第20話 アレキサンドラのドレス
アレキサンドラはアレシアの思いがけない話に、言葉を失った。
2人を遠巻きにするようにして眺めていた人々も、思わぬ展開に、驚きを隠せなかった。
アレシアは、アレキサンドラがもしカイルを欲しいと女神に望んだとしても、アレシアは女神に最善を祈る、というのだ。
そしてその結果は、女神が最善と判断されたことだと。
動揺することなく、自分の信じることを伝えたアレシアの姿は、気品に満ちていた。
わずかに変わった周囲の空気に、アレキサンドラがいらっとした時だった。
アレシアはアレキサンドラの着ている赤いバラが装飾された、エメラルドグリーンのドレスに目を留めた。
バラの部分には、赤と金糸の重厚な刺繍が施されている。それは、カイルから贈られた帝国の帯にも共通している最高峰の手仕事だ。
緑の谷で作られる巫女の衣装、そして王国の産業にも心を配るアレシアは、アレクサンドラのドレスにかけられた手仕事を理解した。
そして、心から感心したようにうなづき、アレキサンドラに微笑んだ。
「ランス帝国最高峰の手刺繍ですね。本当に素晴らしい。それにこの華やかなバラはアレキサンドラ様によくお似合いです」
突然のアレシアの言葉にアレキサンドラはギョッとした。
(何なの、この女!?)
それが正直なところの、アレキサンドラの反応だった。
そのドレスは、この皇帝主催の夜会に合わせ、念入りに用意したものだった。
それは、言葉を発することなくアレシアを威嚇するもの。
お前などは格下なのだと、帝国の皇后になど相応しくない存在なのだと知らしめるためのものだった。
間違っても、アレシアに認められ、賞賛されるものではなかった。
なのに、アレシアは……。
目を輝かせて、ほとんど崇拝するかのようにアレキサンドラのドレスを見つめている。
アレシアはギョッとしているアレキサンドラの反応に気づくと、ただ困ったように小首をかしげた。
やがてアレキサンドラが無言のままでいることに気づくと、微笑みを浮かべたまま丁寧に礼を取り、その場を離れた。
アレキサンドラがその後ろ姿を見つめていると、女官がアレシアを促すように、そのまま会場を出たのだった。
背後には、言葉を出すこともできず、呆然としてアレシアを見送るアレキサンドラの姿があった。




