魔法の水筒
寒さが厳しくなってきた12月。
学校ではクラスメイトたちがこれから始まる冬のイベントを前に浮き足立っていた。
「もうすぐ冬休みだ〜!なにして遊ぼうかなぁ」
「私はおばあちゃんの家で年を越すの」
「僕は家族で旅行に行くんだ!」
などとそれぞれの年末のプランで朝から盛り上がっていた。
その前にある、子どもたちにとって重要なイベントが待っている。
クリスマスだ。
「俺、サンタさんにゲームソフトが欲しいってお願いしたんだ!」
「僕は新しいサッカーのスパイクさ」
「私は大きなぬいぐるみ、あとかわいいお人形」
みんなの頭の中は、プレゼントのことで頭がいっぱいだった。
少年にとっていじめっ子たちが共通の話題で盛り上がってくれているお陰で、矛先が向かって来ないことが何より嬉しかった。
外は薄暗い曇り空。
今日は一段と寒い。ポケットの中は相変わらずカイロが温めてくれている、そのお陰でブルブルと震えず済んだ。
家に帰る途中の通学路。
お母さんがパートから帰っている後ろ姿が見えたので少年はお母さんに駆け寄った。
「お母さん、おかえりなさい」
「あら、あんたもちょうど帰りか」
「うん。今日も寒かったけど、カイロがあったかかったから大丈夫だった。それに長ズボン買ってくれてありがとう。すっごいあったかいよ」
「そっか。今年は特に寒いからね、風邪引いたら大変だからね」
北風がひゅーーっと親子の間を抜けていくと、二人でブルブルと震えた
「帰ったらあったかいもの飲まないとね」
お母さんは足早に家へと向かうと、少年はトコトコとその後を追っていった。
家に着くと誰も居なかった台所は良く冷えていて、外と変わらないんじゃないか?と思えるような気がしたので、慌てて石油ストーブに火を灯した。
ストーブが温まるその間に、うがいと手洗いを済ませて、明日の教科書など詰め替えた。
台所に行くとお母さんがガスコンロでお湯を沸かしていたので、湯呑みとお茶っぱを用意した。
急須にお茶っぱを入れ、お湯を注ぐとふわっと緑茶の香りが鼻を駆けた。
湯気の暖かさも心地よく、顔が冷えていたことが良くわかった。
「はぁ、あったまる」
お母さんはふぅとため息混じりに体を巡る暖かさを感じていた。
「うん。あったかいね。でもすぐに冷めちゃうから早く飲まないとだね。」
「……。」
「そうだねぇ。まぁ早く飲んで宿題やっちゃいな」
少しだけ会話に間があったけど、少年は緑茶を飲み干して自分の部屋で宿題をした。
終業式。
クラスメイトの浮き足立つ高揚感はピークに達しようとしていた。
「冬休み、体調には気をつけて、元気に過ごしましょう。宿題はちゃんとやるように!」
先生の声も生徒たちには届いていない。
「礼!」
今年最後の日直が声をかけると、クラスに歓声が上がった。
「おい!早く帰ろうぜ!今日もいつもの公園に集合な」
いじめっ子たちは、冬休みの嬉しさでもはや少年が見えてないように少年の前を駆け抜けて帰って行った。
『今日から冬休みか。外は寒いし何しようかな。』
少年は曇ってきた空を見上げながら下校した。
通学路にあるスーパーでは、シャンシャンシャンというウキウキするような音楽に、赤と金、白いもこもこの綿でお化粧されたツリーが誇らしげに輝いていた。
『明日はクリスマスイブかぁ。ケーキ美味しそうだな〜』
と、スーパーの店頭ポスターのケーキを見てゴクンと唾を飲んだ。
『クリスマスかぁ…』
「ただいま」
家に着くと、ストーブの温もりがじわぁっと伝わった。
「おかえり。うがいと手洗いして通信簿持ってきな」
「うん。」
手をゴシゴシ洗い、ガラガラとうがいするとランドセルから通信簿をお母さんに渡した。
「はぁ…まぁまた来年頑張りな。」
“がんばりましょう”だらけの通信簿にため息をつくお母さんの顔に心が痛んだが
「うん。」
と小さく返事をした。
この日の夜。
少年は少しだけ眠れなかった。
『クリスマスプレゼント欲しかったな でも家はお金無いからそんな欲しいとか言えないし』
切ない気持ちが少年をもやもやさせたが、毎年のことだったので諦めた途端に眠りに落ちた。
翌朝。
枕元には何も無かった。
『やっぱりそうだよな』
と少し肩を落としながら台所に行くと、いつも座っているテーブルに長細いプレゼント包装された箱が置いてあった。
「お母さん、これ」
「あー。サンタが部屋じゃなくて台所に間違えて置いていったみたいだね、それはあんたのだからもらっちゃいな」
と朝の弱いお母さんは気怠そうに言った。
一気に目が覚めた少年は、急いでプレゼントを開けた。
「わぁ!ありがとう」
「お礼ならサンタにいいな」
と少し笑ったお母さんだったが、なんだか嬉しそうだ。
プレゼントの中身は暖かさを保ってくれる水筒だった。
夏は氷を入れれば冷たさをキープしてくれる優れ物だ。
早速洗ってお茶を入れてみようと流しに立つと、色違いの同じ水筒が二つ水切り台の中にあった。
赤とステンレス色、そして僕の青。
「今年のサンタはお母さんたちにもくれたみたい」
お母さんは赤い水筒、お父さんはステンレス色。
「うん!これで外でもあったかいもの飲めるね」
その日以来、少年は外には常にこの“魔法の水筒”と一緒出かけた。
外は冬。師走の空に雪がちらついていた。
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