運動会の憂鬱
十月になると秋の空は青の濃さが増して、時より吹く風は夏の暑さを連れ去って行くようだ。
そんな十月は運動会という小学校にとって大きなイベントが待っていた。
教室では先生が指揮を執り、競技に参加する生徒を割り振っていった。
快活な男子は運動会が始まる日を指折り数えながら楽しみにしており、女子たちも踊りの練習を楽しみにしていた。
クラス中が運動会を楽しみにしているように見えたが少年は端っこの席で一人小さなため息をついた。
『みんな、すごい楽しみにしているな。運動の出来ない僕にとってつらいだけだ』
少年は机に顔を伏せると普段から少年のことを馬鹿にする連中が少年の机を蹴り、少年を叩くのだ。
「おい、お前ん家の親は今年も来ないんだろ?貧乏だからお弁当も作れないんだろ!」
ぎゃっはっはと連中は笑い飛ばしながら少年の頭を叩いた。
「お前を100m走にしてやったんだからしっかり走れよな、ノロマの貧乏くん」
連中が少年をいじめるのを見てクラス一丸となって少年を笑い飛ばした。
先生も困ったような顔をしていたが、生徒たちと一緒にくすくすと笑っていたのを見て、周りには自分の味方が居ないことを痛感すると、ただ下を向いて涙を溜めることしか出来なかった。
下校時間。
とぼとぼと家に帰る途中、少年は思った
『当日は休もう』
そう思って家に帰ったのだが。
「運動会?あぁ今年も仕事で行かれないから、今回はばあちゃんが見に行くって言ってたよ」
「えっ!?」
母親に運動会の話をしたら、思いもよらない答えが返ってきてしまった。
少年は運動会に参加するのを観念したのを悟られないように
「やったぁ」と笑顔を見せた。
おばあちゃんに会えるのはうれしい、でも運動の出来ない僕を見せるのも恥ずかしい。
夜、少年は布団の中で一つの決意をした。
運動会が始まるまで一週間。
学校が終わってから、隣町の公園まで行って一人で走る練習をした。
少しでも早く走れるように。
運動会当日。
この日も空はくっきりとしと青、雲ひとつない晴天で迎えた。
生徒代表が宣誓をするといよいよ運動会がはじまった。
赤い帽子を被った少年のクラスは玉入れや障害物競走、二人三脚など勝ったり負けたりしながらクラス中が盛り上がっていた。
待機場所で体育座りをしながらじっとしている少年にいじめっ子の連中が少年をからかいにきた。
「おい!今日も親来てないんだろ?お前のダサい姿見るのも恥ずかしいからな!」
と背中を蹴られ、体操服に靴の跡が着いた。
連中が去った後、少年はぱんぱんと靴の跡を払ったが少しだけ残っていた。
午前の部、最後の競技、100m走。
参加する生徒が集まる中、少年は緊張しながらその時を待っていた。
前の列、その次と徐々に自分の順番が回ってくると心臓が飛び出しそうなくらいドキドキとしてきた。
そして少年の番が回ってきたころクラスのみんなの視線が目に入った。
みんなニヤニヤしながら少年を見て無様な姿を期待してるのが少年に伝わった。
「いちについて!よーい、どん!!」
パーンという銃声と共に一斉に走り出す。
少年も一生懸命腕を振って走る。
10m、20m、30m…
どんどんと距離を離されていく。
それでも少年は一生懸命に走った。
コーナーを曲がって最後の直線に差し掛かったとたん、少年はつまづいて転倒した。
周りからは笑い声が響いて少年は顔中真っ赤になった。
『あぁやっぱり僕は何をやってもダメなんだ…』
「頑張れ〜!!」
その声で少年はハッとした。
声のした方を見るとおばあちゃんが手を振って応援してくれていた。
少年はむくっと立ち上がり、誰も居ないゴールへと走り続けた。
結果は当然最下位だけれどもおばあちゃんの声で少年は頑張れた。
いじめっ子たちのゲラゲラ笑う声も気にせず、夢中で走れた気がした。
お昼になると、おばあちゃんは少年のために、おにぎり、卵焼き、ウインナー、ミートボールを持ってきてくれた。
どれもおばあちゃんの味がして少年は夢中になって食べていた。
「転んじゃったのは残念だけど良く最後まで走ったねぇ、頑張った分いっぱい食べなさい」
おばあちゃんは少年の頭をぽんぽんとしながら労ってくれた。
それが嬉しかったのか、転んだ時に擦りむいた膝が痛かったのか分からないけど、少年は涙ぐんでしまったが『うん!』と元気よく頷いた。
おばあちゃんと話をしながらお昼の時間が過ぎると、午後の部は出る競技は無いからとおばあちゃんは帰っていき、残りの時間をぼーっと眺めながら過ごした。
騎馬戦やダンス、リレーといった競技を眺めているとみんなが一生懸命なのが伝わって不思議と応援したくなった。
閉会式になり赤組の優勝が決まると、クラスのみんなや赤組の人たちは茜色になりつつある空に向かって飛び跳ねて勝利を喜んだ。
少年も心のどこかで、優勝出来たことに喜びを感じていた。
家に着くと、母親に運動会の結果を話すと
「まぁあんたは私の子どもだからね、運動は苦手なのよ、まぁ絆創膏貼っておきな。」
と夕ご飯の支度をしながら笑っていた。
膝の擦り傷を消毒して絆創膏を貼ると、今日頑張った証のように絆創膏が誇らしげに見えた。