第十三話 眠らぬ屋敷
地道な調査がひとつの確信に変わる回。
力ではなく観察と潜入で迫る、静かな動きの中に、確実な一手を。
夜の帳が降りる頃、街は一日の喧騒を手放し、静寂へと溶け込んでいく。だが、俺の内にある焦燥は、その静けさとは対照的に鋭さを増していた。
あの屋敷に潜入し、子供たちの所在を確認する。できれば、そのまま救出する。だが不用意な動きは逆効果になる。時間も、選択肢も少ない中、最善を選ぶしかない。
夜半、身軽な装束に着替え、暗闇に紛れて屋敷裏へ向かった。
荷台のある扉は、錠がかかっていたが、構造は単純だ。短剣の背を差し入れて数度なぞると、鈍い音を立ててロックが外れる。
音が立たないよう慎重に扉を押し開け、暗がりに身を滑り込ませた。
屋敷の内部は驚くほど静かだった。
灯りは最小限に抑えられ、廊下には誰もいない。だが、かすかな声が床下から聞こえる。どうやら地下に人がいるようだ。
廊下を奥へ進むと、石畳に切り替わる一角に地下への階段を見つけた。声はそこからだ。
下りきった先に、鉄格子付きの扉。
鍵がかかっているが、先ほどと同じ要領で解錠。中に入ると、薄暗い空間に数人の子供たちがうずくまっていた。
全員、生気がない。だが外傷はない。寝ているわけでもなく、目を開けている者もいる。
「……薬か」
部屋の隅に置かれた木箱に視線を移す。中には甘い香りを放つ布袋と、いくつかのガラス瓶。開封された瓶の口には白い粉が付着していた。
デスモールドの鱗粉。恐らく、これで子供たちの感覚を鈍らせ、従順にしているのだろう。
壁際に小さな棚があり、そこに置かれた記録帳に目をやる。ページを繰ると、日付、性別、年齢、体格、引き取り予定──そんな言葉が並ぶ。
「……“商品”としての記録か」
めくった先の欄に、“明晩、常連公へ納品”とある。
やはり、明日が出荷日。
そのとき、背後で微かな足音がした。
俺は素早く陰に身を隠す。
入ってきたのは二人の男。先ほどの路地裏で話していた連中と同じ声だ。
「様子はどうだ?」
「静かなもんだ。薬の加減も上々。あとは馬車の準備さえ整えば……」
「例の貴族様も、いつもみたいに早めに手配をつけてくれってよ。ほら、“今度は品切れになるな”って」
「ったく……物じゃねえっての」
鼻で笑う声。
「やっぱもう二、三人は欲しいなぁ……」
男たちが去ったあと、俺は再び室内に入り、鱗粉の瓶、記録帳の一部、香料のついた布袋──証拠として持ち帰れるものを選んで収めた。
(今はまだ、救出のタイミングじゃない。奴らの手口と拠点、出荷ルート、そのすべてを暴き、確実に潰すために)
俺は子供たちに視線を向け、口を噤んだまま、静かにその場を後にした。
階段を戻り、屋敷を出る前に、もう一度構造と動線を確認する。
出入りの少ない深夜、どう動けば子供たちを安全に外へ連れ出せるか。その際に必要な人数、道具、そして逃走経路……すべてを頭に叩き込んでから、屋敷を後にした。
夜はまだ、明けていない。だが、決着のときは近い。
その足で旧市街の片隅にある人気のない廃屋を訪れた。
軒先の洗濯縄に、子供用のシャツとズボンが干されていた。
誰のものかはわからない。だが、今は他に手段もない。
「すまん、借りる」
俺はそう呟いて、干された服を手に取った。
*
翌朝、街の広場を歩く子供たちを目で追いながら、俺は変身の“型”を探していた。
少し背の高い少女が、一際目を引いた。
栗色の髪を三つ編みにし、淡い青のワンピースに薄いケープを羽織っている。言葉遣いも丁寧で、仕草に品がある。どうやら商家の子女らしい。
俺はその少女の進行方向にさりげなく回り込み、小さな袋を足元に落とした。
「……これ、落としましたよ」
立ち止まった少女が拾い上げ、差し出してくる。指先がふれた、その一瞬。
形、質感、魔力の微細な流れまで──すべてを読み取った。
「ありがとう」
軽く頭を下げてその場を離れた俺は、少女の姿と情報を正確に再構築していく。
午後、再び旧市街の廃屋へ。
陽が落ちかける頃、拾った衣服に着替えた俺は、泥と灰を混ぜた水で裾や袖を汚し、髪型はあえて三つ編みを解いて乱し、孤児のような風貌を演出した。
化けた姿は、あの少女と“見た者が勘違いする程度には”似ているものの、同一人物と断定されるほどではない。
肌は薄くくすませ、目元にはかすかに影をつける。
すべては、誰にも疑われず、“売り物”として見られるために。
(さて……行こう)
俺は廃屋を出て、再び路地裏の暗がりへと足を踏み入れた。
いよいよ物語は核心へ。
仕掛ける準備は整い始め、あとは時を見て動くだけ。
とはいえ、何事も一筋縄ではいかないのがこの世界。
次回は、ここまでで得た手札をどう活かし、どう動くのか。その選択と行動が問われることになります。
“戦わずして制す”の限界に挑む次回、どうぞお楽しみに。




