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この顔が誰のものか君は知らない  作者: 水鷺ケイ
第一章:もう返せなくなった”顔”
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第十四話 瞳に灯る

子供に化けて潜入する回です。

物語はさらに深いところへ。

路地裏は既に闇に包まれていた。

昼間に仕込んでおいた泥水で薄汚れた少女──という“俺”は、廃屋の影からそっと様子を伺う。

目立たぬように、しゃがみ込んだまま体を揺らし、時折うわごとのように小さく笑う。

鼻先をくすぐる甘い香り──デスモールドの鱗粉だ。


……ふわり。


意図的に吸い込み、軽く咳き込んでみせる。

この界隈に漂っている香り。かつて俺が初めて人に化けた場所にも、確かにこの匂いがあった。

嗅ぎ覚えのある香り……。

だが今は、“子供らしい反応”を装うことが優先だ。

よろけながら壁にもたれ、虚ろな目をして歩こうとする。

不自然にならぬよう、力の抜けた足取りで──だが意識は研ぎ澄まされている。


「……あれ……どこだっけ……おうち……」


独り言のような呟きを混ぜ、何度か角を曲がる。

すると、闇の奥から足音。

路地の暗がりに潜む影が、俺を見つけて近づいてくる。


「おい……いたぞ。こっちだ」


「へへっ、今夜は運がいいな……」


二人組の男。昼間の会話と同じ声だ。


「おーい、大丈夫かぁ?」


男の一人が優しく声をかけながら近づいてくる。

その声色の裏にある、ぞっとするような下心は──読み取れる。

俺は反応を遅らせるように顔を上げ、焦点の合わない目で彼らを見つめた。


「……おなか、すいた……」


「おうおう、かわいそうになぁ。安心しろ、すぐあったかいところに連れてってやる」


腕を取られ、体を支えられる。

だが、抵抗はしない。

むしろ、力なく身を預けるように装う。


(……これで、連れて行かれる先が確定する)


このまま、連中の“納品ルート”に紛れ込めばいい。

だが油断は禁物。

その先に何が待っているかもわからない。


「……予定じゃもう二、三のつもりだったが……綺麗にすりゃ上物になりそうだな。これならお貴族様もお喜びになるだろうよ」


闇の中で交わされる、容赦ない言葉。

俺は小さく震えを演出しながら、彼らに運ばれていく。


だが、その胸中では、すでに次の一手を練っていた──。


男たちは俺を抱えるようにして、路地裏の細い抜け道を進んでいく。行き交う人も灯りも少ない、まるでこの街の裏面をなぞるような道だった。

やがて、石造りの建物の裏手に辿り着く。そこには物置のような鉄扉があり、その一つがわずかに開いていた。


「ここだ。中に運べ」


「おう……っと、慎重にな。大事な商品だ」


俺はそのまま、物のように抱えられて運ばれていく。中に入ると、ほんのりと燻んだ獣脂と鉄の匂いが混ざっていた。

室内は粗末な照明に照らされ、木箱や麻袋が乱雑に積まれている。だが、その奥、簡易な鉄柵の向こうに──子供たちがいた。

五人。年齢も性別もバラバラ。誰もが怯え、疲弊した目をしていた。


(……間違いない。ここが収容場所か)


一人の男が柵の鍵を開ける。中の子供たちが身を縮めるが、男は構わず俺を押し込む。


「おう、仲間が増えたぞ。明日にはみんな、もっといいとこに行ける。せいぜい大人しくしとけよ」


その言葉に子供たちは誰も返さなかった。

男たちは扉を閉め、再び施錠する。

足音が遠ざかるのを待ちながら、俺は鉄柵の隅に体を寄せ、静かに膝を抱えた。


(……まずは内部の構造と人数を確認)


視線だけを動かし、壁の厚み、窓の位置、施錠の仕組みを観察していく。

それと同時に、共に閉じ込められている子供たちの様子を慎重に探る。


(……中には怯えて声も出せぬ子もいる。だが、一人だけ……)


壁際で俺をじっと見ている小さな男の子がいた。ほかの子供たちとは違い、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせている。

視線がふと交錯する。

だが彼は何も言わず、小さく首をかしげただけだった。

俺は、そっと視線を外した。


(……観察力がありそうだ。状況さえ整えば、話が通じる可能性がある)


今はまだ動く時ではない──そう判断し、俺は膝を抱えたまま、暗闇の中で静かに時を待った。


(……俺が脱出の段取りを整える。それが、この子供たちを助け出す唯一の手段だ)


扉の向こうが静けさを取り戻した頃、俺はそっと視線を上げた。先ほど目が合った少年が、怯えた様子でこちらを見ている。言葉を交わすでもなく、ただ、助けを乞うように。

俺はゆっくりと口を開いた。


「……君、ここから逃げたいか?」


少年の目が揺れる。ほんの僅かだが、光が宿ったように見えた。


「……うん」


その返事を確認し、俺は視線を巡らせる。暗がりの中に同じように怯えた顔が並んでいる。みな、声には出さないが、希望という言葉を忘れていない瞳だ。


「今すぐじゃない。けど、もう少ししたら……隙を見て、外に出よう。出口は必ずある」


俺の声は、耳打ちにも似た微かな響きとなって、少年の胸に届いたようだった。こくりと頷く彼に、俺はそっと目を閉じる。


(油断するな。一番難しいのはここからだ)



今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


気配を消して潜り込む、緊張感のある回でした。

目立つ活躍こそありませんが、水面下で動いた分だけ、小さな希望が灯ったようにも思います。


この物語も、いよいよ核心へと近づいてきました。


次回もどうぞお楽しみに。

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