奇心の目を掻い潜る。
(どんな面倒事が待ってるんだ?)
心の声は誰にも届かない。 だがその背には、知らず知らずのうちに、誰かの期待が乗り始めていた。
*
会議室に招かれたリオを待ち受けていたのは、ギルドマスターのガラン。ローデンの衛兵長、ドラス。そして”リオ”の記憶にもない初対面の人物、精悍な御仁。──精悍な御仁であり、クラヴィス公国の紋章を胸に掲げていた。
「紹介が遅れたな」
ガランが口を開き、その人物を紹介する。
「こちらはカイル・レヴァント。クラヴィス王家直属の部隊〈黒羽〉の指揮官であり、今回の依頼の仲介役だ」
リオは軽く会釈を返しながら、相手を観察した。鋭い眼光、揺るがぬ態度。明らかに現場経験のある人物だ。
「今回の件は、王家・ギルド、そして君──リオの三者で進める非公式任務だ」
(非公式ね……)
──これはかなり面倒事だと察したが、リオは口には出さなかった。
ガランは一枚のクエスト依頼書を取り出し、バンッと机に置いた。
「場所はヴァルモス。名目上は辺境都市だが、そこでは今、人身売買を含む違法行為が行われている疑いがある。こないだお前が助け出した子供達が、連れていかれる予定だったところだ。この件はギルドも王家も公式に動けない。こちらの名を使えば、向こうも本気で隠すだろう。だから、お前に頼みたい。もちろんバックアップは全力でさせてもらう」
言葉は穏やかだったが、空気には緊張が走る。
「……俺でいいのか」
リオはそう呟いた。
「今の“お前”だからこそだ」
とガランが静かに返す。
リオは、椅子の背に手をかけた。逃げ場のない舞台に、立たされた役者のように。




