第十七話 遺品の持ち主
第二章始まります
時は少し遡る。
朝のギルドは、いつにも増してざわついていた。依頼掲示板の前に冒険者たちが集まるのは日常だが、今日はその背後で、数人の視線が一箇所に向けられていた。
「戻ってきた。これが……現場で見つけたものだ」
クエストから帰ってきたのはリオのかつてのパーティメンバー、ノワール、ハルト、ヴィクターの3人。リオがエムル村でのクエストに行っていた頃に、彼らはギルドに召集された。
ギルドから直接指名依頼された理由は、元傭兵で盾役のヴィクターが遠征クエストを終え、ローデンに帰ってきたからだ。
静寂の中、重く置かれた麻袋から取り出されたのは、銀に鈍く光る髪飾りと、剣や弓などの武具、小さな革紐のついた金属片だった。ギルド職員マーベルは、その金属片を手に取った瞬間、表情を引き締める。
(間違いない。エルトール家の……リオの紋章だ)
リオがエルトール家の子息というのはギルド上層部のみ把握している。以前の彼の横暴な態度は、身分を知っていたからこそ穏便に済ませていた。
「その首飾り……リオがかけてた気がする。いつも胸に仕舞ってたから確信はないけど」
ハルトが記憶を蘇らせる。
「あいつ、派手な身なりしてたわりに、地味な首飾りしてるなって思ってたんだよ」
ノワールが鼻で笑いながら答えた。
「……俺はまだリオに会ってないんだが、無事なんだよな?」
「ああ、会ったらびっくりするぞ。あの派手好きやんちゃ坊主、今は見る影もないくらい地味な格好で地味なクエストばっかやってるぜ」
「ノワール!そんな言い方しないで!あの惨状の後ならああなっても仕方ないじゃないか……」
「……わりぃ」
受付の奥で三人が黙り込む。マーベルが沈黙を破って、短く問いかける。
「報告頼む」
「現場は酷かった。馬車は横転し、おそらくデスモールドの鱗粉と湿気の影響で遺体は腐敗がひどく、誰が誰かは分からないほどに」
「……遺体は五体、その場で火葬で弔った」
ノワールの声には苛立ちと諦めが混ざっており、ヴィクターは静かに答えた。
「リオ……あんな状況で、よく無事で帰ってきたよ」
ハルトは小さく呟いた。
マーベルは無言で報告書の用紙を整えると、少し眉を顰める。
(遺体が五体?リオのパーティは当時四名、セリナ姫と御者の六名のはず……あと一人は誰だ?)
「ん?マーベルさん、まだ何か?」
ノワールが問いかける。
「……いや。この銀の髪飾りをセリナ姫に返さねばな」
「詳しい事情は知らねーが、あのお姫様も大変だな。リオにもそれ返しといてくれ」
「ああ、もちろんだ」
*
報告を受けたマーベルはギルドマスターの元へ向かう。
「ガランさん。例の襲撃、またひとつきな臭い情報が」
「ん゛あぁ!お貴族さんはなんでこう面倒なことばかりっ!」
ローデンのギルマスター、ガラン・ヴォルクは気怠く答える。
「まぁまぁ……ノワール達からの報告によると、現場の遺体が一体多いようで。もうすでに火葬してしまったので調べようがないのですが、デスモールド以外の襲撃者でしょうか?リオからの報告では聞いてないのですが……」
「知らん!リオに聞け!姫もまだローデン郊外の別邸にいるだろう!」
「いや……まぁ……はい。リオは今エムル村のクエストで不在で、セリナ姫の所有物であろう銀の髪飾りをお届けに参る予定もありますが……一介のギルド職員である私一人だけでは……」
「くそっ……結局俺が動くしかねえのか」
ガランは諦めた顔で重い腰を上げた。
面倒事をさっさと終わらせたい不機嫌なガランと、疲れた顔をしたマーベルはギルド所有の馬に乗り、セリナ姫が滞在する屋敷へ向かった。
*
屋敷に到着した二人が案内されたのは、離れに設けられた静かな応接室だった。広々とした空間に、風で揺れる薄いカーテンと、香の香りが漂う。
セリナ・ルシア・クラヴィスは、窓辺に立ち、遠くの山並みに視線を投げていた。
「久しいな、姫。突然の訪問、どうかお許しを」
ガランが不器用に帽子を取り、マーベルは丁重に頭を下げた。
「よろしければ、こちらを……」
マーベルが差し出した布包みには、あの銀の髪飾りが収められていた。セリナはゆっくりと手を伸ばし、それを手に取ると、静かにそれを見つめた。
「……確かに、わたくしのものです」
微かに震える手を抑えるかのように髪飾りを握りしめる。
「辛い記憶を思い出させてすみません」
「いいえ、届けてくださりありがとうございます」
「それで……その……当時のことはどれくらい覚えていらっしゃいますか?」
マーベルが申し訳なさそうに問う。
「私はあの時、馬車が横転してしばらく気を失っていたようです。朧げに目を覚ましたときに目の前でリオが……目の前でモンスターに刺されたような気がしたのですが、どうやらモンスターの鱗粉による幻覚を見ていたようで、再び目を覚ましたときには、リオが私を抱き起こして馬に乗せてくれましたわ」
「襲撃を防げなかったギルドとして本当に申し訳なく……」
「いいえ、本来は王国騎士の仕事。私がギルドの方々に多大な迷惑と損害を与えてしまいましたの。お詫び申しあげます」
セリナが深々と頭を下げる。
「め、滅相もございません!頭をお上げください!」
マーベルが慌ててセリナに姿勢を戻していただけるよう懇願した。
「ところでよぅ、お姫さん。護衛は何人いたか覚えているか?」
「ええ、冒険者さんはリオを含め四名、御者が一名、そして私ですわ」
「だよなぁ。んで現場でお姫さんとリオの二人だけを残して全滅……だよな?」
「そうですわ。私が見て確認したのではないのだけれど、リオがそう言ってたし、惨状から見て納得せざるを得なかったわ」
「そうか。お姫さんは遺体を見たわけではないんだな?」
「ええ、それがどうされました?」
「その髪飾りを拾ってきたウチの連中が、遺体は五体あったって言うもんでよ。そのもう一人が誰なんだっていう調査をしに来たんだよ」
「……五体」
「まあけどお姫さん、ほとんど気を失ってたみたいだし、遺体を確認したわけでもないし、なんも知らないみたいだな。……っし、帰るぞ、マーベル!」
「ちょっ、ガランさん!!すみませんっ!セリナ姫!また改めてお詫びを……」
*
ガランとマーベルが去って一人応接間に残ったセリナ。
(五人目は誰?デスモールドを仕掛けた黒幕?それとも……)
リオに感じた違和感の正体はそこにあるのではと思いつつ、けれど私を助けてくれたのもリオなわけで敵ではないはず……と考えを巡らせるのであった。
謎の五体目の遺体…真相を知るのは”リオ”のみ。この問題を彼はどうかわすのか…ぼくもまだわかりません笑




