小さな家
午前6時半
「ハンコを押すから並んでー」
と担当のおじさんがラジオ体操が終わると公園に集まった子供たちに声をかけた。
次々並ぶ子供たちのスタンプカードにポンポンとハンコを押していった。
少年の番になりおじさんがハンコを押そうとすると色の違うスタンプカードを不思議に思い話しかけた
「このスタンプカードはここの地域の物じゃないけど君は隣の町から来たのかい?近所ではやってないの?」
そう言いながら少年のカードにポンっとハンコを押した
少年は
「こっちの公園のほうが広いから…」
と答えて、頭を下げ立ち去ろうとすると
「アイツ知ってる?」
「知らなーい」
と子供たちのヒソヒソ声を聞こえてきた。
ドキっとして硬直しそうになりながら、少年は聞こえないフリを懸命にして走って公園を後にした。
夏休みのラジオ体操をしに、クラスメイトが多く集まる近所の公園へ行くのは少年にはとても苦しいことだったので、早起きして隣の町の公園でラジオ体操をすることにしていたのだ。
『朝は気持ちがいいな。』
人もまばらでまだ涼しい時間帯
7月の終わり近くなると夏もいよいよ本格的に暑くなる。
朝だけはその様相を変えて気持ちの良い風を届けてくれる。
少年は家までの帰り道を少しだけ軽い足取りで歩いた。
「ただいま」
しかし返事はなかった。
母親も父親も少年が帰ってくる時間には仕事で家を空けていた。
玄関のS字フックに家の鍵をかけると、台所に向かった。
『朝ごはん食べなかったらお昼に食べなさい』
とテーブルに母親の書き残したメモが置かれたお皿におにぎりが一つだけある。
少年は食べたくなる気持ちを抑えて、冷蔵庫にしまい、代わりに麦茶を飲んだ。
麦茶で空腹を紛らわすと、庭の朝顔を日なたに移動させて、水をたっぷりとやった。
少年の学校では[夏休み日記][朝顔観察日記]と2種類の日記が、夏休みの宿題として出されていたので、朝顔を観察しながら日記をつけた。
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7月30日 晴れ
あさがおは、むらさき色っぽいつぼみが、そろそろひらきそうになってきた。
つるものびてきた。
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少年は観察日記を書き終えると、庭の土で泥団子を作ってしばし遊んだ。
太陽が高く昇ってくると、いよいよ気温が高くなってきたので部屋に戻り、手を洗ってから国語の宿題をやろうと床に座り机に漢字ドリルを広げた。
こうして午前中は夏休みの宿題を少しやってはぼーっとして過ごすと、ぐぅぅっとお腹が鳴ったので少年はテーブルに置かれたおにぎりを食べた。優しく握られたおにぎりは決まって塩の効いたおかか味だった。
少年はゆっくり味わってから食べ終えるとお皿を洗ってテレビを見ながら ふと考えた
『図工の宿題はどうしよう』
夕方、母親がパートから帰ってくると夕飯の支度を始めた。
少年は母親の手伝いをしながら図工の宿題の相談をした。
「お母さん、図工の宿題何作ったらいいかな」
母親は
「そんなこと自分で考えなさい」
と言いたげな顔をしていたが、近くにあったマッチの箱を指差して
「あれで何か作れば良いんじゃないか」
とアドバイスをくれた。
「でもあれはお父さんのタバコに火をつけるやつじゃないの?」と言うと
「まだいっばいあるから好きに使いな」
と支度の手を止めてマッチの箱を3つほど渡してくれた。
シャカシャカと小気味の良い音のするマッチの箱を少し降りながら少年は何を作ろうか考えていた。
父親も帰宅して、質素な夕食が始まった。
少年は
「お父さん、これで図工の宿題作りたいんだけど」
とマッチ棒の入った箱を見せながら言うと
「使って良いけど、そんなもんで何作るんだ?」
と食べる手を止めず答えた。
「そういえば」
父親はおかずを咀嚼しながら何かを思い出したように
「子供の頃にマッチ棒でイカダを作ったことがあったな。」
「どうやって作るの?」
「型紙にマッチ棒を糊で止めるだけだぞ、簡単だ。」
と言って缶ビールを飲み干した。
少年は部屋に戻るとマッチ棒と型紙をテーブルに広げながら頭を捻らせていた。
思いつかないまま時間が過ぎてしまったので、その日は日記を書いて眠ることにした。
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7月30日
今日もラジオたいそうをした。
スタンプもいっぱいになった。
あさがきもちよかったです。
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書き終えて布団に入り、ウトウトしながら思いついた。
『そうだ!』
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8月4日
ラジオたいそうはおわっちゃったけど
あさからこうえんで、あそんだ
あさはやっぱりきもちがよかったです
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そう書き終えた日記の隣には
昨晩完成したマッチ棒で作られた小さな家がちょこんと置かれていた。