第二十話 蠢く影と沈黙の取引
コンコンコンッ。ギルド長室の扉が鳴り響く。
「ロナンです!取り調べの報告にきました!」
「おう、いいタイミングだ。入れ」
「失礼します」
ロナンと名乗ったガランの部下が部屋に入ってくる。
「さて、聞こうか」
「はい。まず、下っ端連中は大した情報を持ち合わせていませんでした。彼らのほとんどはその辺のゴロツキで、羽振りのよかった報酬に釣られて雇われていただけのようです。そして彼らを取り仕切ってた者ですが、時間はかかりましたが、しっかりおはなしするといろいろ教えてくれました。どうやらローデンの外れにあるリュミエール商会が噛んでいるようで、裏でこの国で禁止されている奴隷の売買を行いっていたとのことです。その後ろ盾にデズモンド家がいると」
「こりゃビッグニュースだな。それで?」
「はい、奴隷を運ぶ際は、買収した衛兵が門番をしている日に限定していたようで、ちょうど今日がその衛兵たちの担当だったようです」
ガランは無言のまま煙草をくゆらせた。
「ちなみにその衛兵達は、屋敷が延焼しているのを見て察したのか、逃げ出す準備をしていたところをすぐ確保いたしました。現在、彼らも取り調べ中です」
「よくやった」
「緊急を要したので、衛兵長への説明がまだでして、そろそろこちらにいらっしゃ──
」
「ガランッ!どういうことだ!!貴様の部下がうちの者を勝手に連れ出して拷問してるとはどう了見だ!!」
バーンッ!!とギルド長室の扉を蹴り開けられる。ローデン衛兵長、ドラスだ。
「ほんとお前らタイミングがいいな。ちょうどお前んとこのバカの話をしてたとこだ。あと、拷問なんてしてないぞ?ちょっとしたおはなしだ」
「バカとはなんだ!ギルドに来たら、地下から大人の喚き声が聞こえて急いでそこに向かったら、うちの衛兵が泣いて謝ってるじゃないか!!すぐに解放するように貴様の部下に言ったが、頑なに譲らず『ギルド長に聞け』としか言わん!さっさと説明しろ!!」
「あんたの部下が奴隷売買の手引きをしていた。何か文句あるか?」
「……なっ!そんなわけ……」
「リュミエール商会がデズモンド家の後ろ盾の元、子供達を中心に売り捌いていた。あんたの部下は端した金で黙認してたようだぞ?あんたら、そんな安月給なのか?」
「……デズモンド家。……子供達が……ふぅ……荒ぶってすまない」
「わかってくれりゃいいんだ。それより今あんたが壊したそこの扉、直しといてくれるか?あぁ、安月給だからそんな余裕ないか。冒険者で働くか?」
「ぐっ……大丈夫だ、それくらいの金はある。……これからどうするんだ?」
「それを今から話すところだ。まぁ座りなよ。衛兵長さん」
冷静になったドラスは、スーッと深呼吸してソファに腰をかける。
「さて、続きを頼む」
ガランがロナンに声をかける。
「はい。この事件が発覚するきっかけとなった、リオが受けたクエストの依頼主ですが、名義は偽名──いえ、正確には存在しないはずの名前でした。詳しく照会したところ、王都で死んだはずの男と同名でした。“ブライアス”と」
ドラスが驚いた表情をする。
「ブライアス……私が昔お世話になった大先輩だ。確か、数年前に王都で起きた火災に巻き込まれて死んだと聞いたが……」
「死んだことにした、の方が正しいかもしれません。──リオが報告した“誘拐された子供たち”を助けた屋敷、その拠点の近くに彼もいたようです。リオには名乗らなかったようですが、調査中に出会ったという老人の特徴から、ブライアス本人だと見て間違いないかと。彼は行方をくらませた後、ずっとデズモンド家の動向を見張っていたようです。現役の頃、デズモンド家の関与に気づいて証拠を上にあげたそうですが、揉み消されたど挙句、殺されかけた。そのため、同時期に王都であった火事の犠牲者の帳簿に自分の名を刻み、死んだことにして逃げ延びたようです」
部屋に沈黙が落ちる。
やがて、ガランが椅子を軋ませながら立ち上がり、窓の外を見る。
『デズモンドの手の者は、ずっと昔から内部に侵食しているようだな。……そこの衛兵長は大丈夫か?おはなしする?」
「ばっ!おれは違う!神に誓って!!」
「ガハハッ!わーってるって。もしそうだったらお前さんはここに居ねえ」
衛兵長はゴクッと息を呑む。
「そんな昔から関与があったのなら、大っぴらに動けねえな。どうする?」
「……今セリナ姫が郊外の別邸にいらっしゃるよな?うちの衛兵も護衛に就いている。王家親衛隊の助力は望めないか?」
「セリナ姫もおそらくデズモンド家の者に狙われている立場だ。こちらが手助けはできても、その逆は無理だ。彼女はあくまで『護られる側』だ。手薄にできない。──しかし、協力し合うことはできるかもしれない。一度情報の共有をした方がいいかもしれないな」
ガランはロナンに目配せし、ロナンはドラスに頭を軽く下げて足早に退室していった。
「貴様の部下、優秀すぎないか?」
「お前んとこだけにはやらんぞ。薄給だしな」
「ちゃんと貰っておるわっ!」
マーベルは二人のやりとりを苦笑いで見守ることしかできなかった。




