ぬくもりを中に
運動会が終わり、北風が町を走りまわり日を追うごとに街路樹が紅葉を始めた。
少年は通学前の準備を済ませ、玄関に立つと少し肌寒いなと思った。
「いってきます」
少年は台所で朝のラジオを聴きながらコーヒーを飲む母親に声をかけた。
「ん、いってらっしゃい」
少し眠そうな母親の声を聞いて玄関を出ると、北風に身を震わせた。
「おはよう」
「あー!おはようっ」
元気な挨拶が通学路に飛び交う中、少年は一人ランドセルの肩ベルトをぎゅっと掴みながら、足早に小学校へと向かった。
教室に着くと、クラスメイトはどこもかしこも冬の装いに変わっていて少年だけが長袖のTシャツと半ズボンの格好で、一人だけ寒々しい姿に恥ずかしくなった。
少年の姿を見たいじめっ子たちはニヤニヤしながら後ろに忍び寄り、少年を羽交締めにした。
「ぎゃっはっは。おい!見ろよコイツ、こんな寒い日なのにこんな格好してるぜ」
「うわぁ、なんだよお前、長ズボン買う金も無いのかよ!だせぇ短パンなんて履きやがって!見てるほうが寒いんだよ」
と、言い放つと少年の冷えた太ももを思い切り叩いた。
「うぅぅ!」
寒さでより増した痛みに少年は顔を歪めた。
「ぎゃっはっは! うぅぅ!だってよ」
「そんな格好してる貧乏人なのがわりぃんだよ!」
と、もう一度太ももを叩かれた。
ジタバタしたくなるような痛みで、少年は涙が出そうになったが これで泣いてしまうと、いじめっ子たちはより喜んでいじめてくるに違いないと、少年はぐっと堪えた。
ガラガラと扉が開き、先生が教室に入ってくると羽交締めにしていたいじめっ子がドンと少年を突き飛ばし
「さっさと自分の席に行けよ!」
と乱暴な言葉を吐いた。
先生は相変わらず少年のいじめに見て見ぬフリをしているのがクラスメイトの誰が見ても明白だ。
少年はジンジンと痛む太ももをさすりながら一日を過ごした。
給食の時間。
少年はいつも一人席で素早く済ませている。
本当はおかわりをしてお腹いっぱい食べたいところなのだが、以前勇気を出しておかわりをしに行くと、いじめっ子たちに
「お前の家、貧乏だから給食たくさん食べないといけないんだよなぁ!」
「あぁかわいそぉ!俺ん家、昨日はステーキだったんだよなぁ、美味しかったわぁ」
「お前ん家じゃそんなもん出てこないだろぉ。だせぇな」
とクラス全員に聞こえるくらい大きな声でからかわれ、耳を真っ赤にしながら何もおかわりをせず席に戻ったことがあって、それ以来、給食の時間ですら少年にとって苦痛の時間になっていた。
少年は食べ終わると決まって校庭の花壇の囲いの所で座ってチャイムが鳴るまで過ごした。
雨の日は体育館倉庫の軒下の階段だ。
色々歩き回ってここが人が居なく雨がしのげるとわかったのだ。
肌寒い中じっと過ごしていると、朝のいじめを思い出して、ここなら誰も居ないとしくしくと涙を流した。
放課後。
蹴られた跡のあるランドセルを手でゴシゴシしてから一人下校の道へと向かった。
昼に温められた空気は徐々に冷めていき、ブルブルと震えながら冬空を見上げた。
高くなった空は茜色に染まりつつある美しい色で、少しだけ気持ちが楽になった。
「ただいま」
「おかえり」
少年は少し赤く残ってる太ももを隠すように挨拶をすると、台所のテーブルに“使い捨てカイロ”の束が置いてあった。
「職場の人が余ってるからたくさんくれたの。使っていいよ」
「うん。ありがとう、明日早速使うね。」
と快く受け取り、どんだけ暖かいんだろう?と初めてのカイロに期待を膨らました。
夕食時、お母さんが
「そろそろお前も長ズボン買わないとだね。明日見てきてやるよ」
と、ここのところの寒さを気遣ってくれた。
少年は嬉しい気持ちと『お金がなにのに大丈夫なのかな』という複雑な気持ちになり返答が遅くなったが
「ありがとう」
と嬉しい顔をしながら答えた。
翌朝。
朝の準備を済ませ、玄関に立ち冬の寒さを感じながら
「いってきます」
「ん、いってらっしゃい」
いつものやり取りを済ませて玄関の扉を開けた。
外はやっぱり寒い。
でも少年は昨日より嬉しかった。
ポケットに入れたカイロが少年に温もりを与えてくれたから。
「あったかいや」
少年は小さく呟くと通学路を歩き出した。
今日も空は冬晴れだった。
最後までお読みくださってありがとうございます。
次話は、少しだけあたたかなお話になるかと思います。