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この顔が誰のものか君は知らない  作者: 水鷺ケイ
第一章:もう返せなくなった”顔”
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【間話】報告書に記された名

短めです。

ほんの一瞬、目を開けた。

それが、私の記憶のすべてだった。


あの夜、馬車の中で。怪しげな粉塵と血に包まれる直前の、ほんのわずかな間。そのとき確かに、彼が目の前にいた。


静かな瞳だった。

どこまでも冷静で、けれど凪のような優しさを孕んでいて。

あれが、リオ……?


──違う。


私が知っていたリオは、もっと粗野で荒っぽい男だったはずだ。

どこか無鉄砲で、礼儀知らずで。


……けれど、目を覚ましたとき。私はローデン近くにある王家の別邸で療養していた。同行していた騎士は全滅、馬車も壊され、私だけが生き延びていた。


そして彼は、ギルドへの帰還報告を最後に、またどこかへ去ったと聞いた。


あの瞳の主は、いったい誰だったのか。

私の命を救ってくれた人は、あの時確かにそこにいたのに。



あの街──ローデンへ赴いたのは、単なる気まぐれなどではない。


もともと私は、王宮内の一部貴族に不穏な動きがあることに気づいていた。

表向きは地方の視察と称して、護衛を引き連れての遠征だったが、その真意は別にあった。


莫大な額の金貨が、なぜか民のために使われることなく姿を消している。

その流れを追っていくと、ローデンという街が浮かび上がった。


貴族の名が記された帳簿、目的不明の大金を運ぶ商人たち――そこに、何か重大な企みの匂いがあった。


王家の名を出せば、すべてが“調査中”という名の闇に飲み込まれる。

だから私は、王女という立場を隠して、自らの目で真実を確かめに行った。


……そして、襲撃に遭った。



「……姫様、ギルドからの報告書が届きました」


書斎に控えていた女官が、恭しく一枚の文書を差し出す。


「ギルド? ……ローデンの?」


思わず手が止まる。


「……何かあったのかしら」


目を通すと、そこには、件の事件に関する詳細と、加担していた貴族の名が記されていた。


──報告者、リオ。


「……やっぱり、あなたなのね」


声に出した瞬間、胸が詰まる。


やはり、あの時の瞳は。

でも、私の知るリオとは別人のように感じられた。


文面には、救出された子供たちの証言が添えられていた。

“おねーちゃん”と“おにーちゃん”――ふたりの協力者がいたと。


おにーちゃん=リオ、だとすれば。

おねーちゃんは……?


誰か、協力してくれた人がいたのかもしれない。

正体はわからないけれど──


書斎の椅子に背を預けながら、セリナは静かに息を吐く。


「協力者の名を明かさないのも……理由があるのでしょうね」


あの日、私を救ってくれた瞳。

その正体が誰であれ、今ここにある命がすべてを物語っている。


彼は今、あの街で生きている。

私を守ったあの日と同じように、誰かを救っているのだろう。



そして、私は王女として、やるべきことをやる。


この報告書は、王家直属の監査機関に提出されるだろう。

その後、加担していた貴族たちには然るべき対処がなされる。


公には言わない。

誰が、何をしたのかも。

けれど水面下では、着実に粛清の刃が進んでいく。


それが、王女である私にできる唯一の“報い”だ。



夜、誰もいない別邸のバルコニーで。


セリナは、懐から小さな銀の髪飾りを取り出す。

あの夜、落としたままになっていたそれは、ギルドから密かに届けられたものだった。


月明かりにきらめく銀。


「……ありがとう」


ひとり、風に向かってささやいた。

届かなくてもいい。

この気持ちが、あの人のどこかに届いていれば。


王女の夜は、静かに更けていった。



明日はついに魔王回!

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