第十八話 マーベルの憂鬱
中間管理職って給与に見合わないですよね…
マーベルは、屋敷から戻る馬上でずっと考え込んでいた。セリナ姫とのやりとりは滞りなく終わったが、銀の髪飾りと遺体の数の不一致は、彼の胸に妙な重みを残していた。
帰ったらリオに直接話を聞くつもりだったのだが、世知辛い中間管理職の宿命か、リオを探す間もなく、ギルマスの雑用、部下の後始末、残業の嵐で先送りになっていた。
今日も残業。朝帰りコースでぐったりしていたマーベルは、そろそろ帰り支度を……と死んだ目で片付けに入っていた。そのとき、リオが現れた。
「お久しぶりです、マーベルさん。ちょうどよかった。とりあえずこの子たち、預かってもらえますか? あと、いろいろ報告が……」
「……? ああ、うん。ちょっと待ってくれ」
マーベルは書類を整理しながら、回らない頭を再起動させ、リオの様子をそれとなく観察した。姿勢や声の調子、言葉の選び方、どれも以前のリオとは別人のように穏やかだった。だが、今はそこに踏み込む余裕がない。
リオが連れてきた子供たちは五人。皆痩せ細り、擦り切れた衣服をまとっていた。うち二人は目を合わせようともせず、もう一人はしきりにマーベルの袖を握って離さなかった。
「……ああ、これはひどいな」
「一晩まともに眠れていないようで。とりあえず水と布団を……」
「おい誰か! 怪我の手当と、できれば温かいスープも用意してやってくれ!」
職員が慌てて動き出す中、背後で別の者がぼそりと呟くのが聞こえた。
「……また貴族絡みかよ」
マーベルは聞こえないふりをして、リオに目を向け直した。
とりあえず子供たちの対応を他の職員に託し、リオからの報告を聞くことにした。
報告内容は、想像以上に重かった。
リオの報告は、表向きは“行方不明者の捜索”という体裁の依頼だった。だがその実態は、上層貴族が裏で関与していた、違法な奴隷売買と監禁に関する深刻な事件だった。
「発見された地下室には、鉄格子のついた檻が四つ。ひとつは空で、あとは……子供が入っていました。何日も食事を与えられていない様子で……」
リオは淡々と語った。
しかし、その静けさが、逆にマーベルの背筋を冷たくさせた。
(リオ……そんな光景を目にしながら、なぜそんな無感情な喋り方をするんだ)
普通の冒険者……いや、感情をあまり出さないヴィクターですら、怒りや憤りの反応を見せるだろう。
だが、彼はただ“事実だけ”を並べ、まるで書類に書き起こすように口にした。以前の彼なら感情のままに声を荒げていたはずだ。
「監禁場所の周囲は、あえて“人払い”されたような形跡がありました。屋敷の主が誰かに命じて、人目を避けるよう誘導していたと考えられます」
「……証拠になるものは?」
「いくつか書類と、名前の記された帳簿、それに拉致に使用されたと思われる薬品が。ですが火急だったので、私は子供たちを連れて逃げる選択をしました」
(火急……判断としては正しい。だが、それにしても落ち着きすぎてる)
マーベルは無意識に眉をひそめた。
「なあ、リオ。お前、えらく冷静になったな?」
「え?」
一瞬、返事が遅れた。リオは首を傾けるが、その目は濁りも揺らぎもなかった。
「いえ、まぁ……仲間を失ったことを思えば、助けられた命がある分、落ち着いていられるというか……」
少し困ったような笑みを浮かべるリオ。
(……筋は通っている、か。彼はどう見てもリオに間違いない。けどなんだ、この違和感は)
マーベルは深く息を吐いた。
帳簿に軽く目を通す。すると見覚えのある貴族の名が。──デズモンド・フィルブラム。
そのまま机の横の書類の山に目をやる。視界の隅に、ギルドマスターの印が押された報告用紙が一枚滑り込んでいた。王室の別邸から帰ってきてから、ガランは珍しく書庫にこもり、自ら過去の書類や文献を漁っていた。その中で浮上した貴族の名が、このデズモンド・フィルブラムだ。
(上からの圧力もあるはずだが、あの人が腰を上げたということは……それだけヤバいってことだ)
「……確かにそうだな。とにかく子供たちの保護と、証拠品の回収が最優先だ。貴族筋との連携はギルドで処理する」
「よろしくお願いします」
「……ああ、まったく。次はもう少し普通の依頼で来てくれよ」
「それは……自分でもそう願いたいところです」
そう言い残し、微かに苦笑をしてみせたリオを見送り、マーベルは心の奥でため息をつきながら自室に戻る。
(この民間人行方不明の件と、セリナ姫の件……繋がっていた。リオのことも気になるが、それより早急にこの事件を解決せねば。……あいつのペンダント返すの忘れてたな)
自分のデスク上に置いていたエルトール家のペンダントが朝日を鈍く照り返していた。
リオに不信感いだきつつも、それより重大な貴族関連の事件に追われるマーベルでした。
次回更新は月曜の深夜24時です。




