約束の感触
お互いに破るつもりはなかったけれど、僕らは約束を交わした。花粉と湿度のダブルパンチの春に、ほかの誰にだって明かしちゃいけない秘密の約束事を、あの日空が見せた不快感のまま二人はしてしまった。はたしてあの時の僕らはあの事の重大さを理解していたのだろうか。僕はいまだに考えることがあるけど、きっと何も分かっていなかったのだと思う。でも単にそれだけのことなんだ。だから大丈夫、君ならじっと張られた水の上を歩いたって、波も残さずに逃げ切れるよ。
壁から剥がれかかった食用油の膜の、内に巻かれた舌が空気で鈍く震えていた。僕は白い衛生服に身を包んで、空調最悪なからあげ工場の生産ラインで堅い直立を維持し続けている。粉まみれのゲージを油窯に投げ入れて一定時間で引き上げる。夜明け前から繰り返している。誰にも明かせない心の中で、「マニア受けスクール水着」と「甲板に飛ばす紙飛行機」がギリ韻を踏んでいるような気がしていた。カバーの曇りがかった時計が朝の8時を指した。僕は確認するや、からあげ工場を後にした。
原付に乗って道路の左端に寄って風を浴びて、僕は一体いつまでこの解放感を味わうのだろうと思った。生まれて初めての帰りの会で下校のチャイムが鳴ったあの瞬間から、これだけはずっと変わっていない。多分変わらないものなのだろう。変わらないで問題のない気持ちなのだろう。だが当の僕は大人になりたかった。幼さを振り切って、早く大人にならないといけないのだった。これをモラトリアムという。モラトリアムはこんな些細な幸せをも摘み取っていく。そのくせ時間が解決してくれると願っても、時間は僕を待つ素振りも見せてくれない。過ぎていくほど過ぎていく。当たり前すぎるほどの当たり前に指を咥えているしかない。僕はしょせん原付止まりのモラトリアムだった。そろそろ、なんとか置いてもらっているだけの大学の籍が失効するのだった。ガードレールのすぐ横を通り過ぎて、ヤっていた野良猫二匹がすっと解散するのを視界の端で控えめに捉えていた。
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イヤホンを耳に入れてソファに寝た。工場でついた油の気持ち悪さはシャワーで何度も洗い流したが、とにかく今は働き疲れ、全身がさらなるソファの深みへと落とし込まれる。そしてソファの底にタッチする感触がすると、僕は一生こうしていたいと自分の胸にこっそり打ち明けた。
むかし約束をしたときもこんな風だった気がする。別に内容は大したことじゃない。まだ子供だったどうし、結婚しようと言い合っただけのことだ。僕から切り出して、それを向こうが面白がってくれて、二人の結婚が遠い未来に決まった。しかしすぐに僕らは違う小学校に上がることになる。それから遠い未来、色々な知識とともに臆病を覚えてしまった僕は、あれ以降の恋愛の中で、まるで相手に本気になれた試しがなかった。誰にも明かせない心の中で、マニア受けスクール水着を着たあの娘が、甲板に向けて紙飛行機を飛ばしていた。




