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記憶喪失

作者: 雉白書屋

 ある日、ある男が精神科医のもとにやってきた。

 いや、追いやられたと言うべきか。どうもたらい回しにされているらしいその男のレポートを見て、医者はううむと唸った。

 男は自分が誰で、どこにいたのか何をしていたのかも覚えていなかった。つまりは記憶喪失のようだが、その原因がまったくわからないのだ。

 ボロボロの服を着て、フラフラと歩いていたところを保護されたが、本人が口にした情報は「眠っていたような気がする」とだけ。拉致され薬物を打たれて、記憶以外にも財産など奪われたのでは……と犯罪の匂いがしたが、一通りの検査を済ませた結果異常は見つからず、健康体そのもの。頭部に外傷や体に注射痕もない。では、加齢による認知症かと思いきや脳も問題なし。長い髪と髭で分かりにくいが、そう年寄りというわけでもなさそうだ。わからないことだらけだが、記憶を呼び戻す方法はある。医者は早速取り掛かることにした。


「さあ、そうです。そう、リラックスして」


 医者は男をソファーに寝かせ、囁いた。


「眠ってしまいそうですね……」と、男が呟いた。


「それでいいんです。これは退行催眠。昔の記憶を呼び起こすにはこれが一番いい方法です。さあ、眠って」


「また眠るんですか……なんて、ははは……」


 と、男は不安からか冗談を言ってみせる。しかし、次第に緊張で強張っていた体がほぐれていくのが見てわかるようになり、呼吸も穏やかになった。


「その調子です。いいですよ……」


「ああ……そうだ……前にも……誰かに……眠らされたことがあったんだ……」


「おお、それは誰です?」


「さあ……」


「もう少し遡りましょう。一番はっきりしている記憶は何ですか?」


「一番……ああ、人が……いる……たくさん……」


「それはどんな人たちです?」


「どんな……ああ……息子……それに娘……」


「場所は? そこはどんな場所ですか? お家ですか?」


「場所……大きい……家……広い……」


 子だくさんの大富豪。遺産相続で揉め、自分の子の誰かに罠にかけられ……と、医者の頭の中でストーリーが創られていく。


「どこにお家があるのでしょう? 地名は?」


「……わからない……広い……女も……男も……皆、私を慕い……そして裏切ったぁぁぁ……」


「落ち着いてください。そう、怒りを静めて……冷静に……裏切ったとは?」


「罠に……はめられたのだ……」


「それは、誰に? どの息子さんですか? 名前はわかりますか?」


「誰……ではなく……全員だ……全員……ぜぇぇいん……」


「全員に……それは、お怒りもごもっともです……。それで、罠とは? 薬を飲まされたんですね?」


「……違う……酒を呑み……酔ったところを……眠るよう誘導されたのだ……ちょっとや……そっとじゃ……目覚めないくらい……深い眠りを……でも、できないだろうと……煽られ……私は……私にできないことはないと……そう言い……うぅぅぅぅぅぅ!」


「それから、あ、あなたはどうされたんですか……?」


「眠った……すると奴らは……二度と目覚めないように……暗く……深く……静かな……地中深くに……埋めたのだぁぁぁぁ」


「え、あの……」


「奴らはぁぁぁ……喜び……宴をぉぉぉぉ……」


「ま、待ってください。あなたは眠っていたんですよね? その後の彼らの動向は、わ、わからないはずじゃ……」


「私がいない……この地上で……好き放題、い、い、いぃぃぃ……」


「落ち着いて、落ち着いてください、あ、あ、あ……」


「長い間……眠った……自分が何者か忘れるほどに……だが……何かの拍子で目覚めた……そうだ……私は……私はぁぁぁぁ……貴様らはぁぁぁぁぁ!」


 突如として室内に風が吹き荒れ、医者は瞼を閉じ、身を伏せた。本や書類が散乱し、窓ガラスが割れた。風が収まると医者はゆっくりと立ち上がった。そして窓に近づき、外を眺めた。

 空には身震いするほど、おどろおどろしい暗雲が広がっており、そして竜巻が、雷が、それはまるで神の…………

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