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私の履歴書

私は、母がエレクトーンの先生をやっていた影響で、小さい頃からピアノを習っていた。


中学は普通の公立。


高校は、芸術コースの音楽科がある埼玉県立伊奈学園総合高等学校に進んだ。


私は、ピアノは好きだけど、目立つことが苦手で、男の子に興味がなかった。恋愛にキャッキャするグループは苦手で、吹奏楽の友だちとか、文芸部、放送部、まったりしたグループで、女の子と他愛もない話をするのが、好きだった。


最初は、中学からの友だちに誘われてダンス同好会に入ったけど、そっこー辞めて友だちがいる文芸部に入った。


ピアノは、一生懸命頑張って、武蔵野音楽大学に進学した。


でも、ピアニストになりたいとかは、全然なくて、友だちの伴奏を頼まれたりするほうが好きで、自分が主役になると、緊張して、母に「あんたは、家で練習している時が一番良い演奏をするわね」と言われていて、子どもにピアノを教える仕事につきたいなと、なんとなくYAMAHAに就職した。


ただ、ピアノの先生のお給料では、自立することは難しいのが現実で、母から見合い話をバンバン持ちかけられた。


でも、私は、亀梨くん好きのジャニオタで、お見合いしてはこの人とは結婚したくないと断り続けていたら、アラサーになり、焦った。


子ども好きだし、結婚しないと経済的に生きていけない、でも、好きになれない人と結婚なんてしたくない。


そんな時、自衛官で彼女と別れて寂しいっすよーと言ってた奴がいたから、メールしてみろと父が今の旦那を紹介してきた。


ここだけの話、私は旦那にあうまで処女だった。お見合いで、いいなと思った人もいたけど、結婚するわけでもないのに、なんでセックスなんかしないといけないの?と思い、頑なに処女を守っていたけど、子どもを産みたいから、結婚したら覚悟しようと思っていた。


私が、旦那をこの人だと思ったのは、私、処女でと告白したら、「自分を大切にしてきたんだね」と言ってくれたからだ。


私がおかしいのかもしれないけど、初めての時は痛いとかギャーギャー叫びまくり、「てがやけるなあ」と旦那に言われた。


晩婚だったから、初めて妊娠がわかったときは嬉しかったけど、悲しいことに死産した。


ピアノの先生に復帰しないかYAMAHAから誘われたけど、働く余裕なんてなかった。


国家公務員で、転勤がある旦那が東京に転勤になって、埼玉の実家に帰りやすくなったタイミングで2度目の妊娠が判明した。


自然分娩の予定が帝王切開になり、娘が無事に産まれた時は本当に嬉しかった。


子育ては、本当に大変で、でも旦那は協力的だったし、必死に育てていたら、小学校に入学して、少しは自分の時間がもてるようになり、ジャニオタ活動のために工場でパートをしてみたり、給食のおばさんをしてみたり、お小遣い稼ぎができるようになった。


ただ娘が四年生になったとき、母に言われた。あんたは音大までピアノをやっていたのに…


そこで、YAMAHAのピアノの先生に応募してみた。母は、私がピアノで仕事をすることを喜んで子育てに、ますます協力的になった。


高校の音楽科の仲間は、ピアニストとして活躍しながら、子育ても頑張っている凄い双子姉妹もいる。


でも、私は、子どもたちにピアノの楽しさを教える今の仕事が好きで、旦那が経済的、精神的に支えてくれるから、好きを仕事にできる今が楽しい。


47歳で、娘はまだ小学生。


大変なこともいろいろあるけど、娘や旦那と共に私もキャリアを積んでいこう。


アラフィフは、意外とスタート地点だった。

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