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この顔が誰のものか君は知らない  作者: 水鷺ケイ
第一章:もう返せなくなった”顔”
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【間話】ギルドに残されたもの

”リオ”が立ち去った後のギルドです。

「……まったく、どこまで予想してたんだか」


朝の光が差し込み始めたギルドの執務室。

マーベルは机の上に広げられた帳簿と小袋を前に、深くため息をついていた。

リオが正式に手続きを済ませ、子供たちを託し、丁寧に頭を下げて出ていったのは、つい先ほどのこと。

だが、託された証拠の重さが、静かに事務室の空気を塗り替えていた。


「これ……子供たちの名前と特徴、取引された先……」


ユリーナが帳簿のページをめくる。そこには、ぞっとするような記録が並んでいた。

裏取引に関わったと思われる顧客名の中には、誰もが名を知る貴族の家名も含まれている。


「鱗粉は魔物由来。恐らく……デスモールドのもの。幻覚作用がある。これが使われていたと、彼は断言していた」


「ここまで詳細な証拠を揃えてたなんて……」


ユリーナの指先が止まる。

街の闇を暴き、命を救ったにもかかわらず、彼はそれを声高に語ることなく、淡々と任務を終えていった。


「彼……本当に変わったよね。前はもっと無鉄砲で、感情のままに動いてたのに」


マーベルは黙って頷く。

変化を感じていたのは自分だけではなかった。


「でも、どこか無理してる気もする。背負いすぎてるっていうか……」


ふと、ユリーナの視線が机の片隅にある一枚の紙片に留まる。

それは、リオが帰り際にそっと置いていったメモだった。


──感謝は、不要です。


綺麗な字だった。

けれどその筆跡には、感情の起伏がなかった。ただ、役目を果たした者のような、静かな意志だけが滲んでいた。


「……彼に、ちゃんとありがとうって言えてよかった」


ユリーナの言葉に、マーベルは苦笑を返す。


「言ってなかったら、今ごろ余計に落ち込んでるだろうからな。助かったよ」


二人はしばらく、静かに帳簿を見つめていた。

そこに記されたひとつひとつの情報が、これから多くの波紋を呼ぶことを知りながらも。



証言の取りまとめには、思いのほか時間を要した。

保護された子供たちはそれぞれに怯え、記憶も断片的だったが──口を揃えて話したのは、二人の人物の存在だった。


「おねーちゃんが助けてくれたの。けど、外に出たらおにーちゃんが手を引いてくれて……」


「おねーちゃんは?って聞いたら、『先に帰った』って……」


集められた証言では、「おねーちゃん」と「おにーちゃん」は明確に別人として語られていた。

職員たちは首をかしげる。


「協力者がいたってことか……? でも、それにしては目撃者が一人もいないなんて、変だな」


「リオと一緒に動いていた形跡もないし……まさか、あいつ誰かと組んでるのか?」


憶測は広がったが、確証には至らなかった。

マーベルは資料の束を閉じると、ぼそりと呟いた。


「──名を明かさない協力者、か。今のあいつなら、いてもおかしくないし、黙ってるのも……まあ、らしいな」


それが疑わしいと感じる者もいたが、マーベルは納得するように頷く。

それが“今のリオ”の選択であるならば、尊重する──そんな目をしていた。

ギルドの一角、控え室での会話もまた、別の角度からその変化を映し出していた。


「でもさ……リオさん、こんな感じだったっけ? 前はもっと、こう……口悪くて、なんでも力技で通すみたいなところあったじゃん」


「わかる。最近すごく落ち着いてるというか……妙に丁寧。別人かと思ったよ、最初」


「いや、礼儀はあるんだよ。でも、どこか冷静すぎるっていうか……怖いくらい無駄がない」


職員たちは口々に言う。

“変わった”と──それも、いい意味で。けれど同時に、何か大きな出来事をくぐり抜けたような、そんな気配を誰もが感じ取っていた。

その理由を知る者はいない。

彼が何を見て、何を選んだのか。

ギルドに戻ってきたリオが“どこか違う”のは明らかだった。

だが、今の彼が悪い人間ではないことだけは、誰も疑っていなかった。


以前のリオは、無鉄砲で、無計画で、部下であるユリーナを心配させるような依頼ばかりを請けていた。

マーベル自身も、何度その後処理に頭を抱えたことか。

だが今、彼は子供たちを守り、危険を察知し、証拠を揃えたうえで確実に動いた。

助けを求めることなく、ただ静かに、正しく振る舞った。


「何が彼を変えたのか──それはわからない。だが、彼は確かに、今この街にとって必要な冒険者だ」


マーベルは確信を持ってそう口にした。

窓の外に目をやる。

朝の光が、ようやく本格的にギルドを照らし始めていた。

安全な部屋に移された子供たちは、安心したように眠っている。

その様子を確認したあと、マーベルは机に戻り、最後の一枚の報告書に目を通した。

眉をひそめ、そして苦笑する。


「──次に来たときは、もう少しちゃんと報告書も書いてくれると助かるんだがな」


そう呟いて、机に肘をつく。

またいつもの、騒がしいギルドの一日が始まろうとしていた。

次は久方ぶりの登場、セリナ姫の話です。

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