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この顔が誰のものか君は知らない  作者: 水鷺ケイ
第一章:もう返せなくなった”顔”
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第二話 借り物の名前

名前を持たなかった“俺”が、初めて誰かに名前を呼ばれました。

借り物の顔、偽りの言葉。

それでも、胸の奥で何かが静かに動き出します。

崩れた荷台のそばで、奇跡的に一頭だけ生き残っていた馬がいた。

周囲を警戒し魔物の気配もないことを確認し、俺はその馬にセリナを乗せ、手綱を引いて森を抜けた。

(“俺たち”が通った道が、全部死んだってことか……)


セリナは馬の背で静かに身を預けていた。 傷こそ浅かったが、表情はずっと固いままだ。 不安か。疑念か。それとも──俺に向けられた、“何か”。


(いや、まだそこまで気づいてないはず……)


思い出せ。声のトーン。呼吸のリズム。

あいつがどう動いていたか、どう喋っていたか。

リオの記憶の中から、ひとつひとつ引っ張り出す。


これは俺じゃない。 今ここにいるのは“(リオ)を被った俺”。 剣士で、冒険者で、クラヴィスの姫を守るべき“護衛”だ。


(リオじゃないとばれたら殺される?……冗談じゃない)


生き抜くために、俺は今日も”リオ”を演じる。


「姫、もうすぐ平原に出ます。途中に商隊の休憩地があるはずです」


「……ありがとう。リオ」


言葉にしてみればたったそれだけ。

でも、口先だけの礼ではなかった。

セリナの声音はかすかに震えていて、どこか頼るような響きがあった。


(その名前、やめてくれ)


初めて誰かに“名前”を呼ばれた。

俺じゃない、借り物の名前。

それでも──どこか胸の奥がざわついた。


名もなく、声もなく、誰にも認識されずにただ生き延びてきた俺には、そんな言葉を向けられること自体が、想像もしていなかった出来事だった。

たった一言。でも、たった一言だからこそ、抗いようもなく刺さってくる。


形のない感情が、喉の奥をくすぐって、うまく息ができなかった。


そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。

俺は“リオ”なんだ。今は。まだ。


「……さっきから、なんだか様子がおかしいわね?」


セリナがぽつりと呟いた。


(やばいっ)


頭が跳ねる。反射的に言い訳を探してる。


「え……何が、ですか?」


「……ううん、なんでもないの。ただ……」


俺を見るその目が、記憶の中のどこかと重なる。

もしかして、この女は──あの最期を、ちゃんと覚えているんじゃないか?


(いや、でも……だったら、もう問い詰めてきてるはずだろ。

“あなた、誰?”って。まだ猶予はある。たぶん)


嘘を積み重ねて、その場を切り抜ける。 だがその嘘が、あとから自分に絡みついてくるのは知ってる。


それでも今は(リオ)を被っている以上、セリナを守るって決めた。選んだんだ。 逃げずに、誤魔化して、偽って、それでも前に進むって。


(でも、リオなら……どうしてたんだろうな)


リオの記憶の中に、ひとつだけ残っている笑い声がある。


「こいつに剣握らせると、すーぐ周りが血の海になるんだよな」


誰かが笑いながら言っていた。 本人も悪びれもせず、にやりと笑っていた。 荒っぽくて、無鉄砲で、血を見ることにためらいのなかった男。 でも最後の最後で、命を賭けて誰かを守ったリオ。


(そんな奴が最後に守りたかったものって、何だったんだろう)


平原の風が霧の匂いを吹き飛ばしていく。


「セリナ様、もう少しです」


自分でも驚くほど自然に声が出た。


彼女は、ほんの少しだけ笑った。 それは、さっきまでの“警戒”とは違う、ほんのわずかな安堵の笑み。


(借り物の顔、借り物の名前。でも──)


この手で守ったものが、嘘じゃなかったとしたら。 それだけはきっと、俺のものになる気がした。


(……そういえば、俺は“人の世界を探れ”って命令されてたんだよな)


魔王に言われたときは、正直半分冗談だと思ってた。

でもこうして“人間の側”として歩いていると、見えてくることもある。

守ること、隠すこと、嘘をつくこと――どれも、魔物よりよほど複雑で面倒だ。


まさか本当に人間に化けて、姫と並んで歩くことになるとは思わなかった。


それなら今こそ、俺が“役に立つ”時なんじゃないか?

この姫から──何か引き出せるかもしれない。


「姫。ひとつ伺っても?」


「……何かしら?」


「なぜ、王都からの護衛を……国軍ではなく、冒険者に依頼されたのでしょうか」


セリナが、少しだけ視線を上げた。


「……身内の事情で、兵に任せるのは避けたかったの」


「身内……と仰いますと?」


「……ただの家の話よ。少し、面倒な後始末があって」


それ以上は語ろうとしなかったが、彼女の声にわずかな疲れと、どこか安心した色が混じっていた。


そういえばリオの最期に彼女は「逃げて」と言っていた。自分が狙われていることに気づいてたのか?リオ達を巻き込んでしまったという罪悪感からの発言だったのだろうか。


結果的に彼女の目の前には生き延びたように見えてる”リオ()”がいる。それで少し安堵したのであろうか。

これは俺に向けられた感情じゃない。リオに、いや、“リオ”であり続けようとする俺に。


それが、なぜか……怖かった。


そして俺は思った。


(人間の姫も、生き延びるために戦ってるんだな……)


(種族)”だけが違うだけで、俺たちは意外と、似ているのかもしれない。



ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

少し話は短くなりましたが、二話では初めて「名前を呼ばれること」がテーマになっています。


“俺”にとっては、それが借り物であっても、大きな変化の始まりでした。

少しずつ、ナナシの中で何かが揺れ始めています。


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